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200615コロナが教える人の道37 第1波良かったこと悪かったこと

誤りをきちんと認めることから、改善や進歩が生まれると思う。
今までの、日本の対策について、良かったこと悪かったことを列挙してみる。

(良かったこと)残念ながらかなり少ない。

初期の頃は、政府の専門委員、とりわけ西浦先生や押谷先生が、ほぼボランティア的活動で、クラスター潰しをまめに行ったことにより、爆発的増加が抑制されていた。

何よりも、最前線で活躍した医療現場の医師、看護師らスタッフが使命感のみに支えられ献身的に丁寧に対応し尽くした。

国民の大半は、マスク着用、手洗い励行をすでに自主的に厳密に行っていた。故に効果的な手洗い方法もすぐに習得できた。また、西欧に比べて人同士の物理的距離感もあった。

罰則なしの自宅待機、自粛要請にも大方の国民は素直に従い耐えた。

全国の医師会が横のつながりの力を発揮した(驚いたと言えば失礼だが、期待していなかっただけに。厚労省が動かないので業を煮やしたか?)

理由は、現在までのところ、不詳であるが日本を含むアジア人の死亡率は低く済んだ。(BCG、遺伝的要因などが推定されているが)

 

 

(悪かったこと)残念ながら無限的に多い。順不同で思いつくままに列挙する。

何よりも政府として初動が遅かった。(中国武漢でのニュースを見て知った一般国民の敏感な人々よりも認識が遅かった!)

PCR検査数を意図的に絞ったことは間違いない事実であり(理由はどうであれ)、このことが後々まで、悪影響を与え続けた。そもそも検査能力が低かったが、その能力を上げる努力が遅れた(今も遅れている)

厚労省、政府は事実をリアルタイムに国民に伝えなかった(いつものことであるが、今回は「いつもの」状況ではないのに!)

疑い症状のある初期の相談窓口を保健所の「帰国者接触者外来」に限定することにこだわり続けた。

PCR検査を、保健所を中心とした公的機関だけに限定することにこだわりすぎた。(以上などの理由は、厚労省<医系技官>が自由に操れる範囲でやろうとしたように見える)

しかるに、保健所は、今回のような感染症パンデミックによる国家的危機へのトレーニングを受けていないし、予算人員も十分でなかった。むしろ、最近では減らされていた。

厚労省、政府の指揮系統がその場的であり、責任体制も取れていなかった(ように見えた)。

専門家委員会などで、どのような討議があったかを公開せず、国民は報道番組を通じて知るしかなかった。(後々、専門家委員の発言は匿名化した、との大臣の説明があり、皆驚いたし、専門家委員さえも驚き実名で記録して良いと訴えた)こんな調子であり、国民はもとより、コロナ医療の現場からの意見さえもフィードバックできる体制は皆無であった。厚労省(の一部、もしくは政府)が絵に描いた餅をこねくり回しているうちに何が何だか分からなくなっているように見え、対策は後手後手となり国民の不安は増強した。

上記の根本原因に基づくが、「37.5度C以上4日間」「PCR2度陰性が退院の条件」「指定感染症であるから、軽度でも無症状でも入院」という不文律がかなり後々まで(5月末でも)現場では通用していた。いずれも、結局は破綻した決め事となった。決め事は大切であり、初めてのコロナ対策であるから、間違うこともあるが、途中で間違いを認めて柔軟に変更していく姿勢が厚労省、政府にはない。それどころか「国民や保健所の勘違い」などと責任を国民側に転嫁する大臣の恐るべき発言に流石に国民も怒りを覚えた。

PCR検査を絞ったにもかかわらず、その後の、トリアージのシステムが全然できていなかったから、最前線では大混乱。コロナを受け入れているそれぞれの病院の担当部署の医師が、個人的な努力で、患者さんの振り分けを行っていた。それは限界ギリギリであったし、コロナ以外の救急患者さんにも逼迫した影響が出ていたことを理解して、今後の対策を考えないと恐ろしい現実は半年以内に迫っている。

トリアージに絡んでいるが、そもそも医療機関の役割分担システムができていなかった。これこそが日本の医療システムの弱いところ。個々の病院は、大きいところではワンストップ的に医療の全領域をカバーしているが、病院間の役割分担と連携のシステムができていなかった。それおぞれの病院のリーダーの能力と使命感に委ねられている。国も厚労省も東京都も病院を束ねる能力を持った人・組織がない。

政府や厚労省より、国民への事実報告のメッセージがないために、国民は疑いの目で、自分の国のリーダーを見るしかなくなった。「本当のところはどうなっているんだろう?」と。
「すぐに指定病院に入院できる人もいるのに、救急車でたらい回しになって手遅れになった人もいる」
「早期にアビガンを服用して回復した人もいるらしいのに、入院どころか、いつまでも検査すらしてくれない」
「自宅待機や宿泊療養など、どのように振り分けられるのか不安だ」
いろいろな不安が生まれ、一人歩きし、膨張していった。

詳細は不明だが、補償問題が盛んに論議されているが、今回のコロナ禍で、駐車場に発熱外来棟を作ったり、院内の感染対策を特別に作り上げた医療機関が多いが、国からの要望と経済支援のもとに行ったかと思っていたが、なんと自前で使命感のみで行ったという。これから何らかの支援を行うかもしれないが、あまりにも後手である。また、コロナ対策のために、他の病気の患者さんや医療機関への皺寄せも大きいが、そんなところへの国からの経済的支援は今のところほぼ皆無だと聞いている。第2波の時は、使命感は擦り切れていないかとても心配である。

このような使命感を持った政治家や役人はいないのか?せめて2割くらいいると国民は救われる?かもしれない!

こんな中、使命感どころか、その根本的人間性すらを疑わせる事件が勃発した。
ご存知、黒川検事長問題と政府業務の丸投げ中抜き問題である。国家的危機に陥っている最中に「なぜ????」これだけ国民も野党も注目しているこの時期ですら、平気で「自己利益のみに走る」ことをする人々をリーダーとして国民はついていけるか?
我々、医療専門家は、医学医療の範囲内でコメントするべきであろうが、その根本になる「使命感」「人間性」抜きには語れない。いくらシステムを見栄えだけで作っても「仏作って魂入れず」となるからである。あまりにも政府や厚労省が酷すぎるから、大阪の吉村知事には、後光が指しているように見える。だから大阪府民は団結し、ものの見事に感染者をほぼ0まで、押さえ込み、東京と差をつけたと私には見える。今、ほとんどの国民は吉村さんのような人に日本の代表になってほしいと願っていることは間違いない。

だんだん熱が入ってしまい、冷静に箇条書きに、とはならなかった。

 

作成:2020/06/15

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