魂を売らないということ⑥ 科学的職人である医師

 

2005.5~2006.3

魂を売らないということ⑥  科学的職人である医師

ばんぶう

2005.10

日本医療企画


《“手を抜かない”“あきらめない”“やりすぎない”を肝に命ずべき》

信頼できる医師の定義は極めて困難

医療決断のお手伝いをする「主侍医」という私の仕事にとって、信頼できる医師仲間と親密な関係を継続的に保つことを要求される。
 この「信頼できる医師」の定義はきわめて難しい。学歴、肩書きだけでは判断できないことは、今や誰もが承知している。あちこちで「名医」が取り上げられる。そんな「名医」をただ集めればよいかというとそれだけではうまく機能しない。私はクライアントの医療決断のお手伝いをして、その結果に基づいて診療をゆだねる医師を探すわけだが、単にその専門分野の有名な「名医」に紹介状を書けばよいというわけではない。
 まず、その「名医」と専門家同士としての関係を築いている必要があり、さらに人間としての良好な関係も維持していないと、大切な患者さんを紹介し、共同診療をしていくことは困難である。今までに1,000名以上の医師たちと交流を持ち、いつでも快く患者さんの紹介を受けてくれる専門医たちが数百名はいる。
 もちろん、すべての医師をスキャンしたわけではなく、出会った医師の繋がりを大切にしていった結果だから、非常に偏った集団ということになる。そんななかの友人の医師が「お前の目で見て、確かと思われる医師だけでいいじゃないか。それが確実で、その医師の繋がりを大切にしていけば十分でしょう」と言ってくれた。私自身、事務所の零細で不安定な運営を脱却するためには、もっとシステマティックな信頼の専門医ネットワークができればと思っていたが、別の友人も「それは無理。お前しかできない手作りのネットワークだからこそ値打ちがある」と励ましてくれた。
 手前味噌の前口上が長くなってしまったが、私の「信頼できる医師」の基準はなんだろうかと自問してみた。自分が患者になった時を想定してみた。どんな些細なことも面倒な時でも絶対に「手を抜かない」でほしいし、どんな困難にぶつかっても決して「あきらめない」でほしい。そんなことは医師として当たり前でしょう、とお叱りを受けるかもしれないし、医師以外の職業ても同様であろう。しかし、この当たり前こそが難しいと私は思っている。そして、医師の傲慢に陥らないよう、「やりすぎない」ことも自然の摂理を大切にした科学的職人である医師にとって肝に命じるべきであろう。「手を抜かない」「あきらめない」「やりすぎない」が医師魂だとつくづく思う。

    

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