性善説ルネサンス③ 正直者は馬鹿を見る 良心ある人を評価せよ

 

2006.4~2006.11

性善説ルネサンス③
正直者は馬鹿を見る 良心ある人を評価せよ

ばんぶう

2006.6

日本医療企画


良心をもたない人たち』(草思社)の感想を書くと前回約束した。その本の著者マーサ・スタウトによると、同書のタイトルは、人口の約4%にのぼるという反社会性人格障害を持つ人を意味する。
 冒頭の言葉が印象的であった。「あなた自身が良心の呵責がまったくないという状態を想像できるだろうか」という問いかけである。多くの読者は、そんな想像はとてつもなく困難であることに気づくだろう。良心と知能はお互い無関係な要素であるからだ。
「正直者は馬鹿を見る」とよく言われる。アメリカ的に法律で人間を縛りつける風習が、近年は日本にもはび子ってきた、と私は憂国の気分である。そもそも、「法に従うこと」イコール「良心を働かせること」ではない。そこを勘違いするから、「法にさえ背かなければ」「法に従っているように見えれば」「法に規定がないから」ということになる。
 先日、東京のJR山手線で線路の故障が原因となる長時間の運休騒ぎがあった。JR西日本で起きた大惨事からちょうど1年後という時期でもあり、大事故を防ぐために徹底的に調査したから長時間の運休となったのであろう。しかし、その予防的措置を評価した記事を私は見つけることができなかった。悪い面だけ責め立てることをよしとする減点主義的マスコミ体質では決して良心が育たない。例の長机の前で責任者が頭を下げる光景を見飽きた人も多いはずだ。「プロや責任者が良心の呵責を感じ、良心に恥じない改革をいたします」という思いを感じる人はいるだろうか。
 医療ミスについても同様、最優先とすべきは結果論のみで医療側を責めることではなく、再発防止の調査研究と被害者の救済に焦点を置くことだ。ミスを起こした医師らを個人として責め立て、それを面白おかしく誇大に報道するだけでは解決しない。
 それどころか、日本の医療の現場を支えている良心に満ち溢れた医師たちの「患者が怖い」「結局止直者が馬鹿を見るのだ」というつぶやきが私の耳にもしばしば届くようになった。身震いするような危険信号である。一部の邪悪な人々を想定した法制度づくりの限界がきていることを認識し、今こそ良心を評価し、育てるシステムが必要だ。良心に溢れ、かつ知能の高い指導者の万々ひとつよろしく。

    

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