安らぎのある住環境

生物学的衣食住から社会学的衣食住へ

安らぎのある住環境

消費科学

2001.9

日本繊維製品消費科学会


生物学的衣食住から社会学的衣食住へ

昔から人間の生活の基本は「衣食住」であるといわれている。生きるためにはまず食べなければいけないのは動物として当然であるから、「食」は絶対的必要条件であろう。「衣」と「住」はその次の必要条件となるのであるが、現代人にとって「食」とほぼ同列の必要条件と断定してもそんなに多くの反論はないであろう。確かに太古の昔から曲がりなりにも住処といえるものは例え洞穴とはいえ存在したであろうし、寒さなどをしのぐための最低限の身にまとうものは存在している。こういった意味での「衣食住」は、私のオリジナルの定義であるが、いわば「生物学的衣食住」といえるのではないだろうか?

この「生物学的衣食住」に対して、私は「社会学的衣食住」という概念を提唱したい。世界的視野で見ると、「生物学的衣食住」を考えなければならない地域はまだまだ多いのであろうが、少なくとも今回の論議は、地域を日本に限定して話を進めていきたい。「生物学的衣食住」が「生きていくため」であるなら、「社会学的衣食住」は「快適に暮らす」ためということになる。何も快楽主義的な話ではない。もっと根源的、根本的なレベルの話である。昔、私が学生だった頃、自称文学青年、文学少女の間でよく話題になったことだが「生きるために食べる」のか、はたまた、「食べるために生きる」のかという命題がある。前者がやせたソクラテスで、後者が太った豚にも例えられた時代である。勿論後者を軽蔑してのことである。でも、こういった論議は最近ではそぐわなくなった気がするがいかがであろうか?もっと自然な構えで「生きるために食べる」のか「食べるために生きる」のかという命題を考えられるようになった気がする。私の定義では、前者が「生物学的食」であって、後者が「社会学的食」であるということは言うまでも無い。こうして考えると、紀元後の衣食住の発達の歴史は「社会学的衣食住」の発達の歴史といえるのではないだろうか。

衣食住から医職JEU(じゅう)へ

前項で述べたように「社会学的衣食住」を考えていくと、キーワードとして「快適」「満足」「安心」などが浮かび上がる。現代の「衣」についていえば、寒さや外敵からまもる「生物学的衣」に、カッコよく見せる「社会学的衣」の要素が加わってきている。それぞれの職業にふさわしいユニフォームも「社会学的衣」の意味合いの部分が大きい.「食」も同様である。飢えからまもる「生物学的食」から、美食を追及する「社会学的食」の要素が現代の食生活には欠かせないものとなっている。勿論、仲間と楽しく食事をするという人間交流のツールとしての食も「社会学的食」に分類される。住についても全く同じ事が言える。寒さや自然の過酷さから守る「生物学的住」に、快適性、便利性を追求した「社会学的住」の要素が建築の重要アイテムとなってきている。

こういった「社会学的衣食住」では、日本において「住」の部分が他の「衣食」に比べてやや立ち遅れている感があると私は日頃から感じているのであるがいかがであろうか。その原因の大部分は土地に対する過剰な愛着(それを執着というのだろうが)が発生する国民性と土地所有制とその価格形成の歪みに起因すると私は考えているのだが。いまどきの日本人は食べるものを奪いあったり、着る服を奪い合わないが、住居の所有をめぐって、親子兄弟までが醜い争いをするし、住宅ローンが一生の目的化したりしている現状から容易に想像がつく。そんな中で、どのような「住まいのあり方」が望まれるのか論議していきたい。

また、私は、現在の「いしょくじゅう」は「医職JEU」のことを考える必要があるといっている。すなわち、健康のこと、仕事のこと、そして遊びのことである。最後の「JEU」はフランス語で「遊び」という意味である。これらが生活の中でバランスをとれていれば快適であり生きがいというものが育まれやすい。社会学的住を考える上でも、このことが大切と考えている。

辛いのも、楽しいのも人の触れ合い

人間のみならず、動物は生きていく上で、何らかの形で群れをなしている。天涯孤独の一匹狼とて、行きずりの出会いを楽しむものである。いわんや、一般的な人間や動物にとって仲間との触れ合いは生きていく理由の最大といってよい動機なのである。話を人間世界に限定してみよう。子供たちの世界では、今いじめということが問題になっている。これは、実は今に始まったことでもなく、子供たちに限ったことでもない。昔からある問題であり、大人社会でも存在する問題である。このいじめの本質についての論議は、本題のメインテーマではないのであるが、いじめの方法論(?)について考えてみたい。最強のいじめ方法は、お金を要求したり、肉体的に痛めつけたりすることではないのである。

最強のいじめ方法として子供たちが採用しているのは実は「しかと」なのである。つまり「無視する」ということである。大人の世界でも事情は似ている。いま、企業のリストラが注目されているが、退職勧告の方法として「窓際族」という言葉があり、ひどい場合は「独房に机ひとつ」という場所に配属させるという極めて悪質ないじめが大人の世界でもある。リストラするほど企業が窮乏しているのだったら、たくさんの仕事を押し付ける方がよいと思うのだが、それは究極のいじめにならないのである。

こういったことは心理学の一般的原則からも説明がつく。人間同士の触れ合いのことを心理学用語では「ストローク」と呼ぶ。よいストロークもあれば、悪いストロークもあるわけであるが、人間にとって一番嫌なストロークは強い負のストロークではなく、「ストロークが無いこと」が一番辛いと感じるのである。

人間関係楽しいこともあれば、苦しいこともある。苦しく、辛いこともまた、楽しいものである、という考えが何事においても重要なのではないだろうか。

お祭りの楽しみと日常の楽しみ

今昔物語のなかにもある言葉であるが、我々の生活には「晴れ」と「け」という時間がある。「晴れ」は、いわゆるお祭り的晴れ晴れしい公的な時間であり、「け」は日常的であり、普段であり、私的な時間であると定義できよう。私自身どちらかと言うとお祭り人間であり、いろいろなイベントを主催するのが大好きである。お祭りは賑やかで盛大なほうがよろしいのは古今東西共通であろう。そしてまた、一世風靡したフォークソング歌手吉田拓郎の「祭りのあと」の歌詞の中にもあるが「祭りのあとのさびしさや物悲しさ」が祭りにはつき物である。だから、それを癒すためにも次の祭りが必要になるのである。

私だけではなく人間は、本質的にお祭りが好きなようである。ある学者がいくつかの民族の死亡率の季節的変動を調査してみたら、大きなお祭りの前には死亡率が低く、お祭りのあとのほうが、死亡率が高いということがわかった。これは、臨終が近い人も「なんとか次のお祭りを見るまでは生きていきたい」という思いが、寿命を延ばすのだろうとその学者は結論付けていた。

お祭りの効用を説くお祭り人間の私も、年齢とともに「け」の楽しみの深さが最近なんとなく理解できるようになってきた。「いつもと変わりない日常の楽しみ」ということである。いつもの家族、仲間といつものような食事をしたり、いつものような会話をしたり、一見刺激の無いような生活である。そんな日常の楽しみを演出するのが実は「住居」なのではないだろうか。

IT情報化満載の家は「便利で幸せ一杯か?」

世の中IT時代である。あらゆる家電製品が携帯電話やコンピュータと無線で結ばれる日は近い。外出先からでもテレビの予約が出来たり、風呂のお湯を張ったり、電子レンジで簡単な料理ができたり、手紙も電話もメールも世界中どこにいてもリアルタイムに応答できる。「なーんて便利で幸せ!!」というテレビコマーシャルが目に浮かぶ。なるほど「便利」ではあるが本当に「幸せ」なのであろうか?妻や子供たちや私の事務所のスタッフたちともよく論議する。文明の利器の発達と人間の幸せの相関関係についてだが、時に議論は白熱する。「水洗トイレはやはり幸せ。水洗トイレの無い外国から帰ってきてそれは実感する」「携帯やメールはみんなが持っていていつでも連絡取れるから楽しいし、持っていないと仲間はずれになりさびしい」「家に帰ってすぐにお風呂に入れるのもなんだか幸せだなあ」などもっとな意見でもある。

でも、「なんだかしっくりこないなあ」というおぼろげな反論もある。鉄腕アトムの世界を夢見ていた私にとっては、現在のIT化には感無量なのであるが、夢と言うものは実現するととかく色褪せるものである。「多少の不便があったほうがなんとなく情緒があるのかなあ」と感じるのは私だけではないと思うがいかがであろうか?

家族行事のススメ

子供時代を振り返ると、一年の初めはまず家族で恒例の初詣に出かけ、おせち料理を食べ、そのうち鏡開きをして、その餅で作ってくれるおぜんざいを楽しみにしていたものである。4月にはお花見に出かけたり、7月には七夕で笹の葉を川に流しにいったり、スイカを縁側に大きく新聞を広げてその上で食べたり、月見の日は、いつのまにか月見団子がお供えされていたり、クリスマスにはそんなに日常的ではなかったケーキやささやかなクリスマスプレゼントが用意されていたし、大晦日には年越しそばと紅白歌合戦を家族で見るというのが定番になっていた。

こうしてみると結構家族行事があったのであるが、今は一般的にどうであろうか?クリスマス以外家庭行事として厳然と残っているものは少ないような気がする。特に東京など都会での傾向であろうが、食べ物をはじめとした季節感が薄れてきたことも一つの原因と考えている。高気密住宅の普及による住まいの中での季節感も薄れてきている。その裏腹に快適性を得ているのであるが。しかし、家庭行事の減少はこういった季節感の希薄化だけでは説明がつかないことは承知している。テレビ、コンビニ、ファーストフード、携帯電話、インターネットなどの普及にともなう国民のライフスタイルの変化が総合した結果、家族行事が減少してきたのであろう。
何も私は家族べったりのマイホーム主義を提唱しているのではない。まあたまには家族お揃いの季節行事もいいのではないだろうと思うのである。「モノより思い出」と何かのコマーシャルであったように、思い出はあとあと価値が出てくるのではと思っている。

独立と連携――本来の個人主義

「みんなで力を合わせて」ということはまことによく使われるフレーズである。幼稚園時代から教えられたし、政治家まで「大同団結して」とか「政党を超えた協力体制で」などと言っているし、日本の企業の「護送船団方式」とかいうのもそういった教えから来ているように一見見える。

しかし、その結果はご存知のように上手く稼動しなくなってきている。平たく言えば「内輪もめ」状態となっている。

逆に、航空会社などで見られる、「アライアンス」という手法がある。日本語にすれば「同盟」「連合」と言うことになるのであろうが、マイレージを共有したり、飛行機を一部共有したりするものである。

これらは、根本的には「似て非なるもの」と考えている。「連携と独立」か「独立と連携」かと言う問題である。つまり、連携が先か独立が先かということである。政治家の世界で例えて言うと、前者は「同じ政党なんだから横並びで同じ意見を持って頑張りましょう。変な雑音的なことは言わないように」ということが前面に出る。人間もとを正せば勝手気ままな自由がよいから、細かい意見の相違が大きな食い違いになり、本来の政策どころではなくなってしまうよくあるいわゆる『内輪もめ』状態の争いとなってしまうのである。後者の場合はどちらかと言うと、政治家一人一人が、国民のための政治と言う理念で、個人個人の独立した信念を持った上で、力を発揮するためにある程度共通できる政策を持ったものが連携しあうという形を指すものである。どちらが望ましいかは容易に想像がつくはずである。

話はとんでしまったが、住まいや家族を考える時にも参考になるのではと思っている。最初にくっつけようとすれば反発し、独立性をある程度大事にしてその後つながりを考えると言う順番がよさそうだと言うことである。

ハードのバリアフリーから、ソフト(心)のバリアフリーへ

バリアフリー住居ということがよく提唱されている。トイレやお風呂への段差を無くしたり、階段に手すりをつけたりということである。それはそれでよいのであるが、今回問題にしたいのは、そういったハードのバリアフリーではなく、ソフトのバリアフリーということである。言い換えれば心のバリアフリーと言うことである。極端に言えば、広いワンルームに家族数名が過ごせばハードもソフトもバリアフリーなのかと言うと、実は全然違う。むしろ、ある程度のバリアーがあることがソフトのバリアフリーなのだと私は考えている。この椅子は親父専用のものだとか、一家の料理人(普通は主婦なのであろうが)の体型に合わせたキッチンだとか、離れのようなトイレ(これは狭い我が家ではなかなか実現しがたいが)だとか、ユニバーサルデザインやバリアフリー住居の考えからすると非難を浴びそうなのであるが、意外とこんなところに心のバリアフリーがあるのではと思っている。2年前に作った私の家も、もともと狭いのであるが、リビングダイニングを敢えていくつかのコンパートメント風に小さく分割した。ファミリーダイニングで本を読んでいる妻に、室内テラスのような2畳くらいの狭い暖炉コーナーで寝そべる長男、その隣の細長いリビング(これはホームシアター実現のために細長くなった)でテレビを見る次男、別のダイニングコーナー(まさしくコーナーと言ってよいほどの空間しかないのである)で遅れた夕食を取っている私。お互いの存在を感じながらも、それぞれ勝手なことが出来るのは楽なものである。適度なバリアーの必要性を勧める所以でもある。

ルールとモラルと掟が同居する家の提案

我々が物事を判断する時、知らずと何かの規範に従っているものである。赤信号で交差点を通過しないのは、「規則(ルール)」でそうなっていて罰則を伴っているからで、いかに夜中で他の車が無くてもたいていの人は信号を守るものである。道端でやたらとゴミを捨てないのは(捨てる人もいるが)本人の持って生まれたか小さい頃から育まれた「モラル」からである。村の「掟」というような言葉があるように、その地域に限定された風習のようなものがあり、他の地域、集団ではルール違反であったりマナーに反することもその地域では「掟」としてまかり通るようなことが結構ある。

都会のエスカレーターで歩いて上る人のために半分は空けておくと言ったものも広い意味の「掟」である。その風習を知らないと両側に立ち止まって乗ることもあるし、かといってそれを罰すべきとも思われないし、失礼な人だとモラル批判をすることもない。その他の判断規範として「気分」や「行儀作法」「経験」などがあろうが、ここでは住まいの中での規範として、「ルール」と「モラル」と「掟」を基本的な要素として取りあげてみた。子供の門限、食事の時間などは「ルール」といえるだろう。門限を守らないと叱られるし、食事の時間を守らないと一家の料理人(母、妻)に嫌われる。それぞれの家人の個室をノックもせずに急に開けて入っていくのは、これは「モラル」違反かもしれない。ある家では(最近はごく少なくなっただろうが)お風呂に入る順番は、一家の目上の人からという掟があるかもしれない。これは、家でも通用するものではないし、罰則規定も無い不文律として存在している。他の家庭がとやかく言う問題ではないところが「掟」たる所以である。

こういった意味で、家庭の中に「ルール」「モラル」「掟」がバランスよく存在するような住まいというのが理想的ではないだろうか?

「ちょっぴり不便で、まあまあ便利」な家がいいのかなあ

「住環境に心を取り戻す」という精神論的なテーマで論議を進めてきたこともあり、内容はやはり具体性を欠く総論的なものになってしまった。でも、基本理念が固まれば、あとは趣味の問題である。心豊かな住まい作りは、各人により随分違ってきて当然である。私の言いたかったことをかいつまんでみると「便利で快適」を追求しすぎると、決して心豊かな住まいにはならないんではないか、ということである。では、100年前の住宅をそのまま持ってきたり、キャンプ感覚の家がよろしいかと言うとこれまた現実的ではない。「ちょっぴり不便で、まあまあ便利な家」ぐらいが適当なのかなあ、という気がするのである。このちょっぴり不便なところに、住まいの味が生まれ、家族の絆や対話が生まれていくような気がする。「ちょっぴり不便」をいかに演出するかが、大切なわけであるが、これは単に「住まいの作り方」だけではなく「住まい方」の演出が大きな要素を占めるものだと私は考えている。

財産としての家は心を滅ぼし、暮らした家の思い出は心を育む

「子孫に美田を残さず」というが、日本人は特に土地や家を残すことが、財産を子供たちに残す基本と考えているようだ。そして、その土地や家を巡って子供たちは醜い争いを繰り返していることも否めない事実であろう。日本の土地本位制に基づいた土地所有制の悲しい宿命であろう。せっかくの自分が育った思い出の場所が、子供たちの心を砕くモノと化すのであるから、こんな悲しいことはない。バブル崩壊の後、日本の土地神話が崩れるとのもっぱらの風評である。それが本当になることを祈ってはいるが、そう簡単には変わらないのが世の常。どうなっていくかはお楽しみではあるが、やはり「モノより思い出」である。小さい頃から暮らした家(マンションでもアパートでも)の、数々の思い出は何物にも代えがたい。「柱のキズ」であったり、その地域であったり、また、いろいろなシチュエーションそのものであったりする。繰り返すことになるが、便利だと思った思い出より、不便をした思い出のほうが結構余韻を持って残るものである。快適さを損なわない「不便の演出」がやはりキーワードになるのかなあ、と思われる。

    

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