医療判断学

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「赤のカードに賭けなさい」プロのギャンブラーはそんなアドバイスをした。答えは簡単である。赤のカードが20枚、黒のカードが15枚入っていることが分かっていたからである。しかし、私は、黒のカードを引いてしまった。プロのギャンブラーのアドバイスは間違っていたのか?

医療の話をしているのに、賭け事のたとえ話を引き合いに出して不謹慎と言われかねないのを承知で冒頭のたとえ話を作った。医療方針の判断、決断に際して、それらは確率に左右されることゆえの不確実性を体感していただきたいため敢えて単純な例示をした。

医療判断学の存在意義の説明を容易にするために、このようないくつかのたとえ話を引用することにしている。学生への医療判断の講義や一般の方へ医療決断のお話をする時に、「我々は0点と100点の選別判断をすることはほとんど無く、1点から99点の間の判断をするのであり、しかも、その多くは60点と65点を比較判断することを迫られるのです。そして、その両方の判断後に起こった結果を見比べることが出来ないために、その判断が正しかったかどうかの評価、反省が実に困難なのです。」ということを必ず説明する。結果が良かったから正しい判断、結果が悪かったから間違った判断、というふうに評価できないからである。

例えば、癌の治療方針について考えてみよう。大抵の場合、複数の選択肢があり、手術をするか、化学療法でいくか、放射線治療にするか、免疫療法は加えるのか、民間療法も気になる、といった具合に考えれば考えるほど迷うことになる。ひとつを選択するということは他の選択肢を捨てるということになるのだから、決断は簡単にはいかない。患者の気持ちとしては、結果が良いことがすべてだが、冒頭に書いた理由で、結果から正しい判断だったかどうか判定できない。このような背景があるからこそ医療決断をする際には、本当に手間隙かけたい。例えその結果が悪い方向へ行ったとしても、「別の選択肢を選んだよりきっとよかった」と思えるほど、よく考えて判断、決断をすることが何より大切である。アメリカの医学生は卒業する時に、ヒポクラテスの誓いをする。「患者に良いことのみを行い、決して悪いことを行ってはならない」医師にとって、この当たり前のことを医療の結果のみから判断すると仮定すれば、厳密に実行することは到底不可能である。副作用の無い治療法はないだろうし、誤診のない診断の名医は存在しない。

私の主唱している「科学的根拠に加えて、患者の心理学的情況や社会学的背景までも考慮した医療判断理論」において模範解答は存在しない。しかし、誤解しないでほしいのは、医療の不確実性を理由に、不誠実な診療や、勉強不足の医療人に言い訳の余地を与えるつもりはないということである。医療の分野において、不確実性は常に伴うけれど、かのヒポクラテスの究極の命題を常に追い求める姿勢を持った医師や医学者であるということは不可能ではない。医学生や研修医のみなさんも、そういった姿勢を持った医師に育っていただきたいとの願いを持って医療判断学の講座を開催している。


・ 医療判断学/ 医療判断医

  医療技術の高度化や専門分化・細分化に伴い、医療上の選択肢が劇的に増えた中、他診療科含め、医療を受ける際に生じる患者や家族のあらゆる選択や決断を支援することを専門とする医師が医療判断医である。そのための医療判断学とは、幅広く日進月歩である医療技術・知識に加え、特異度・感度を考慮した確率論、高度な医療面接・カウンセリング技術を有機的に統合した学問である。また、医療判断医には、医療判断学の習得に加え、各分野の専門医との広い人脈レパートリーが求められる。

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・医療決断支援

  医療上の決断をする時に、一般的に重要とされる「(科学的)医学的根拠」に加え、患者・家族の「心理学的情況」や「社会学的背景」、時間経過を考慮することで、疾病による身体的被害と精神的ダメージを最小限にする決断を促すためのあらゆる支援。

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