温故知新⑤ 昔の人間、今の人間

 

1997.3~1998.3

温故知新⑤

昔の人間、今の人間

ばんぶう

1998.7

日本医療企画


よく「今の若い奴といったら…」とか「昔の人はだめだねえ…」とか言われる。世代間闘争の決まり文句と言ってもいいであろう。実際僕も無意識に使っていることがあるようだ。昔と今の境目はどのあたりかというとはなはだ線を引きづらい。
たしかに自分が育ってきた幼い頃の環境から人間は強い影響を受けるということは精神医学や心理学的見地からみても事実である。その環境の大きな要素として時代的背景がある。他の大きな要素としては、親の性格や経済状態など個別なものがあるのであるが、それは本題からはずれる。
 よく年配者は「私たち昔の人間は…」という。でも、よく考えてみるとおかしな話である。別に幽霊ではあるまいし、今生きているのだから「今の人間」であるはずである。もっと分析的に考えてみると、今の自分の中にある「昔の人間」部分と「今の人間」部分ということなのである。解剖学者の養老孟子さんは「昔の自分」と「今の自分」を同じ人間だと思うのは錯覚だ、といっているが、的を得た話だ。若い頃のスポーツマンが年をとってから運動を始めると怪我をしやすいというのもこの勘違いからくるのかもしれない。
 その反面、僕は知人の結婚式や開業の祝いなどの言葉で「初心忘るべからず」を頻用する。「今の自分」を見つめるときに「昔の自分」を思い起こすことが大切なのではないだろうか。子供たちや後輩たちとの世代間闘争とともに、自分の内部でも世代間闘争が起きているのである。邪悪な人間、邪悪な医師にならないためにも、さわやかだった「昔の自分」をときどき思い起こしてはどうだろうか?
 また、長い付き合いになった患者さんともなれ合いにならないために「初診忘るべからず」である。

    

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