医療正義と医療満足度の向上のために―社会医という選択肢

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鉄門いまむかし

医療正義と医療満足度の向上のために

―社会医という選択肢

寺下医学事務所代表 寺下謙三(昭53卒)

 

鉄門だより

2015年(平成27年)

10月号(第724号)

 


 
 昭和53年卒業ということは、学生運動を実際に知る最終的な学年ということになります。
当時は学年たちによる立て看板がキャンパスのあらゆるところに見られ、
ビラもあちこちに散らばっていました。今から、思えば乱雑な景観だったとも言えるでしょうが、医学生たちは何を求めていたのでしょうか?と気にもなります。方法論の是非はともかく、医療や医学における正義を求めて、いろいろな形で闘っていたのではないでしょうか?
 
 そして今、医学の分野に限らず「正義とは何か?」という問いかけが、サンデル教授の授業などでも話題になりました。お金や権力の二極化が強まる中、本来の正義とは、幸せとは何か、一部の賢者が気になりだした証だと期待しています。
 
 大学を卒業後、脳外科を皮切りにいろいろな臨床現場を体験しました。そして日本の医療レベルの高さに加え、その保険医療システムは世界に類を見ない稀有な仕組みであることに確信を持ちました。
しかるに、臨床現場では不安や不満に満ち溢れた患者さんたちが多数いることも事実です。
医学部出身者の進む道は、多くは臨床医の道であり、少数派として基礎医学の通があります。東大や京大にほ基礎医学の道を選ぶ人が比較的多いでしょう。3番目の選択肢として「社会医学」の道を知ってほしいと思います。医療の仕組み作りを支える人材ということです。鉄門の先輩後輩たちには素晴らしい仲間が多いのですが、私自身も含め、どうも共同作業が苦手なようです。東大医学部の卒業生として、何がよかったかというと、その豊富な同窓人脈に尽きると思っています。頭脳明晰なのは当然ですが、やはり医学の道を志した仲間であり正義感が強い人が多いことは特筆すべきことです。そういった鉄門出身者が力を合わせて日本の医療の仕組みを守り育てていく使命があると思っています。(でもその優秀な頭脳と悪意が化学反応を起こすと怖いものです。医療業界との癒着やデータ捏造などの倫理が問題視されている今日この頃でもあり、医療医学正義を自間する必要があるところです。)
 
 私自身の、「社会医学」の道を簡単に、ご紹介できればと思います。

 当時、患者の多くは不満や不安や不平を持っていることを知り、日本国内での医療に対する国民の満足度の低さはなぜかと考えました。30年前頃から、その度合いは、さらに増強し「患者様現象」や「医療崩壊」「立ち去り型サボタージュ」などが医療界の流行語となっていきました。不満が不安に変わり、さらに恐怖、攻撃となり医療裁判の件数がうなぎ登りとなっていきました。その原因は、日本の医学医療のレベルが低いから起こっているのではないのです。むしろ、日本の医学医療は世界トップレベルですし、医療保険の仕組みも世界に類をみない傑作品です。しかし、システムのどこかに問題があるから、国民は安心満足していないに違いないということに気付きました。1969年のアポロ11号のように、現存する技術を巧みに組み合わせるだけで、未来の夢が実現することに着目しました。それこそが仕組みづくりの素晴らしさです。

 そこで、昭和59年、6月、同窓仲間らと共に、医療の仕組みづくりを通じて医療満足度の最大化に貢献しようと医学事務所を立ち上げました。医師専用のモデル病院構想からはじまり、カルテ共有システム(今の電子カルテ)や医師間遠隔相談システムなど。インターネットも携帯電話も存在しない30年以上も前の話ですから、いまから思えば時期尚早そのものでした。後輩の鉄門学生が、夜な夜な正門前事務所に集合し、ワープロ用の医学辞書をタイプしたのを思い出します。その結晶としてハドソンソフトから初めての医学辞書つきワープロが誕生しました。「すいぞう」が「膵臓」と変換されて喝采する時代でした。そのときの研究仲間たちは、現在の日本の医療情報分野のリーダーとして活躍しています。

 そのような経過を経て、「安心と幸福をもたらすべき医学医療」の仕組みを追求していくと、ハイテクによるイノベーションも時代の流れだが、皇室や人統領の「侍医システム」という患者(クライアント)医師関係が理想だというローテクな結論に至りました。高度細分化される医療環境においては、最先端の専門医とは別に、指挿者や管制官のような医師の存在が不可欠であり、患者も含め人間的信頼関係で結ばれたチームによる医療が、高品質な医療として医療満足度を最大化するシステムであると考え、1990年より自らも先進的実践活動を始めました。「主侍医制度」と名付けたいわば民間版侍医モデルの試みです。

 その活動を続けるなか、「医療判断学」という概念が生まれていきました。インフォームドチョイスが進んだ故に、その副作用として患者は選択や決断に悩みます。主侍医は一言で言えば「医療決断の支援」をするプロだということです。西本征夫薬理学教授(昭55卒)からの強い依頼もあり、そのノウハウをまとめ、医師や医学者になる心構えとしての教育も兼ねて1995年より10年間、慶応大学医学部にて「医療判断学」の集中講座を始めました。最初は「医学生の道徳教育か?」というようなうんざりした目で見ていた学生さんたちも、3日間の対話型の集中講義で、教授以下教書貝総出で講義後も夜遅くまで内容検討をして翌日の資料を作成するという熱意が通じ、最終日には学生さんたちの日の色が変わってきました。3日連続の授業感想文も日に日に進化して、こちらが驚きました。熱心に教育すれば学生の心に届くことを教室員一同体験したのです。そのときの学生感想文を小冊子にまとめてあります。後輩育成にあたる皆さま、ぜひ一度ご覧ください。風変わりな授業と評されましたが(サンデル教授の授業のようですが、我々の方が早かったのです!)、学生の口コミで、授業の出席率は毎年95%越えと高く、数名の欠席者が却って目立つほどでした。西本教授の急逝により残念ながら10年で閉幕となりました。母校東大でもやってみたかったと残念に思っています。

 その代わりと言うわけではありませんが、昨年春より、一般人向けの基礎医学講座「教養としての医学塾」を始めました。講師には、現役の鉄門学生に交代で来ていただいています。特殊な医療の話や面白おかしいテレビでの医学番組はありますが、基礎的なオーソドックスな医学を学ぶ機会はほとんどありません。医学を知っていただくこと、そして医学生にとって、一般の方が医学に興味を持つよう講義することは大変勉強になります。特に医学界のリーダーとなる使命を担う学生たちにとっては貴重な体験になっているようのです。まだまだ寺子屋的規模ではありますが、そういった医学生が大きな志を持って、臨床医学、基礎医学、そして社会医学の分野で活躍されることを願っています。

 私の事務所の中小理念は「熱意ある医師を応援することにより、患者支援する」ことです。そういった情熱医師の職業的交流クラブ「Terraドクターズ」の運営を今後の中心事業に捉えていく予定ですので、興味のある方は是非お仲間にお加わりください。
 
 還暦後の個人的な活動としては、医学作家の道を夢想しています。漫画家、小説家が夢だったこともあり、医学の世界をみなさんにきちんと伝える文筆活動を通じて医療満足度最大化に貢献したいと思っています。
 
    

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