TOP / DR.Kenzo著書・執筆 /連載エッセイ /朝日新聞「カルテの余白」

2003年4月

「主侍医」の原点アポロ11号

カルテの余白 アポロ11号に乗って、人類が初めて月に到着したのは1969年。今のパソコンと 同じくらいの性能のコンピューターが小さなビルほどの大きさだった時代のことだ。 そんな昔に偉業が実現していたことに改めて驚かされる。
私はアポロから9年後の78年に医師になった。脳外科の研修で脳腫瘍(しゅよう)の手術を経験し、がんの基礎を研究したいと内科に転向した。そこで、旧態依然とした大学病院の実態を目の当たりにし、84年、最先端の医療施設をつくろうと、仲間と研究組織を立ち上げた。 内容詳細

2003年4月

かかりつけ医を応援します

カルテの余白 大学に在籍する後輩の医師から、こう打ち明けられた。
「研究や教育は、少し物足りない。患者さんを診察するのが好きなので、開業して診療に専念したいんですが、開業資金がないんです。」
患者さんの「大病院思考」が強い。高額の医療機器が充実していることも「安心感」をもたらすのだろう。だが、医療の質を上げるには、能力とともに情熱が必要。若い人材が机一つで開業しようとした時に支援できないか。こんな考えから今年2月、高額の機器を開業医が「共有」できる施設を東京都千代田区にオープンさせた。内容詳細

2003年4月

「ドクターミシュラン」は可能か

カルテの余白 「名医ガイド」「病院ランキング」、医師や病院をランク付けして紹介する本があふれている。医療の世界にも評価制度が導入されれば品質も向上するはずなので歓迎したいが、「これは実際に役立つ」と納得できるものは、なかなか見つからない。
患者さんの医療判断を支援する私たちの活動に、信頼できる医師仲間を増やすことは不可欠だ。患者さんに紹介したり、一緒に診療したりするときに「自分が病気になったらこの人に診て欲しい」という医師なら安心できる。 内容詳細

2003年4月

医療保険柔軟な発想を

カルテの余白 今日から、サラリーマン診療を受けるときの自己負担が2割から3割に引き上げられた。
受診抑制につながるとともに、「先生、ついでにビタミン剤もください。○○の検査もお願いできますか」 「はい。分かりました」といったやりとりも減るかも知れない。
医療保険は元々、健康診断などのような予防医学的なことには使えない。予期せぬ重い病気になったとき、家計に重大な影響が出ないように国民がお互いに支え合おうという仕組みだ。内容詳細

2003年3月

「父子関係」からの脱却

カルテの余白 患者 「すみません。また体重が増えてしまいました。それに、実は、薬も飲んでいなくて…」
医師 「いけませんね。気をつけて下さいよ」
診察室で、こんな会話をよく耳にする。でも、考えてみると不思議だ。なぜ、患者は恐縮し、謝るのだろうか。薬を飲み忘れて、不利益を被るのは医師ではなく患者本人なのに…。
「父子主義(バターナリズム)」。
これまで医師と患者の関係はこんな言葉で表された。患者に対し、父親のように親身に接することが医師の模範的な態度と考えられた。内容詳細

2003年3月

正しい判断と悪い結果

カルテの余白 赤か黒か。束ねられたカードの色に賭けるギヤンブル。どっちを選ぶか。
プロのギヤンブラーが教えてくれた。「赤に賭けなさい」。根拠は…彼は赤が20枚、黒は15枚と知っていた。赤の確率の方が黒より高い。しかし、私が引いたのは黒。果たして彼の助言は間違っていたのか? 医療の方針を決める場合にも確率に左右されることがある。賭け事に例えるのは不謹慎と言われそうだが、「不確実さ」をイメージしてもらいやすいよう、あえて単純な例示をした。医療の判断は「0点か、100点か」というものではない。多くの場合、60点と65点の差を慎重に比較して決断することを迫られる。内容詳細

2003年3月

医療判断は手間を惜しんではいけない

カルテの余白 「主侍医」契約を結んでいるAさんからこんな相談を受けた。弟さんが肝臓がんで、大学病院に入院していた。
「担当医に数ヶ月で危ないと言われた。何とかならないだろうか。」
とても難しい内容だ。
私たち医療判断医は患者さんが一番いい選択ができるよう、水先案内するのが役目だ。しかし、いい手立てが思いつかず、悩んでしまうことだって少なくない。肝臓がんの専門家で、手術の腕もよいと評判のK医師を招いて弟さんと面談した。弟さんには検査結果を持参してもらい、家族も加わった。内容詳細

2003年3月

医療に品質管理の思想導入を

カルテの余白 科学的な根拠に基づいて医療を進めるEBM(Evidence Based Medicine)という考え方が世界で広がり始めたのは、90年代後半からだ。 手術がいいのか、薬による治療がいいのか、薬はAがふさわしいのか、それともBなのか……。患者さんの診療法を選ぶのに、これまでは、医師個人や医療チームに積み重ねられた経験に頼るところが多かった。 EBMは、それが本当に最善の選択なのかどうかを客観的に判断する根拠として、多くの医学論文を統計的に分析して信頼度を割り出したものを使えないか、という試みだ。ただ、論文は星の数ほど発表されている。どの論文を重視するかによって、結果もずいぶん変わってくる。内容詳細

2003年3月

確率では判断できないことも

カルテの余白 「最後の最後まで治療を続けよう。」
「いや、もう、苦しませずに逝かせてあげよう。」
26年前、私は兄弟4人でこんな会話をかわした。母が劇症肝炎を患い、可能な限りの手だてを尽くしても回復が難しい状況だった。兄2人は医師になって6年目と2年目。私は医学部6年生、弟は医学部1年生だった。 内容詳細

2003年2月

複数の医師に相談できる体制を

カルテの余白 セカンドオピニオンを広めるのはそう簡単なことではない。
医療の世界では、最初に「たまたま」診た医師が自動的に主治医となることが多い。家を買うにしても車を買うにしても、ふつうは検討を重ねて決断するのに。それに、ひとたび主治医になれば「自分の患者」で、ほかの医師から紹介されると「ひとの患者」と考えがち。口出しは「させまい」「しない」という意識が働いてしまう。内容詳細

2003年2月

セカンドオピニオン医師も協力を

カルテの余白 脳ドックで小さな動脈瘤が見つかったNさんから相談を受けた。
「『心配なら、血管撮影を』と医師に言われたんだけど、不安で‥‥」
Nさんとは「主侍医」契約を結び、普段から医療相談をしている。磁気共鳴断層装置(MRI)の画像では大きさは3㍉以下。血管撮影は、動脈に管を入れて造影剤を流し、X線で異常がないかどうかを調べる精密検査だ。内容詳細

2003年2月

「主侍医」は医療の指揮者役

カルテの余白 「あんな無愛想な医者は嫌。患者を何だと思っているんですか?」
「信頼できる先生でした。感謝します。」
内視鏡を使った治療で2人の患者さんにM医師を紹介すると、違った反応が返ってきた。でも、最近は後者の反応が多い。紹介する際に「一見無愛想ですが、患者さん本位のプロですよ。」といった言葉を添えるからだ。内容詳細

2003年2月

医療判断の厳しさを教える

カルテの余白 慶応大学の医学部の学生に「医療判断学」というテーマで年に数単位の講義と実習を行っている。ふだんは「主侍医」としての契約に基づいてどんな医療を受けるかを選ぶ手助けをしている私だが、「医療の未来は、医者の卵への早い時期からの教育にかかっている」という、信念を持つ西本征央教授(薬理学)と思いが合致し、7年前から始めた。講義の冒頭、学生たちにこう問いかけている。医療判断の仮想体験だ。内容詳細