2006年1月

代謝症候群(メタボリック症候群)

内科・生活習慣病科

代謝症候群(メタボリック症候群)

NKH「健康ライフ講座」

2006.1

日本機械保線株式会社 社内報


肥満、高血圧、脂質代謝異常(高コレステロールなど)、耐糖能異常(糖尿病)などの病気が複数重なり、心筋梗塞(こうそく)、脳卒中など重い動脈硬化症の病気に進む危険性が高くなった状態を総称した概念です。それぞれの疾患の程度が軽症であっても、それらが重なってしまうと重い病気を引き起こす可能性が急激に高くなるのでこのような病気を引き起こす可能性が急激に高くなるのでこのような概念が提唱されるようになりました。
原因

主な原因として、内臓脂肪の蓄積がこういった疾患の元になると考えられています、

代謝症候群の兆候を把握していれば、動脈硬化性の疾病の効果的な予防につながると期待されています。

症状・診断

自覚的な症状が少ないので、医学的な診断基準が示されています。その診断基準は「ウエストが男性85cm以上、女性90cm以上、空腹時血糖が110以上、収縮期血圧が130以上又は拡張期血圧が85以上、中性脂肪が150以上又はHDLコレステロールが40以下」の5項目中3項目以上が該当すれば代謝症候群と診断する、となっています。この基準に従うと日本国内では1000万人以上が該当する、と推定されています。

治療

それぞれの疾病に対応した治療が必要です。特に高血圧や糖尿病などは軽症のうちに発見し生活習慣病の改善と最低限の薬剤により疾病のコントロールをすることが肝要です。

予防

予防策としてはカロリーや脂肪が多い食事を見直し、運動不足を解消するような生活習慣の改善ということに尽きます。日頃から体重を自己管理し、腹囲なども時々測定するような心構えが大切と言えるでしょう。かかりつけ医に定期的な検診をしてもらうことも重要な予防策となります。

2006年1月

魂を売らないということ⑨ 「うずしお」に思う

 

2005.5~2006.3

魂を売らないということ⑨  「うずしお」に思う

ばんぶう

2006.1

日本医療企画


《信念を通すか、曲げるか、持たないか、それとも》

人間社会にもある渦と凧 信念ある場所に渦が生じる

鳴門の大塚美府館を訪れたついでに、観光船に乗り「うずしお」を見た。鳴門海峡に行けはいつも渦潮か見られると思っていたが、そうではない。一日のうちでも見頃の時か決まっている。潮の干満の時間によるものである。
 博識の読者諸氏には聞知のことであろうが、渦潮の出現するメカニズムから考えると当然のことであろう干満の潮の流れと地域的な潮の流れが複雑に路み合って渦潮を発生するというのである。鳴門の渦潮を見た人は多いと思うが、不思議な光景に感じたのは、渦潮の発生する場所が激しく皮立っているのに、ある部分か
ら外側は全くの凪の伏能であるということだ。

 「ウーン、何かに似ているなあ」と思った。潮と潮がぶつかり合うところは激しく波立ち、どちらも譲り合わない時には渦を巻いてしまう。ところが少し離れたところては、まるでその波立ちや渦は嘘のよっに平穏な凪である。人間社会でも全く同じではないか。
 思想と思想がぶつかり合う。大変な荒波が立ち、双方譲り合わなければ周りを巻き込む旋風となり、時に人は殺し合う。ところがその同時期に、コンビニの前で尻餅をつき携帯電話でたわいもない長話をしている人々かがいるこれは規模の大きな例えだが、卑近な例はたくさんあるだろう。
 信念を通して戦わず、魂を売って傍若無人を決め込む輩を非難するために「うずしお」の話を書いていると読者は思うわれるであろう。確かに今までの私のエッセイの流れからするとその通りである。しかしなから、私の心のなかではまさに渦か巻いているのである。
 私事で過去を振り返ってみてもなんと数多くの渦をつくつてきたことかと我ながらあきれ返ってしまう。
最近は「年齢のせいか荒皮や渦から離れて、凪の世界でのんびり暮らすのもいいなあ」と家族や友人にこぼすことが多くなった。たいていの場合は「私はそう願いた
いけれど、あんたには無理よ」「そんなことをするとお前は退屈で死んでしまうよ」と言い返されてしまう。今のところは私も修業が足りず、その通りかもしれないが、「今に見ていろ。僕だって優雅な暇を味わう風流人になってみせるぞ」と心のなかで叫んでいる。

2006年1月

imidas2006

安心できる医療に巡り合うために

imidas2006

健康欄 執筆

2006.1

(株)集英社 出版


 何事においても、行動を起こす前には判断・決断が存在する。人間は生きていくうえで絶え間ない決断の連続をこなしている。その中でも特に重要な決断として医療決断がある。

診断の役割は医師が担うが、医療決断は患者側が担うことになる。セカンドオピニオン、本やインターネット、マスコミなど様々な判断材料を集めて、最終的には自分自身が判断・決断することになる。

それが、インフォームド・チョイスに代表される、自己責任医療の根本思想である。

  • 病気への新しいアプローチ
  • 社会環境と病気
  • 健康管理のキーワード
  • 日常的な病気と対策
  • 新しい医療への挑戦
  • 変遷する医療の仕組み
  • 医療の品質管理

2006年1月

スーパーファーストオピニオン

表紙

医療、生き残りのための方法論 [総特集]Part3

◆患者本位の医療実現

スーパーファーストオピニオン

医師と患者の信頼関係回復を願って

 

月刊新医療

2006.1

株式会社エム・イー振興協会


セカンドオピニオンの定義

セカンドオピニオンについて考察する前に、その言葉の定義を碓認したい。以下に、本誌「月刊新医療」2004年2月号に掲載した文章を改変し、記載してみる。

「患者が受けている診断や治療について、現在の、に主治医以外の医師から求める別個の意見のこと。医師が患者に診断名やいくつかの治療法を説明し、勧められた治療法に同意するという考えはインフォームドコンセントと呼ばれ、米国では一般化している考え方である。この制度を支える仕組みの一つとしてセカンドオピニオンがあるとも言える。日本では、独白の日本人的気質や保険制度の面からもまだまだ一般的ではない。ここ数年でインターネットを利用したセカンドオピニオンの提供サービスや、外来にセカンドオピニオンの受け入れを明記する医療機関も増えてきた。現状の保険制度では、『1つの疾病に関しては1つの医院や病院のみにしかかかることはできない』という重複診療の禁止と呼ばれる規則があり、原則的にはセカンドオピニオンは保険の適用とはならない。現状では一部の医師の善意や病院の広報活動のもとに細々とセカンドオピニオンが実行されているにすぎず、今後、医療制度としてまたは医療ビジネスとしてセカンドオピニオンのシステムが整備され、医療レベルの向上や患者の安心増大に寄与するのではと医療関係者と国民双方から期待されている」。

インフォームドコンセント・インフォームドチョイスは患者のためか

「医者が丁寧に説明しない」という患者側の不満は「待ち時間が長い」という不満とともによく聞かれる代表的な国民の声であろう。旧来の日本の医療を批判する目的で「密室医療」という表現が使われることが多い。「閉ざされた医療」「お任せ医療」なども何様の意味で使われている。密室医療ゆえに医師の傲慢さが助長され、今日のような医療ミスが多発する現象を来しているという論理であり、なるほど一理ある思われる。そういった声に対して応えるべく、「開かれた医療」「情報開示」「カルテ開示」などという一連の動きが出てきたのが、日本の最近の医療社会動向である。しかし、私はこのような動きに対して若干の疑問と憂慮を感じている。 「治療A、治療B、治療Cと説明しましたが、患者様であるあなたが自己責任において好きなコースを選んでください。もし、いずれもお気に召さなければ、転院も気兼ねなしにどうぞ。今までの料金も一切必要ありません」と医師が商売人顔負けで話している姿を想像してほしい。

そもそもインフォームドコンセントはアメリカでは、医師側を守るために普及してきたのであろう。医師としてきちんと科学的な説明をして、患者が自己責任で同意したり選択するのだから、その結果の責任は患者側にあることを明確化するためである。日本では、従来からの「お任せ医療」的医師の説明不足を糾弾する目的で、インフームドコンセントの必要性が叫ばれてきた。もちろんそのお陰で、一昔前に比べると、医師も時間を何とかやりくりして分かりやすく説明するようになった。その意味では、インフォームドコンセント普及活動は役立っていると私も思う。

しかし、患者は医師から治療法を説明されて、それに同意するだけではなく、いくつかの選択肢から1つを選ばなければならない。これは患者にとって大変なことである。健康や生命の危機に瀕している患者がいろいろな医療決断をするのは、あまりにも荷が重いからである。

セカンドオピニオン崇拝が招くドクターショッピング

このようなインフォームドチョイスをするに当たって、素人の患者だけでは判断がつかないことが多い。となると必然的に別の専門家の意見を聞こうということになる。これがセカンドオピニオンである。しかし、現状の日本ではまだまだ問題点が山積されている。専門家にとって、別の専門家の意見に対して異なった意見を言うことはとても責仕が重い重労働である。ところがそういった活動に対して、日本の医療保険は報酬を規定していないどころか、重複診療の禁止ということで表向きは初診料など一切の診療報酬も認めていない。医師や病院の奉仕や営業的サービスに負っているのである。

実際、セカンドオピニオンを聞きに、患者は知人の紹介やインターネットなどの情報で別の医師の診療を受ける。もちろん、保険診療のカルテを使ってである。重複診療であるかどうかはその病院では判断できない。それどころか患者さんを断ることもできない。セカンドオピニオンをするためには、、まず現状の医療経過を十分聞かなければならない。多くの外来患者を待たせながら聞くことになる。それでも熱心な医師たちは最大限懇切丁寧に対処する。しかし普通の外来では1人に30分くらいが限界であろう。それもそんな患者が1日に2人もいればその外来は崩壊寸前となる。他の待っている患者の逆鱗に触れるからである。実際、私は何度もそのような体験をしている。悩みを相談し始めると30分はあっという問で、1時間でも「今日は短時間しかお話できなかったので」という帰りがけの患者の言葉にに驚くこともしばしばである。私が患者の立場でもでも同様に感じるのだと思う。

そんなわけで、一旦セカンドオピニオンを聞き出すと、なかなか満足できず患者の不安は増強し、もう1人の医師の意見も聞きたいということになる。これが「ドクターショッピング」という不孝の始まりとなる。中には「最低3人の医師の意見を聞いて多い方の意見に従うことに決めている」という方もいらっしゃる。これは医師にとっても、日本の医療財政にとっても、なによりもその患者自身にとっても大きな不幸である。

医療判断はとても難しい!

物事を決断することは概ねしてとても困難である。夕食を何にするか。どの車を購入するか。楽しい迷いであっても、時に決断に苦しむ。ましてや、命にかかわる医療決断をすることは素人には酷なほど難しいし、実は医師にとっても難業なのである。

なぜかというと、医療決断は単なる医学的根拠のみでできるものではないということである。私が考えるだけでも「心理学的状況」「社会学的背景」という大きな要素が別個存在する。それぞれの病気の最新の治療法などはインターネットなどで簡単に入手できるであろうから、医学的根拠以外の要素が医療決断には重要になってくる。そういう意味では単に同じ専門分野の別の医師に意見を聞くということだけでは、セカンドオピニオンが完結しなくなる。

今まで述べた理由にょり、臨床医療決断支援の専門家が必要になると私は考えている。

医師と患者のマッチング(出会い)とスーパーファーストオピニオン(SFO)

前述の「臨床医療決断支援の専門家(医療判断医)」なるものが日本に定着すればよいが、実際は夢物語かもしれない。実現可能な案として、私が次に提唱していることは患者が適切な医師にスムーズに出会い、信頼関係を築くための、より現実的な方法論である。

「患者と医者の信頼関係を良好にすることが大切」とだれしもがもっともらしく言うが、そんなことはそれこそ誰もが分かっていることである。問題はその方法論である。私は16年前より健康な時から傍にいる民間版侍医なる「主侍医」活動をパイロットファームとして行ってきた。嫌というほど「患者と医師の信頼関係」の重要さを身につまされてきた。ところが自分という人間にとって適切な医者に出会い、しかもその生身の人間である医師と信頼関係を築くのはそう容易ではない。いくら頑張っても、一般的に与えられた初診の診療時間内には不可能である。

私の長年の経験では、最低でも2時間の面談が必要であると考えている。どんな高級レストランに行っても、どんな高額オペラを観に行っても、シェフや歌手などの職人を2時間も独占することはできない。医療の世界では、高度な職人である医師を独占しなければならない。ここが患者と医者の信頼関係作りの極めて困難なゆえんである。私は今、この「患者医師マッチングシステム」の実現のために東奔西走している。患者の病気に適し、また相性がよいと推定される医師を探し、2時間の面談相談で信頼関係を築く。時には、医療決断支援専門スタッフが面談に同伴する。そうなると、セカンドオピニオンなどを患者がしなくてよい。プロである医師が患者のために前もって他の医師とも相談しベストな道を考えるからである。天皇陛下は侍医たちに「セカンドオピニオンを聞いてみたい」というであろうか?これこそ私の造語で定義する「スーパーファーストオピニオン(SFO)」である。

つまるところ、「セカンドオピニオン」はドライで契約至上主義のアメリカ的であり、日本ではSFOが似つかわしいと私は考えているのである。最初からベストを目指し、迷わないシステムの方が日本人に合っている、と私は思っている。次善の策として「ベストセカンドオピニオン(BSO)」という造語も考えている。セカンドオピニオン必要の理由が「医師への疑い」ではなく、「主治医の意見のリコンファーム」もしくは「残るもう1つの可能性」であってほしいからである。疑いだしたらキリがないし、患者と医者の信頼関係などどんどんなくなる。医療資源もどんどんなくなる。

現状の医療保険制度の中に位置する医療判断医、SFO、BSO

医療判断医やスーパーファーストオピニオン(SFO)などという概念は全く新しい考えであり、既成の医療保険制度には組み入れられていない。しかし、医療判断医による医療決断の支援があったり、患者医師マッチングによりSFOが提供されると重複診療や重複検査などが激減し、保険財政にも好影響を与えるであろうとは考えている。

現状では、保険や国から一切の補助を受けずに医療決断支援活動をわれわれは行っているし、これから患者医師マッチングシステムを運営する予定である。

公的、民間を問わず、このような医療決断支援活動や患者医師マッチングシステムを支えるインフラが整ってこそ、安心と満足に満ちた日本の医療環境の熟成期になるものと信じている。金銭や名誉を追い求める一部の医師を責めるのではなく、多くの医師は人助けという最大の喜びに満ちた仕事をしたいと願っているという事実を国民は理解し、信頼にたる医師を育む気持ちを持ちたい。一患者の立場としての私もそう願っている。