崩壊しつつある医師患者関係を取り戻すことが使命です

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皇室の侍医のように、健康なときから身近にいて、さまざまな医療決断をサポートしてくれる医師患者システムが究極の安心と幸福の医学だと自ら実践して16年になります。その経験から、最近の日本の医療が進んでいる方向に非常に危機感を感じていることをお話したいと思います。

人間のあらゆる知恵は「幸福」を求めています。医療も勿論、人々の幸福のために発達してきただろうし、多くの医師や医療人はひとの幸せのために貢献したいと日夜頑張っています。しかし、日本の現状はどうでしょうか?「医療不信」という言葉に代表されるようなマスコミ報道が絶えません。その影響で、日常診療でも「挑戦的な患者」「怯え構える医師」という不思議な構図が生まれつつあります。数年前から、こういった傾向に憂慮していましたが、「まさか日本は大丈夫」という大方の声に杞憂となることを期待していました。しかし、残念ながらその傾向は強まる一方で、使命感に溢れた医師たちはそのエネルギーを削がれ、自己利益に聡い医師たちが台頭し始めたと言わざるを得ません。前者は「患者様」と呼ぶことに違和感を感じている医師たちで、後者はにこにこと「患者様」と呼び、医療もサービス業なのですよと我が意を得たりと平然としている医師たちです。極端な意見で、反論もあろうかと思いますが、象徴的な例えと理解してください。

そもそも病気になることは、生活習慣病のように自己責任であったり、運命のいたずらであり、少なくとも医師の責任ではありません。当たり前のことです。また、医療はとても不確実な世界に存在するものです。「必ずよくなりますか?」「そんなことはありえません」我々生物は、とても残念なことですが、老化という逃れられない「一種の病気」の元に、様々な病気や怪我に遭遇します。厳密な意味では完全に元に戻る病気はないでしょう。

このような難しい世界にもかかわらず、日夜奮闘している愛すべき医師たちが私の知る限りでもたくさんいます。ひとは困難に遭遇したときには指導者を求めます。病気という困難を乗り切るために、医療医学の専門家である医師に知恵を求めるのです。学問を教えていただく教師には「先生」と呼んで尊敬し信頼してこそ深い学びが出来ます。自分の健康回復のために尽力してくれる医師を「先生」と呼んで尊敬し信頼してこそ病気回復の知恵を本当に活かすことになるのだと思っています。これは医師の傲慢とは程遠いものです。むしろ、表面的には「患者様」と愛想笑いをして魂を売り渡し「商売商売」に走っている医師こそ傲慢なのです。

皆さんの身近にも立派な医師はたくさんいます。「患者様」と呼んで貰うことではなく、むしろ心から「先生」と呼びたくなるようなかかりつけ医を探し当てたら、「幸福と安心の医学」を手に入れたことになると思います。日本の良き医療は、官僚やマスコミではなく我々国民ひとりひとりが創り上げていくのです。

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