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新型コロナ対策を医療判断学的に考える

「命かお金か?」新型コロナ対策での命題です。両者は同時に成立しない「トレードオフの関係」と言われ、政府の舵取りの難しさの理由となっています。この文章が皆様に届く7月ごろは、感染状況が落ち着いて、感染を怖がりながらも様々な経済活動が復活し始めているでしょうか?それとも、静まっていた感染の再拡大がすでに始まってしまっているでしょうか?その頃を想像することすら怖い感じがします。私は、医療判断学に基づいて、「患者さんの医療意思決定をサポート」することを生業としています。「安心の提供」こそ、私の仕事上の最大のテーマなのです。その考え方が、コロナ対策のいろいろな場面において役立つかと考えました。

医療判断学とは

「医療判断学」という概念は、私の独自の考えに基づいたもので、まだ一般的に使われている用語ではありません。しかしながら、医療の現場では、医師にとっても、患者にとっても無意識に医療判断に関わっています。1995年より10年間にわたって、慶應大学医学部で薬理学特別講座として、医学生向けに講義を行いましたが、最初のうちは「診断学」と混同されていました。その講義の冒頭では、「診断は医師が行う科学的な作業であり、医療判断は、その診断に基づいて、主に患者側が行う総合的な作業となる」と説明していました。日本においては、昭和中期までは、後者の医療判断も医師が行う傾向がありました。「医師の父権主義」と評されます。「良かれと思って半ば強制的に行う助言実行」となるでしょうか。ところが、近年になり、日本でも、インフォームドコンセント・チョイスの考えのもとに、医者の説明責任と患者の意思決定とがセットになって導入されました。この考えは正論ではあるのですが、実情は判断できない患者が不安に陥り、極端な場合は、ドクターショッピングに走ったり、悪徳商法に近い療法に惑わされ標準治療のチャンスを逃したりなどの被害も出ています。

医療以外の一般論としても、「判断基準」には、様々な形があります。科学的事実(理論)だけでなく、社会経済学的要素、心情などを中心に、習慣、環境、助言(命令)、時には「掟(おきて)」などもあるでしょう。医療の分野において、その辺を紐解いていくのが「医療判断学」です。

 

新型コロナ対策に医療判断学を当てはめてみる

医学専門家委員会の見解が、前述の「診断」にあたり、政府はその「診断」を踏まえて、更に「経済」を考えて総合判断する必要があり、まさに「医療判断」に相当します。幸い今までのところ(5月末執筆時点)、世界的にみると、COVID-19による日本人の死亡率はかなり低いと言われて、その理由を探る研究がなされています。BCG接種事情や白血球型であるHLAなどの関与が推定されていますが、今のところ正確な理由は不明です。少なくともこれまでの日本の対策が、他国に比べて数十倍、数百倍良かったからではないことははっきりしています。最前線の医療現場での丁寧さ、日本国民の生真面目さや清潔感、マスクなどを着用する習慣(驚くことに100年前のスペイン風邪の時にすでにありました)、靴脱ぎ習慣など複合的な要因も加味されていることは間違い無いでしょう。自粛数ヶ月で感染者数は激減しました。前述した日本の元々の国民性があったからこそでしょう。

さて、これからどうするか?残念ながら、誰もが納得する正解はまだありません。短い間の経験からですが、新しい生活様式が提案されました。しかし、未知なるものとの戦いですので、良かれと思った行動にも失敗はつきものです。それを隠さずに素直に認め、日々改善していくという姿勢こそリーダーには望まれると私は考えます。トンネルには必ず出口はあります。

PDF SmileReport Vol14 記事.pdf

作成:2020/07/09

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診療科: 感染症内科 予防医学

寄稿日・掲載日・記述日: 2020/7/9 HOKENDOHJIN Smile Report 相談室よりVol.14 Catch Up!