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ちょっと一言

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認知言葉療法 1904主侍医通信より

2019年07月22日

僕は、言葉遊びが好きなのですが、診療でも「認知行動療法」をもじって、「認知言葉療法」と名付けた心理療法を実践しています。言葉を思い浮かべたり、囁いたり、歌にすることは、人間にとっての最強の行動だと思うからです。よく「座右の銘」と言われるのも、自分を励ましたり慰めたりする「言葉」の力を感じているからです。

僕の医療活動でも、理念やモットーなどを色々な言葉で表しています。

「あまり色々な表現をするから、わかりにくいし、覚えにくい」と歴代のスタッフからお叱りを受けることが多々あります。

事務所活動の基本方針としては、

「手を抜かない、諦めない、やり過ぎない」

「知識は最強のワクチン」

「奇跡的医療ではなく、奇跡的安心を」

自分に向けても、若い医師たちへのメッセージとしても

「能力を磨く能力(能力を出し切る)」

「強烈な熱意(熱意を煮え滾らす)」

「ゆとりの誠意(自然な献身)」

などがその主なものです。

 

最近、使い出した言葉に

「真剣な健康管理を!神経質な健康管理ではなく」

つまり、我々の活動ポリシーは「真剣に健康管理をしようと考えている人を徹底的にサポートする」となります。

そしてその基本は「知識は最強のワクチン」です。

「知っていると知らないでは大違い!」

「病気のことを知っている」

「早期の症状を知っている」

「人間ドックなどの結果の解釈を知っている」

「自分の病気や症状に合った専門医を知っている」

「相性の合いそうな医者を知っている」

「まず相談できる医者を知っている」

などなど、、、、真剣な健康管理も結構大変ですね。

 

しかし、本来の仕事で超多忙な方には、それらを丸投げしていただくのが、我々の事務所のメイン事業「主侍医倶楽部」だと考えております。疑問に思うことなどは、我々専門家が代わりに調べ、まとめ上げてから提供します。

とは言っても、時間が許されれば、毎月行っています「テラ小屋医学塾」にぜひご参加ください。知識の強化だけではなく、現役の東大医学生の講義を聞くことは楽しく、日本の未来への希望も湧きエネルギーをもらえます。

毎月第1火曜日6時半からです。

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新年早々老化の嘆き?2019年初の主侍医通信より

2019年02月25日

厳しい寒さも過ぎ去るようだとの気象情報に安堵していますが、インフルエンザの大流行も静まってくれることを願っています。恥ずかしながら最近は様々なところで老化を感じています。寒さにも暑さにも弱くなったことを認めざるを得ません。ゴルフでは飛距離もガタ落ち、記憶力も危うい、などと新年初の主侍医通信で、自らの愚痴を並べるつもりはないのですが、、、。諸先輩がたの主侍医を拝命している立場でありながら、弱気のように聞こえるかもしれませんが、皆様方の気持ちも身に染みて理解できていますと解釈いただきご容赦ください。老化とともに、全ての能力が低下しているわけではありません。主侍医にとって一番大切な、判断力については、経験値がより高まり、柔軟性や寛容性も加わりつつあると自負しています。また、専門医のネットワークは、同年代から若手にも、広まり深まる一方です。また、息子の勇祐ドクターも東京逓信病院の外科医、救急医として活動する中、皆様方の主侍医のアソシエートとして活躍する場面も増えてきました。ご安心ください。

朝のバラエティー番組では、芸能人などの著名人の病気や訃報について大きく取り上げられます。主侍医としても、「医学的に危うい報道はないか?必要以上に不安を掻き立てる内容ではないか?」など、ハラハラしながら見ています。最近では、堀ちえみさんの「口腔ガン、舌癌」の報道が印象的です。不安になられた方も多いでしょう。「もし堀さんの主侍医だったら、もっと早く対処できていただろうか?」いつも、このように「もし主侍医だったら?」と自問自答して、朝方から悩み苦しむことになるので、朝のバラエティー番組が怖いくらいです(マジに!)。

「なんでも気になったら気軽に相談」が主侍医会員の最大のメリットですし、「どんな相談にも真剣に対応」「患者さんの最強の味方の医療コンサルト専門チーム」「不安を取り除くことも大きな目的」を信条にしている我々です。今回のケースも、後追い我田引水的かもしれませんが、「テラ先生、なんだか口内炎が治りにくく、舌の一部が硬い気がするのですが?」と電話いただいたとしたら、1週間以内には口腔外科の専門医(例えば、具体的には東大の口腔外科チームと連携があります)に橋渡ししていただろうと推定しています。その数ヶ月の差で、舌癌が完治できるとは言えませんが、少なくとも治療方法に多少の差が出る可能性が高いとは思います。

気になることがある場合は、まずは気軽にご相談ください。全ての問題を解決できるなどと大それたことは言えませんが、出来うる限りの不安解消にお役に立つことが任務だと心得ております。

 

 

 

 

(主侍医活動報告、諦めない、手を抜かない、やり過ぎない)

昨年の大晦日の日です。主侍医会員のMさんから息子の緊急専用電話に連絡が入りました。ご主人Kさん(88歳)が高熱で、意識が朦朧としている。肺炎を疑い、かかりつけのS病院に受診するようアドバイスしました。Mさんは、病院と連絡を取った上で、救急車で駆けつけましたが、あまりにも重篤でS病院では対処できない、とのことで我々に再度、連絡がありました。状況から、命の危険性も極めて高いと判断されました。大晦日ですから、都内といえども救急体制が整った病院を見つけ搬送するのはかなり困難な状況です。息子の勇祐ドクターが勤務する東京逓信病院の当直を調べると、幸運なことに呼吸器内科のドクターがいることがわかり、救急受け入れの承諾を得ました。Kさんとは、13年前に、肺炎でS病院に入院中に、当時の治療担当主治医よりの往診依頼で拝診したのが最初です。その時も、厳しい肺炎で、ご家族も治療担当主治医チームも助からないかと思っていた状況でした。奇跡的と思われる回復ぶりで、やせ細った身体もみるみるふくよかになられました。そのことがきっかけで、奥様のMさんが、私と主侍医の契約をしていただくことになりました。

Kさんは、その後も何回か誤嚥性肺炎を繰り返しては、重篤な状態になられましたが、回復しています。

最近では、Kさんは生活上の補助がかなり必要な状況でしたが、Mさんの筆舌しがたいほどの懸命な介護により、自宅にての生活を続けてこられました。「筆舌しがたい」の一言では、到底説明できないくらいの介助、介護で、根底にある愛情の深さにいつも感銘を受けていました。

「今回ばかりは無理かもしれませんね。これ以上苦しめたくない気もするし。息子たち(長男、次男(医師)、長女)は、できるだけの治療はしたいとは言っていますが」と、覚悟は決められているご様子でした。

入院時の検査データからは、厳しい肺炎で、呼吸状態も悪く、いつ危篤になってもおかしくない状態でした。

お正月にも関わらず、治療担当主治医チームの懸命な治療とMさんを中心としたご家族の温かい励ましで、一旦回復の兆候を見せましたが、再度、誤嚥を起こしてしまい、重篤な誤嚥性肺炎の状況に陥り、意識もなくなり、酸素濃度の低下、二酸化炭素の上昇などで、今度こそ回復は無理かと思われました。Mさんも「これ以上の治療は苦しみを与えるだけかもしれない」と愛情に溢れるが故の弱気になりました。私も病棟に駆けつけ、今後の方針をどうするか、ご家族や治療担当主治医チームと面談を繰り返しました。治療担当主治医チームのチーフのS先生も病棟担当の若いE先生も、「あきらめずに治療する」という気持ちでいます。これは当たり前のように見えますが、実際的には、とても有り難いことです。回復の可能性も信じている証しでもあります。E先生は、つい先日私の主催する「寺子屋医学塾」の講師を担当してくれた熱意ある大学の後輩でもあります。ポーカーフェースの顔つきながらもファイト満満です。S先生も、冷静に対処してくれています。何度か話をしているうちに、Mさんは、大方あきらめながらも、「もう一度少しでもいいから話しをしたい」という思いが根底にある、と私は確信し、迷っていた「バイパップ」という呼吸補助マスクを使用する決断を主侍医として説得しました。気管挿管一歩手前の呼吸補助とイメージしていただければご理解いただけると思います。(挿管による人口呼吸はしないというコンセンサスはありました)バイパップ装着後、酸素濃度も上昇しましたが、今度はいつ外せる時が来るのか、という判断が迫ってきます。

治療担当主治医チームとご家族の懸命な努力のおかげで、数度目の奇跡がやってきました。つい先日、東京逓信病院を退院し、リハビリ目的で、自宅近くのS病院への転院が叶ったのです。Mさんから「少し食べられるようになりました。元気になったので、余計に手がかかるくらいです」と喜びながらのご報告を受けました。「実名入りでいいから、皆さんに報告して!」と有り難いお言葉もいただきました。

治療担当主治医チームの皆さん、感謝します。

そしてMさん、Kさん、感謝します。今回私どもの信条である「諦めない」「手を抜かない」「やり過ぎない(ちょっとやり過ぎかな)」をスタッフ一同体現できる機会をいただきました。

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じっくり、ゆったり、安心第一 2018年最後の主侍医通信より

2018年12月28日

光陰矢の如し、年末の常用句にもならなくなった感じですが、時の過ぎゆく速さを恥ずかしながらも嘆く日々です。今年の年賀状に書いた「じっくりゆったりと」を思い出し、苦笑いを禁じえません。

今年の7月に北海道に住む義理の父を亡くし、元旦の賀状を控えさせていただきますことをおまずお伝えいたします。医師として北海道の地域医療に尽力し、その功に対して晩年には叙勲し喜んでおりました。そして最後は、数々の医療のお世話になり、その有り難さを噛み締めました。患者側の身になっても、大切なことは「安心」だとしみじみ思いました。危篤状態で、いよいよ危ないとわかっていても「安心」することは有り難いとは、何だか不思議です。

幸福とは何か?最近はいつも自問自答しています。「安心」「自由」「快適」「ワクワク」「満足」「感動」「快感」キーワードは色々出てきます。必要条件は「安心」で、その他は十分条件かなあ、とも思えます。

11月末から、1週間、次男が滞在するパリに行ってきました。ちょうど、激化するデモ騒動と遭遇してきました。そんなことがなくても、異国の地では、言葉も「不自由」で、注文しても予想したものが出てこず「快適」とは縁遠いのですが、電車の中では強引なスリに合いそうになり、「不安」で居眠りどころではありません。海外を旅するたびに、「日本は住みやすい」ことを確認する始末です。一方、日本にはないものを味わうこともたくさんあります。日本(東京)では、バラバラの趣味の建物が乱立し、いつも工事中というのは残念で落ち着かない気がしますが、パリの街並みは、どこに行っても美しく「ワクワク」します。

十分条件を片っ端から取り入れようとすると、「幸せ」は逃げてしまうのかもしれません。

少なくとも、医師として「幸せ」に寄与できることは、「安心」を底辺に、「自由」「快適」に生活できるようにお手伝いすることが任務だと思っています。我々、主侍医チームが皆さん方の不安を容認しているようでは意味がありません。そんな時は、ご遠慮なく叱咤いただき、何なりとお申し付けください。

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患者意思伝達支援とは  1808主侍医通信より

2018年08月20日

記録的な猛暑が続く中、挨拶の最初の言葉の多くを「暑いですねえ」が占拠しているのではと拝察しています。今まで経験したことのない気温ということで、どういうことが起こるか予測がつきにくいこともあります。皆さん、暑さの中では、控えめな行動を心がけるようにお願いします。

我々の事務所の業務を説明する時に、使う言葉がいくつかあります。

「医療意思決定支援」「患者意思伝達支援」ということもその中心となる言葉です。重大な病気は当然のことですが、些細な病気の時や人間ドックの項目選択などにおいても、意思決定をすることは結構困難なことが多いものです。その時の負担を少しでも軽減することにお役に立てればと思っています。また、医師に受診する際に、これから受ける医療についての希望や考え方を伝えることは、表面上は「なんでもお好きな希望をどうぞ」と言われても、なかなか希望を伝えることはできません。「こんなことを言っても、担当医は気分を害さないだろうか」「そもそもこんな希望は無理なのか?」などと思ってしまいます。ここが我々の仕事のもう一つのセールスポイントと言えると、その重大な使命感の認識を日々深めています。皆さんからみると「そこをうまく活用すると有難いサービス」となると思います。自画自賛のようですが、専門医への橋渡しや、患者意思伝達紹介状作成作業や専門医との様々な交渉に際し、我々スタッフは喧々諤々、息子勇祐ドクターとは、どちらがクライアントのメリットかの論争で、親子ゲンカすれすれまでの舞台裏活動をしています。時には、長年交流を続けてきた専門医ともギクシャクし、ひやりとすることもあります。

というような舞台裏ですが、我々主侍医スタッフにはなんでも遠慮なくご相談いただければ、様々な調整役を担当させていただきたく思っています。

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主侍医システムのメリット 2017/7 主侍医通信より

2017年07月26日
個別には、皆様方とはお会いしておりますが、久々の通信となってしまいました。あっという間に猛暑がやってきた感じです。熱射病対策は万全でしょうか?無理のない生活リズムと水分補給、栄養補給などの基本を守ることが定石です。
このところ、ご契約の皆様から依頼されるゲストの方のご相談が続いております。以前から、がんに関するご相談が多いのですが、最近の傾向として脊柱管狭窄症関連のご相談も増えているように思われます。我々も、脊柱管狭窄症や脊椎ヘルニアなどについての専門医との人脈を開拓充実させていますので、気がかりな方はご相談ください。
ガンに関しては、すい臓がん、乳がん、肺がんのご相談が多いようです。ご契約のメンバーの方は、定期的な人間ドックをお勧めしていますので、発見されてもごく早期なのですが、ゲストの方は、結構進行している場合が多く、他の医療機関での治療方針などに不安を持たれてのご相談が多いようにお見受けします。時々「我々が主侍医を務めていたら、もっと早く見つけられたのに!」と残念に思うこともあります。
すい臓がんに関しては、定期的にドックを受けていても、早期に見つかり治癒が見込めるケースは少ないのが現状(日本でも欧米でも)です。その対策として、我々は、ドックのエコーなどで膵臓がはっきり描出されていない場合は、専門医による精密検査(MRCPなど)をお勧めしています。その結果、少し疑わしい所見があった場合は、専門医による綿密な経過観察体制となります。現状の医療技術において、膵臓がんを治癒可能な早期に見つける唯一の方法かと思っています。数年内には、早期発見の検査方法が登場するとマスコミなどで報道され、私としても待ち望んでいるところです。
いずれにしろ、気がかりなことを遠慮なく相談できるのが、主侍医システムの最大のメリットです。相談窓口として、保健師看護師の森田、臨床心理士豊崎が、皆様の患者秘書として待機しておりますので、お気軽にご連絡ください。
2017年7月 吉日  寺下 謙三

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医学塾のススメ 2016/8 主侍医通信より

2016年08月30日

リオのオリンピックと熱帯夜で睡眠不足の方も多いかとは思いますが、体調はいかがでしょうか?個人的には、オリンピック選手のコメントに感動しつつ、今までのオリンピックの中では熱心にテレビ観戦をしている方だなあ、と思っています。予約録画があるせいかもしれませんが。

そんな中、柔道や卓球や体操始め、活躍する選手たちが「これだけ練習に励んだのだから」という日頃の努力の話を聞くたびに、応援に熱が入るものです。

いつもご案内していますが、数年前より事務所の活動として「教養のための医学塾」を開催しています。主に東大の医学部生に講師を依頼して、難しい内容をコンパクトかつ明解にお話ししていただきます。講師陣は同級生や後輩たちにバトンリレーしていきます。まさに類は友を呼ぶ的に、素晴らしい医学生たちが次から次へ登場します。「あの先輩から頼まれたのだから、頑張らなくては」と内容の充実度には目を見張るものがあります。こんな彼らが、近い将来臨床医や研究者になると想像すると嬉しくなり、また、安心します。講義の後、医学生たちと食事を共にしますが、その時に「医療正義」の話をすると、面倒臭がられるどころかどんどん興味を持ってくれます。また、塾生の方たちの変化もすごいものがあります。20回30回と参加回数が増えるにつけ、塾生の誰もが、みるみる医学的知識やセンスが向上していきます。教育の大切さを痛感します。

こんな真っ当な医学生がいるということに触れ合うだけでも価値があると思いますので、主侍医契約の皆様も是非ご参加ください。私も勿論、いつも出席して医学塾をサポートしています、というより勉強しています。何事も知れば知るほど面白くなるものです。

毎月第1第3火曜日夕刻6時半からです。お待ちしています。

8月 吉日 寺下 謙三

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人間の幸せ度 2016/7 主侍医通信より

2016年07月27日
 英国のEU離脱が国民投票で決議されました。色々な観点からの意見や感想があることでしょう。いずれにしろ国を二分する戦いが起こっていることは事実です。またアメリカではトランプ氏が大統領となる可能性も全く否定はできない状況と見受けられます。「そんな馬鹿な」と大勢が思っているようなことが平気で起こり得るのです。ISや北朝鮮の危機は一向に治まりそうもありません。世界の景気が同時に悪化する懸念があります。国内に目を向けてみると三菱自動車、東芝問題をはじめとした大企業の中枢から発した不祥事が次から次へと明るみに出ています。大塚家具の問題に代表される内紛は後を絶ちません。公務員や医師や大学教授の不正、芸能界をはじめとする不法薬物問題もキリがありません。

 人類は、その類まれな知恵で常に進化を続け、特に直近(?)の2000年の進化には、目をみはるものがあることは誰もが認めるところでしょう。では、それでどれだけ人間の幸せ度が向上したのかというと、それほどでもないのでは、とこれまた多くの人が感じ始めているようにも思えます。

 医学の分野で言えば、寿命が圧倒的に伸びたことが絶大なる進化といえるでしょう。歴史的に多くの人が亡くなった感染症をどれだけ克服し、数十年前には治療を諦めていた白血病や黄斑色素変性症などもかなりの確率で治癒できるようになりつつあります。また手術に際する痛みの制御も驚くほどの進歩があります。開腹手術の翌日には歩けるなんて、私が大学受験直後に自然気胸で入院した時の記憶からは隔世の感があります。

 医療人の一員として、人々の幸せにいくばくかは貢献している、との自負を持ちたいのですが、冒頭に掲げたような大規模な不幸に囲まれた現状に複雑な思いの今日この頃です。

 暗い話をしてしまいましたが、主侍医としてできる限りを尽くす、という原点を大切にしつつ、「幸福論思想家」の活動を目指している身としても、皆さまの笑顔のために奉公したいと思っています。
 
2016年7月 吉日 寺下謙三

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TERRA信頼医師団応援します。すべては患者のために。

2016年01月13日

私は30年あまりもの間、医療分野の意思決定を支援することを任務として活動してきましたが、そのために大切な要素は二つあると思っています。一つは自らが医療判断医として、クライアントの訴えを詳細かつ丁寧に聞き取り、不安の核心に迫る技術と知識と熱意と誠意を持つことです。そして、もう一つは実際に治療を担当してくれる専門医の方々と親密かつ適度の緊張感を持って共同診療にあたれるような関係を維持していくことです。この二つを磨くことが、クライアントである患者さんの安心と納得を得るために不可欠なものとなっていますし、自らの活動を振り返り苦労はしたけれど自負できるところでもあります。

このような活動の中、素晴らしい医師たちと出会ってきました。日本の医療はこのような人たちで支えられているのだなあとつくづく思います。医師の中で、実際に医療の現場で汗水流して直接患者さんに貢献している人たちの割合が問題だと考えています。研究や教育の仕事を中心にする人も必要でしょうし、管理職や行政の一員として医療の品質を総合的に高めていこうとする人も少数ながら必要でしょう。しかし、そういった意識の薄く、権力とお金しか興味のない人も少なからずいることは結構な問題です。また、医療を金儲けの手段としか考えないような医師もいるでしょうし、勉強不足の医師もいます。また医師免許を持ちながら、医師を辞めていく人も少なからずいます。こういったことが「医師不足だ」「いや医師の偏在だ」とか「勤務医は過酷な労働だ」「開業医はまともに医療をやっていると成り立たない」などの声を反映しているのかもしれません。

何かを良くするのには二つの方法論の方向性があるでしょう。「悪いものを無くす」のと「いいものを増やす」という単純な話です。

マスコミ的には前者の方法論を取ることが多いですが、時には正反対の極論として「神の手」「行列のできる医者」「予約の取れない医者」のようなバラエティー番組を展開します。どちらも困ったものです。まっとうな医師たちは「バラエティなどのテレビに出る暇」はありません。テレビに出る暇があれば、行列に並ぶ患者さん、予約の取れない患者さんを一人でも丁寧に診てあげた方がいいに決まっています。

そんなことを考えていると、「信頼できる医師の信頼している医師は信頼できる医師」という、何やら早口言葉のような言葉が浮かんできました。今まで私の患者さんたちがお世話になった素晴らしい医師たちを「Terra信頼医師団」として、お礼の気持ちとこれからの任務として広めていこうと考えました。
人は、いい模範を見ると自然と真似したくなります。逆に悪貨は良貨を駆逐します。それなら駆逐できないほどの量と質の良貨があればいいと考えました。

よく医師を評価するときに「医師としての能力」と「人間性」の両方が大切だと言われます。「能力」の関しては理解がしやすいでしょう。「技術が高くや知識が豊富であることは良いことだ」に異論はないでしょう。その他「肩書き」「学歴」もある程度は「能力」を反映しているかもしれません。問題は「人間性」の評価の方です。一言で言うとたやすいのですが、その評価は難しいです。難しすぎます。私の仕事で、専門医を紹介するときに、患者さんは「能力」の高さを求めるのは当然ですが、人間性については「優しい人」「一生懸命な人」などと要望されるのですが、個別の場合は、結局は相性みたいなものを大切にしています。一般論で「人間性」というのを説明するのは難しいのですが、私は「熱意」と「誠意」に分けて考えています。「熱意」は文字通り「熱く燃えたやる気」のようなものです。しかし、その動機にはいろいろあります。出世やお金が動機になる人もいれば、使命感で燃える人もいます。名誉やプライドで熱意を燃やす人もいるでしょう。いずれにしろ「やる気満々」なことはいいことなので、あまりその動機を追求しないようにしています。問題は「誠意」です。こちらの定義としては、患者さんとの間の個別なものと考えています。簡単に定義すると「面倒であったり、自分に若干不利益なことであって、相手のために真心で尽くす」ことです。こうなると「熱意」の定義とは異なってきますし、患者さんとの関係性においても、多少は揺れ動きます。人によっては大きく揺れ動くこともあります。「能力」「熱意」はその医師にある程度固定したものですが「誠意」を引っ張り出すには、半分は患者さん側にも責任があることになります。医師といえども一人の人間ですから、患者と医師も人間関係のひとつ、お互い誠意を持って接することが大切となります。私たちは、そういった気持ちで、日々「医療決断支援」という仕事をしています。私の信頼医師団の医師たちは、「誠意」を豊富に持ち合わせています。それでも患者さんの対応次第では、引っ込んでしまうこともあります。患者さん側の誠意をきちんと専門医に伝え、専門医の誠意を引き出し、それをきちんと患者さん側に伝えるのです。誠意をまったく持ち合わせていない人は、ほとんどいません(と思っています。例外はいるでしょうが)

「誠意ある医師を応援することにより、誠意ある患者さんを支援する」
私の事務所の合言葉です。

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素敵なお金(権力)の使い方 2015/12主侍医通信より

2015年12月16日
今年も1年が過ぎ去ろうとしています。年末になると、「早かったねえ」「あっという間の1年だった」「何もできないうちに1年経った」「バタバタの1年でした」などという言葉が飛び交います。私自身も、同様の言葉を発する場面が多いことも自覚しています。それに今年は事務所開設30年を経過した年でもあり「光陰矢の如し」を実感せざるをえません。しかし、事務所の活動を振り返ると一概に「早かった」と思うより「いろいろあったなあ」という感慨の方が多いような気がしています。そして何事に関してもそうなのですが、いつものように「こんなことでよかったのか?」という自問自答に頭を悩まされ、それに答えては「では、これからどうするのか?」という次の難題が覆いかぶさってきます。
 
自分の活動の原動力は何なのかなあ、とよく考えます。一般的には、「権力」や「お金」や「いい格好」や「快楽」を求めて、人は行動します。「権力」「お金」はあまりその解釈に多様性はありません。しかし、「いい格好」や「快楽」には、人によりずいぶんと多様な解釈があります。この辺に「幸福感」という漠然とした、でもとても大切なものの本体が潜んでいるのではと思っています。「権力」や「お金」では「幸せ」を買えないことは、今や誰もが知っていることですし、残念ながら、権力やお金で幸せを買えた人を見たこともありません。でも、本屋さんの店頭は「お金の稼ぎ方マニュアル」「上司に気に入られるマニュアル」「客の心をとらえるマニュアル」といった類の本で溢れています。本屋探訪の大好きな私でも、気分が悪くなりめまいがします。ふと気がつくと「素敵なお金(権力)の使い方」を諭した本は皆無です。日本人は、経済大国を念仏のように唱え、モウレツ社員を尊び、お金を稼ぐのは上手くなったが、その使い方が貧相なままなのではないでしょうか?その辺が、国としてとても快適で立派な日本なのに、なぜか幸福感漂う国とは言えない所以ではないでしょうか?(この原稿を書き終えた後ですが、メンバーのTさんから「ノーベル賞の大村さんのように稼いだお金をバーンと寄付するなんて格好いいねえ」というコメントを頂きました。)
 
冒頭の話に戻りますが、時間の過ぎる感覚はその辺にあるのだと思います。予定を詰めまくって効率の良い時間を過ごせば過ごすほど、時間が過ぎるのが早く感じられます。逆に何もしないと時間が長く感じます。独房に閉じ込められたり(そのような経験はありませんが)、入院中の夜の時間(こちらは経験済みです)などがそうでしょう。幸せ感は、その中間に位置する「ゆったりと流れる時間に身を浸せる時」に生じるのではないでしょうか。
 
来年こそは、そのような時間も持ちたいと密かに願っているのですが、みなさまも是非、幸せな新しい年をお迎えください。
 
2015年12月 吉日 寺下謙三

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天職を支える心持ち 2015/9

2015年09月07日

物事を、いろいろ考え尽くしていくことは面白い。人間のみに与えられた特権かもれない。

だからかもしれないが、最近「稼ぎ方マニュアル」関連の本に隠れながらも「なんとか哲学」やら「幸せの考え方」的な本も平置きの本の中に散見されるようになってきた。個人的には、楽しみな傾向だと思う。「なぜこうなんだろう」と思ったら、科学者は実験を繰り返し、真実を追求していく。本当はどうなっているのか知りたいから。「知りたい」という要求も、人間の本能と言えよう。科学万能主義では、実験も大切であろうが、「思いを馳せる」というやり方もある。想像する、空想する、推定する、仮説を立てる、などいろいろあろう。医師の世界では「空想で診断治療されたらたまったものではない」とお叱りを受けるだろう。当然である。しかし、医学的な現象を解明するにあたって仮説が必要なように、医療の仕組みを考える上では空想や想像も必要な要素だと思っている。人にとって幸せを担保する医療とはなにか、と考えなくてはならないからだ。

子供に「大人になったら何になりたいですか?」とよく聞く。「野球選手がいい」「お医者さん」今時は「俳優さん」「ゲームの達人」などと答える子供たちもいるだろう。「どうして?」と聞くと、様々な答えが返ってきます。
自分の職業や周りの人のことを想像してみた。その結果、仕事への思いは「人々に安心を与える」系のものと「人々に喜びを与える」系のものと、「自分自身の安心や喜びのために」系の3軸の要素があると考えてみた。別の軸もあるかどうかご意見をいただきたいところだが。
僕の医師という仕事の主軸は「人々に安心を与える」系であることは間違いないであろう。なるほど、僕は生まれ変わったら、また医師になろうとは思わずに、「芸術家」や「建築家」や「映画監督」、「料理人」もいいなあ、と友人に話す。これは、「安心を与える」系から「喜びを与える」系への転向を考えているんだなと自己分析している。
勿論、この3軸のどれが良くてどれが悪いという話ではない。芸術家の中では、もともと「自分自身の安心や喜びのために」系から志したが、結果として多くの人々に「喜びを与える」ことになるケースが多いであろう。問題は「自分自身の安心や喜びのために」系の中に、金や権力の亡者となったり、強盗やコソ泥や殺人者まで混在発生することである。反社会性人格障害者や一部の自己愛人格障害者によるものであろうが、軽症の場合は、身近にいる「嫌な奴」というところであろう。物事には程度というものがあり、ある意味では「量」は「質」をも変えてしまうことは道理でもある。

みなさんも、自分の仕事や人との付き合いなどで、自分の軸を考えてみてはどうだろうか?人生とはなんであろうか?自分はどこに向かっているのだろうか?答えは出ないだろうが、いろいろ考えてみるのも楽しいものである。知りたいという欲望は、人間特異のものかもしれない。

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ちょっとした心身への気配り 2015/3主侍医通信より

2015年03月26日

 三寒四温と言われるように、次第に春の訪れをあちらこちらで感じます。今年は、花粉が多いと予想されていますので、花粉症のある方には少しびくびくものですが、そうは言っても桜をはじめ色々な花が咲き始め、緑も増え始める春は気持ちの良いものです。四季が明確な日本ですから、その良い点をなるべく見つめることができればより幸せ度が増すのではないでしょか。

 前回、お送りしました「養生シート」はご活用頂けているでしょうか?今回もシートを同封させていただきます。記載された方は、ぜひコピーをお送りいただくか、ついでの時にご持参いただければより有用な使用法をアドバイスさせていただきます。根気よい、毎日のちょっとした心身への気配りが病気になる確率を多少ではあるでしょうが下げることになります。もちろん、健康ばかりを意識して、楽しいことを避けたり、仕事量を差し支えるほど減らすのは本末転倒ですが。

 65歳を超えた方は、肺炎ワクチンを是非受けてください。いろいろなワクチンで賛否両論はあるのですが、肺炎ワクチンに関しては、デメリットよりもメリットの方がはるかに高いと私は考えていますし、多くの医師はそう考えているのではないかと思っています。国や地方自治体で助成も受けられます。私どものクリニックでは助成の対象にはなりませんが、他のところでは面倒と思われる方は、ご一報いただければ、1週間以内に準備して当日は数分のお時間で済ませられるようにいたします。2種類のワクチンの選択や接種時期に関しても、お気軽にご相談ください。

 なんどもお知らせしております「教養のための医学塾」もだんだん成熟しております。契約者ご本人は無料で参加できますし、ご家族や社員の方も割引で受講できるよう準備しておりますので、是非、ご検討ください。2、3回出席されると面白いと感じるようになるようです。講師として登壇する東大医学部の現役学生も増え、みんな一生懸命講義内容を考えています。熱心な塾生がより場を盛り上げてくれるものと期待しています。

2015年3月 吉日   寺下 謙三

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愛に溢れる天上の方々 2014/12主侍医通信より

2014年12月22日

毎年、年末になると「あっという間の1年でしたね」「春が来たと思ったら次のお正月という感じですね」など時の過ぎゆく速さを嘆いたり憂いたりする言葉があちらこちらで交わされます。我々が学生時代(小学生でも大学生の頃でも)には、そういった声はありませんでした。年をとると速く感じることもそうでしょうが、最近では小学生でも「あっという間の1年」という表現を使うことが多いことに驚いています。様々な予定がびっしり詰まって、昔の3年分を1年に凝縮できるとしたら、3倍長く感じ充実しているはずなのに、逆に短く感じてしまうのはなぜでしょうか?無人島に流されて孤独生活を送ったり、例えが悪いですが独房に閉じ込められたとしたら、その時の1日の長さを想像すれば容易に理解できます。実際にありうる例では、重病で入院している時、夜面会の家族らが家に帰って次の朝が来るまでの時間がとても長く感じることは入院した人には理解いただけるでしょう。極端な例えをしましたが、人生のゆったり感を生み出すには、この両者の間に答えがあるように思っています。充実はしているが、ゆったりとしている、という感覚。幸福論の思想家を目指すためにはこの辺の思索が必要かと思っているこの頃です。

さて、今年最後の通信となるかと思います。今年も1年、信頼をいただきながらお付き合いいただきありがとうございました。

私事ですが、本年11月18日、14年間一緒に過ごしてまいりました愛犬の「バディ」が天に召されました。とても人懐こく、友人や患者さんからも慕われ可愛がっていただきました。人好きだったバディも幸せだったと思います。晩年特に大切にしていただいた友人と静かにお通夜を過ごし、20日に丁寧に荼毘に付していただきました。その際、お寺の案内に「寺下家」とあり、まさに14歳の子供をなくした気分でおります。喪中のお葉書を出すのも憚れましたので、年明けにゆっくりと年初のご挨拶をしたためようと決意し、賀状によるご挨拶を欠礼させていただきますことをお許しください。バディの優しい寝顔から「ゆっくりと着実に心の整理をしていかないと、お父さんの残された人生もあっという間だよ」というメッセージをもらいました。そして他者への無条件な信頼がひとにどれだけ安らぎを与えるかということも教えてもらいました。

愛犬のお話の後にたいへん恐縮なのですが、12日後の11月30日、1年前に進行癌の状態で不安定になっていたこころのサポートのために、山王病院堤院長よりご紹介いただきましたSさんが懸命の闘病生活の末、天に召されました。わずか1年のお付き合いでしたが、とても気遣いの深い方で、自分が厳しい病状にあるにもかかわらず、周囲の人たちへの愛情ある言葉や行動に心を打たれることが多く、ご主人様はじめ周囲の方々とまるで昔からの身内のようにお付き合いさせていただきました。亡くなる数日前からは病院にて頻繁にお会いすることになりましたが、病床に駆けつける方々は、本当に心からSさんを慕っていると痛切に感じました。「太陽のような方だった」という声がとても印象的でした。

私の母は、私が大学6年生の時55歳で急逝しました。自分で言うのもおこがましいのですが、愛情深く遠慮がちで周囲の者への配慮に満ちた母でしたので、Sさんとイメージが重なりました。母はSさんのように綺麗でスマートではなく、かなり太ってはいたのですが。ご主人様や娘さん、そして周囲の家族同然の人たちの悲しみを見ていると、2週間も経たない前に、枯れるほど涙を流したのに、まだ出る涙があるのかと思いました。告別式でのご主人様のご挨拶の時は泣き声をこらえるのがやっとでした。これほど参列者が心から涙するお葬式にも感動しました。

今年の5月17日に、1年前に古くからのメンバーのご紹介で進行癌の状態でご相談をお受けしましたTさんが天に召されました。TさんもSさんと同様、心優しく、自分の病状を忘れているのかと思えるほど、ご家族や周囲の人たちへの気遣いの深さに驚かされました。亡くなられる数日前に病院にお伺いした際には、話すことができないのに「先生に椅子を」「先生にお茶を」とご家族に目や表情やかすかな声で合図されます。自分にはとても出来ないことだなあと感銘を受けました。

そんな優しく素敵な奥様を亡くされたお二人のご主人様の悲しみの深さを自分に置き換え想像しただけで胸が張り裂けそうになります。でもお二人とも立派にこの悲しみを受け止めつつ、日々の生活に戻られる努力をされています。

今の医療技術で出来得るだけのことは尽くされたと信じていますが、残念ながら医療自体の限界を認めざるを得ません。しかし、医療満足度100%を目指して、「信頼」「尊敬」「感謝」に値するよう誠意を持って最大の努力を続けたく思っています。合掌。

年末のご挨拶が湿っぽくなってしまいました。しかし、これは明るい来年以降に向けての思いであるということをご理解いただきご容赦いただければ幸いです。

もう一つ、ご報告です。私にとっても事務局にとっても嬉しいご報告です。前回の通信で、医学塾のご報告をいたしました。古くから特別なご契約をいただいて私の活動を支援いただいているY様から「医学塾は、とてもよい活動だ。こういったことを広めていくのを応援したい」というお褒めの言葉をいただきました。私はもちろん、スタッフ一同大喜びで、来年以降のプログラムを懸命に考えているところです。講師の主役は若手に移しながら、私は塾生を増やす広報活動にも力を注ぎたく思っております。ご契約メンバーの皆様のご参加はもとより、皆様の会社のスタッフやお知り合いの方を塾生にご紹介いただければたいへんありがたく存じます。

平成26年12月 吉日  寺下謙三

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主侍医会員のみなさまへ 2014/10主侍医通信より

2014年10月23日

大きな台風が来るたびに、急激に冷え込んできました。インフルエンザが心配な季節になってきました。体調管理にご注意ください。何よりも十分な睡眠、そして暴飲暴食を避けながら、旬のものを美味しく頂くこと、不要なストレスはなるべく避けて通るということではないでしょうか?最後の課題が最も難しいことだろうと思いますが、ご自愛いただければと願います。

さて、今回は契約会員の皆様へのご連絡を中心にしたいと思います。

自由診療であることを活かしたサービスの提供と医学事務所としてのサービスの提供のご案内です。

契約会員の皆様とは、健康上問題ない方とは、人間ドックの結果を解説し、助言や専門医の紹介をする時とインフルエンザワクチンの接種でお目にかかるだけという方も数多くいらっしゃいます。また、定期的に処方をしていた方も、一時的に採用していた保険診療を中止し、完全自由診療とし、他のクリニックに処方を依頼したために、お目にかかる機会が少なくなりました。

健康管理の監督役としては、年1回の人間ドックは必須的にお勧めしていますが、それ以外にも定期的に簡単な定期点検をすることを奨励しています。そこで、当院で、まずは月に1日だけですが、簡易な血液検査、尿検査、血圧測定などを契約者限定で無料にて提供する試みを開始したいと考えています。指定の日に、10分間ほどお寄りいただき、結果は後ほど時間をお約束して電話や面談にて解説するというシステムを考えています。我々スタッフとのコミュニケーションを高め、日頃の健康状態の把握のためにも是非ご活用ください。

定期薬の処方について、この半年間、皆様にご協力いただきながら調査を進めて参りましたが、当院の自由診療にて院内処方することもみなさまに便利で快適な面も多々あることが分かってきました。保険が利かなく、薬代が100%自費になりますが、薬の選択や投与日数も自由に行なえ(一部の睡眠薬などは制限があります)、診療費や薬局での処方管理料などが不要となりますので、他のクリニックや薬局での待ち時間を考慮すると、トータルな利便性は決して悪くはない場合も多いとの結論に至りました。使用している薬の内容にもよりますので、お気軽のご相談ください。

もう一つ契約者の皆様に是非ご活用いただきたいのは、月に2回開いています「医学塾テラ小屋」です。基礎的な医学の知識を増やし高めるチャンスはそれほどありません。私が塾長となり、若いドクターや現役の東大医学部学生からの小規模の講座です。契約者の方は無料でのご招待を行なっています。代理の方も割引の参加費となります。詳細はお問い合わせください。

こういった試みを通じて、契約者の皆様との日頃の交流を深めたいと考えておりますので、ご活用のほどよろしくお願いします。

この通信もなるべく頻度をあげて様々なご案内をする機会を増やしたいと心掛けています。

2014年10月 吉日  寺下 謙三

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自分自身の医療判断 2014/8主侍医通信より

2014年08月04日

今年は、もしかしたらここ数年来の暑さはやってこないのではと7月前半までは根拠の無い期待をしていましたが、やはり猛烈な暑さがやってきそうな気配濃厚な日々となっています。みなさま体調はいかがでしょうか?無理をせず、十分な睡眠とともに、こまめな水分補給と規則正しい食生活が夏バテ予防の基本となります。

この数ヶ月で、私自身と家族の2度にわたり、「医療判断」が必要な事態を体験しました。いつも主侍医倶楽部のみなさまを始め、私が相談助言をする時の心構えは「もし自分自身や家族だったらどう判断するか」ということを念頭においています。それが返って弱気な判断になったり,迷いの原因になったりしてしまうことも少なからずあるのですが。

今回は、私自身の体験をお話します。こちらはあまり命にも関係しない「虫歯」の話になります。「たかが虫歯、されど虫歯」だからこそ「医療判断」の大切さがクローズアップされるような気がします。

私は、親のお陰で歯は丈夫な方で、比較的厳密でない歯磨き習慣にもかかわらず虫歯の体験が少ないのですが、20代のまだ若き脳外科研修医だったころ、虫歯の治療を時間がないという理由で、虫歯の治療を調べもせずに気軽に近くの歯医者さんで行ないました。それがきっかけでその歯は、その後10年以上も何度も痛みを繰り返すことになりました。10年後に山王病院勤務時代の同僚の信頼する歯科医I先生に診て頂き「初期治療が削り過ぎによるもの」でそれが取り替えしのつかない事態になっていることが判明しました。I先生から「応急的に処置しますが、いずれ抜歯になるかもしれませんね」と言われましたが、それから20年、なんとか持ちこたえています。その時のI先生の応急処置には随分時間をかけていただいた記憶があります。きちんとした治療は、応急処置でもレベルが高かったわけです。

それ以来、あまり歯のトラブルはありませんでしたが、今回、妻が定期検診で通う近くの歯科医院になんどかクリーニングのために通っていましたが、ある時、「奥から2番目の歯の横に怪しい部分があります。レントゲンでみても虫歯の可能性が高いです。横からの治療が出来ないので、コの字型に大きく削り金属をかぶせる必要があります。今日と、あと1、2回で済みますよ」と言われて、今にも削られそうになりました。

歯科治療では「なるべく削らない、抜かない」、外科治療では「なるべく切らない」、内科治療では「なるべく薬を使わない」を基本スタンスにして十分検討を加えた上で、やむを得ない場合は最善最小限の侵襲を考える、というのが私の基本ポリシーです。当然、いきなり大きく削られたくはありません。治療する側からみれば大きく削る方が病巣を残さずきちんと治療ができるわけだし、それが歯科での標準治療だということは理解しています。

「まっ、待って下さい!」なんとこの一言が言いにくいことでしょうか?患者の立場で目の前の医師に言いづらい気持ちはよく分かります。だから意を決して言うときは返ってけんか腰になってしまうのかもしれません。

「来週姪の結婚式でハワイに行くものですから、もう少し経過をみさせてください」理由になっていない理由です。「それでは3ヶ月後にまたみましょう」とその場は切り抜けました。

「なるべく削らない」「虫歯も自然治癒する可能性がある」ということを徹底して実践している信頼できる歯科医阿部修先生に診てもらおうと決めました。「虫歯の可能性が怪しい、と言っているが、もしかしたら虫歯病変は存在しない可能性もある。それだったら結果は大違いだ。もし病変が存在し,阿部先生も同じ意見で削る必要があると診断されたら、削ろう」と決めました。阿部先生には、契約者の皆様もなんどかご紹介しましたし、和歌山にいる弟の嫁の総入れ歯になりかけたのを一本も抜かずに助けて頂いたこともあり、破折という抜歯が基本の治療方針という状態になった妻の歯も、(抜歯を予定していると言う妻に、その前に阿部先生の意見を聞いて抜かずに済ませる方法を考えようと助言をして)阿部先生の見立てとアドバイスで抜かずに済ませることが出来た経緯があります。

同僚のよしみで早く予約を取って頂き、吉祥寺のクリニックを訪れることになりました。どんな判断が下るのだろうかと、恐る恐る阿部先生に診て頂きました。1時間にわたる綿密な診察のあと、「確かに虫歯病変はあります。コの字型に削るのが一般的です。しかし、歯の横の部分の表面まで病変が進んでいないので、顕微鏡下で、歯の上から穴を掘るように病変を削り取り、最新の硬い素材で埋めるということも可能です。金属の被せの必要なく、噛み合わせも変わりませんし、横の部分の表面は自分の歯が全部残ります。」

「そっ、それをお願いします!」

翌週のハワイ出発の前日2時間近くかけてその処置を行なって頂きました。理屈が分かるだけに、相当面倒な作業であることは想像がつきます。

「長時間お疲れでしょう。大丈夫ですか?」とはこちらからではなく阿部先生からのお言葉。「先生こそ根気のいる治療をありがとうございました」

翌日からのハワイ旅行の間もその後も歯は何の問題もありません。

このような丁寧な作業を中心にした治療を実践するために、阿部先生も保険診療は一切行なっていません。当然だと思います。患者にとっては十二分な対費用価値があると思います。

「たかが虫歯、されど虫歯」大きく削って金属をかぶせるか、今回の治療のようにほとんど噛み合わせや見た目も分からない治療で済むかは雲泥の差です。

手前味噌にもなりますが、事前の医療判断において十分に時間と労力をかけて、それで決まったらお任せするという手順は得心のいく治療となることを体験しました。

今回は、治療法が違いましたので、どちらがよかったか明白なのですが、いくら医療判断に手間ひまをかけても、場合により同じ治療法になるかもしれません。それでも、なるべく削らないポリシーの阿部先生が言うのだからと結果は同じでも得心の具合が違ってきます。

 

「たかが虫歯の治療」の話で、長くなりましたが、医療判断のための作業で随分運命や納得度合いが違うということと、虫歯の治療という些細なことのように見えることでも日常生活においてそのクオリティーは随分と違ってきます。日常的な病気に丁寧に対応することの重要さを再確認しました。

 

皆様も、歯の治療の判断でお困りなことがあればご相談ください。 

 

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医療の総監督を目指して 2014/1主侍医通信より

2014年02月17日

新年おめでとうございます。

と言っても、年が明けて1ヶ月が経とうとしています。ご挨拶が遅くなりました。

昨年暮れの主侍医通信と年賀状にて今年の意気込みをお話しましたが、主侍医業務のバージョンアップのための下準備を進めております。

主軸は「現行主侍医倶楽部は寺下医師顧問契約者ということを再認識し、皆様方の受ける医療の総監督として現場の指揮を執る」という私の役割をより強固に打ち出すための仕組みの再整備だと考えております。部分的にはご不便をかけるところもあるかとは思いますが、総合的には、当事務所でしかできないことをより充実したいと考えております。具体的な業務の改善点や変更点について、今考えている事をお話します。

まず、契約者の皆様の利便性を考えて2006年より一部採用しておりました保険診療部分を廃止し、元来のように自由診療と医学事務所の相談助言を中心とした医療の総合監督役に徹底する方針を固めました。保険を使っての処方箋の発行や簡単な血液検査を付属のクリニックで行なう利便性よりも、本来の相談助言業務に集中できる体制を整えるほうが皆様により貢献できると考えたからです。他の医療機関では出来ない事を補ってこそ、「素晴らしい日本の医療保険の不足部分を補完する事が我が事務所の使命」に値するとの原点に回帰します。

保険診療を廃止しても、自由診療のクリニックは維持しますので、薬の処方や血液検査は、保険適用にとらわれずに自由な判断で行なう事ができます。契約者の皆様には他のクリニックでは得られない利点があると考えております。定期的にお薬を処方している契約者の方には、ご不便をおかけすることもありますが、いくつかのメリットも同時に発生します。例えば糖尿病や高血圧、脂質異常症などそれぞれの専門家に今後診て頂く事により、より専門性の高い眼で診て頂くことになり、かつ今まで通り私が定期的に監督役としてフォローさせて頂く訳ですからダブルの眼でチェックできる事になります。多少不便ですが、質が上がるとご理解いただけると嬉しく思います。

既に治療担当かかりつけ医と私との2重体制で診させて頂いている契約者の方も多い状況で、当院で保険診療をしていたことにお気づきでない契約者の方もいらっしゃるくらいです。我々の仕事が野球やサッカーの監督役だとお話していますが、優秀な技術を持つ選手と全体のマネージをする監督とを明確に分けることにより質が向上するのは医療も同じです。

また主侍医契約者ご本人に限らせて頂きますが、生活習慣病などある程度決まった薬であれば、期間にとらわれず処方できますので、その方が便利だとお考えの方には当院での処方も可能です。契約者ご本人の場合、薬局で発生する処方料がなくなり、クリニックでの診察料、処方料を頂かない予定ですので、トータルでは以前と同等か薬の種類により廉価になることもあります。今後の処方などにつきましては個別にご相談ください。

7、8年前より、教え子の若いドクターたちの協力を得て、一部の契約者の方の定期的な診療やご相談に対応させて頂いて参りましたが、石澤ドクター、笹部ドクターなど数年この業務を続けることにより、皆様の信頼を得られるまでに育ってくるのですが、やはりメインに所属する医局の人事を中心に動かざるをえなく、これからという時に交代になりご迷惑をおかけしています。今回も、田代ドクター、矢澤ドクターともに4月からの医局人事での移動が決まり交代となります。後任の若いドクターも考えてはいますが、これを機会に契約者の皆様には私が定期的なフォローも直接させていただきたく考えています。また、夜間休日ドクターホットラインで登場させて頂いております、愚息の勇祐ドクターも5年目の研修となり、まだまだ修業を重ねないとなりませんが、実地医療の現場では私よりも活躍できるような部分も徐々に増えてきました。比較的急いで専門医の診察が必要な事態の場合は勇祐ドクターが勤務する病院の専門医にご紹介し、その診療のサポートを勇祐ドクターが担当し、定期的な面談診療や、あらかじめ時間をお約束しじっくりと医療判断の相談助言をする部分は私が直接担当するという(まだまだ未成熟ですが)「父子鷹」体制を基本にスタッフが一丸となってサポートする決意を新たにしています。非常勤の若いドクターには「医療判断医」の研修という形を明確にして参加して頂く事になります。

上記の事も踏まえ「夜間休日ドクターホッとライン」も見直していく予定です。契約者の方から「やはりいつも顔見知りのドクターやスタッフと連絡が取れてこそ安心」という意見もいただいています。1秒を争う救急事態には救急車による救急病院での診療を最優先にして、その後の方針をじっくり相談していく事が我々の役割と考えています。そういう考えでいけば、24時間必ず電話を取れる体制を厳密かつ神経質にキープするよりも、皆さん方の情報を把握しているスタッフとおおむねいつでも連絡がとれるというくらいの体制を常にしいておくことの方が実際には有用かと考えています。一部のホッとライン契約者の方々ともご相談していますが、その方が有難いとの声が圧倒的です。こちらはしばらくお時間を頂きながら前向きに検討をして参ります。

30年間非常勤で勤務していました山王病院を3月末で辞める事になりました。山王病院の創始者の経営時代は週に3日も勤務し、胃のファイバースコープ(なんと2000例も行ないました)やエコー検査なども担当し、今でいう総合医を務め、最近では心療内科の専門外来を担当していました。最も高い予約料を頂いていましたが、予約が取れない心療内科とお叱り(お褒め?)のお言葉を頂いていました。ただ、じっくりお話を伺う心療内科はきちんとやればやるほど採算が取れない部門で、診療時間が延びては、いつも多くのスタッフの残業を強いることになり経営にたいへんご迷惑をおかけしていることは自覚しておりました。他科のドクターからは「メンタルで困った時のテラさん頼み」として重宝いただいておりましたが、山王病院での閉診に伴い、多くの患者さんからは、自由診療で構わないから飯田橋オフィスで診療を継続して欲しいとのご希望を頂き、有難くお受けすることにしています。その方々も含めて、自由診療のメリットを最大限にいかせる診療体制の構築を考えております。

今年は事務所設立30周年になりますが、設立当初は、新しい医療の仕組みの研究に取り組み、今でいう「電子カルテ」や「医師間の相互相談システム」などの研究開発を行っていました。最先端の医療情報システムの構築を探求していくうちに、「安心して良質な医療を受けるためには、侍医(監督)のようなプライベイトドクターを持つ事と、正しい医学的知識を持つ事」であるという現在まで続いている事務所の行動理念が成熟してきました。その理念の実践として「主侍医システム」があり、「教養のための健康医学塾」がありました。後者は折に触れ、期間限定で行なってきましたが、今回は4月を目指した復活開校の準備に入りました。1クラス20名までのテラ小屋的運営で、塾長として私が基本講座を受け持ちますが、現役の東大医学部の学生にも登場してもらいます。家庭の健康の担い手である主婦の方や、企業の役員の秘書の方や人事の方、教養として医学を学びたい方など幅広く参加できるプログラムを考えています。皆様の秘書業務をされている方にも是非入塾いただければと願っています。

今年の具体的な抱負を述べることにより、新年のご挨拶に代えさせて頂きます。

2014年 1月 吉日 寺下謙三  

 

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東大教授汚職事件に思う 2013/7

2013年07月26日

今日の新聞やテレビのトップニュースに現職の東大教授の汚職事件(横領?)が取り上げられていた。
国民のみなさまも、「またか!」とお偉い人の汚職に対して、さほど驚かなくなったのではないだろうか?
事件自体も嘆かわしいし、驚かない国民にもなんだか物悲しい感じがする。

僕の今年の年賀状やこのブログなどでも、今後「幸福論思想家」を目指すと、豪語したのだが、思想家は実社会の現場を離れてこそ自由にものが言えるし、言った事に自己の損得と関係ないことが明白な立場にいることが説得力に於いても大切だと思っている。しかし、僕の「医療分野の監督相談役」としての主侍医稼業はそう簡単には終了宣言できない。だったら、今の務めを行ないながら、言える範囲だけでも言いたい事を発信していくこともありかと思っている。

今回の事件は、単に悪い人間がたまたま大学教授になったのではなく、構造的問題が今の大学内には蔓延ってきていることがそもそもの根本的問題だと僕は思っている。僕が大学にいたころも悪徳教授はしっかりいたし、それにごまをする悪徳な取り巻きもいた。しかし、周囲にいながらも真っ当なアカデミックな人々は、そのことを認識していたし、自分はあのようにはなりたくないと思っていたはずだ。

しかし、現在の大学はどうだろうか?「国家の繁栄は経済の発展があってのもの」という名の下に、大学のアカデミズムは消えようとしている。大学内でさえ、ほとんど全ての活動が経済的価値の指標で測られる。日本においては、東京大学はアカデミズムの中枢であるべきだと言っても、異論を唱える人は少ないだろう。少なくとも日本を代表するアカデミズムの殿堂である東京大学の中を見る限り、営利企業があまりにも関与しすぎているように僕には思える場面が多い。医学部にしてもそうだ。東大病院も独立採算であるべきだという真っ当そうな批判のもとに、売り上げを意識した病院運営を余儀なくされている。運営側の責任者もそれをよしとしたのか、売り上げ(だけでなく経営という視点を重視するということだが)向上に悪戦苦闘した。それを成し遂げた人にそれなりの賞讃が与えられた。

しかし、僕にはなにか違和感を感じざるを得なかった。日本を代表する病院の一つとして東大病院を考えるなら、独立採算を最重要視するのは得策だろうか?しかも、どのような技術料も同等に評価する国民皆保険制度のもとに於いてである。それを成し遂げたとしたら、その経営陣は大学の中枢においておくよりも、どこか大企業の社長になった方が向いているくらいの人材ではないだろうか?
すぐには採算が取れないが、未来の重要な技術になる可能性を研究したり、また永遠に採算など取れないだろうが、人類の未来に何らかの貢献をするかもしれないことや、ただ人間にとって興味のあるだけの事などを、損得抜きで研究するのが大学の、少なくとも国家の中枢的存在であるような大学の役割ではないだろうか。そして、その研究をしたり教育したりすることに一生を捧げたいと思うような人が大学に残って研究する学者になっていくのが真っ当なのではないだろうか?国家としては、そんな研究をする大学を全面的に支援し、報酬はさして多くはないが名誉と自分の知識探求欲を満たして満足するのが大学者であり、それ故に尊敬もされたのである。


ところが、現状の大学者をみてみると、少なからぬ人たちがお金に大きく関与している。新しい発見をしてベンチャーする事に(のみ)生きがいを見いだしている人がごまんといる。そして、本日報道された汚職教授のように、お金と結びつく研究をしている人を羨ましく思い、自分もそれを目指してしまう。最近では、企業と組まない大学研究者は稼ぎが悪いと肩身が狭い。医学や工学系ではそれが顕著で、文学部などはそれこそ大学学部のマイナーな重荷になりつつある。もともと文学部などはオリンピックで言えば、マラソンに例えられる花形である(と僕は思っている)。オリンピックが、ゴルフやテニスや野球が中心になったらもはやオリンピックという「人間の肉体の極限を競う」という趣旨から外れて「いかに観客を集めスポンサーを集めるか」という興行的なものに陥ってしまう。それなら「ワールドカップ」や「全米オープン」などと同じになってしまうし、その傾向もちらほらでてきたのではないだろうか?ただ4年に1回しかないという特徴があるから貴重だとなってしまうだけであろう。
大学も同じである。実践利用されてなんぼのものと競うだけでは、企業内研究室と変わりはない。100M走の0.01秒なんてどうでもいいような事を競ってこそオリンピックなのである。少し前「(大型コンピュータの性能が)どうして1番でなくてはならないの?」ととぼけた(と僕には思えた)質問をした政治家を評価した風潮があったが、それでも一番を目指すところが大学の研究である。企業なら当然「歩留まり」のほうが大切であることは誰でもわかる。このように、企業家からみてくだらないと思えるような事を、綿密に飽きもせずに続ける事が出来るのが大学者の本来像ではないだろうか?

特殊で過激な意見を述べたように思われるかもしれないが、その底辺に流れる思想は、普通の当たり前の事ではないかと思っている。今後、「幸福論思想家」の端くれとしては、「ほとんどの社会活動には、幸福論的グランドデザインが大切でではないだろうか?」と思っている。
東京理科大の理念に「科学は良心に向かう」という言葉をみたが、まったくその通りだと思う。核爆弾は科学の成果ではないという事である。
ながなが書いたが、本日の汚職教授のような人が現場では歓迎され、大学内でも評価されているのが現状で,氷山の一角のような事件だと思えるということである。もっというなら、犯罪かどうか以前の問題で、すべて目に見える目先的経済的効果のみで判断する大学研究の傾向に警鐘を与えた事件となれば幸いである。

テレビをみればAKB、大学をみればベンチャー起業、少し頭が良ければインベストバンクで大稼ぎ、大企業の役員報酬は億単位が当たり前、本屋の店頭では「年収**万円で億を稼ぐ方法」などの本、なんだか金儲けを制したものが世の中を制した気持ちになってしまう世の中、これって面白いでしょうか?夏目漱石も芥川龍之介も決して大金持ちではなかったのにあこがれたなあと嘆く僕は変でしょうか?
稼ごうとする気持ちを批判はしていない。むしろ良いことだと思っている。しかし、「量は質を変えてしまう」と僕は思っている。行き過ぎた世の中を変えていける若者の活躍を期待したい。面白い世の中建設のために。(2013/7/26)

 

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ビジネスモデルのご指導を! 2013/6主侍医通信より

2013年06月10日

寒い寒い、いつまで寒いのかと思っていたら急に夏日が訪れてきました。みなさま気温の変化は大丈夫でしょうか。無理をしないことと変化に逆らわないことが一番です。不安な症状がある時はお気軽にご相談下さい。

このところホームページの改修作業を積極的に行なっていることをこの場をお借りしてお伝えしてまいりましたが、徐々にではありますが進んでおります。ホームページを愛読してくれている友人から「ホームページを拝見させて頂いていますが、数日たつと内容が変わっていますね。費用の仕組みも変わったような、、、、」と鋭いご指摘を受けております。3月末で今までの主侍医倶楽部の募集を一旦終了し、新しい形式を模索しているのですが、まだ試作段階でいろいろなご意見を聞きながら改訂作業を続けているからです。ホームページもまだそんなに見て頂く人は少ないだろうと油断して、改訂作業中も公開していましたので、そのような結果になりました。分かりやすいホームページを心掛けているのですが、ついつい、これもあれも載せたいと複雑化していきます。

この不確実な医療の世界で、またそれぞれが独自の信念を持って活動している専門医との連携を友好的に保ちながらかつメンバーの最大の医療利益を守っていく任務の緊張感だけは、一流の一線で活躍するメンバーの皆様方のそれと負けないくらいのものだと自負しているところですが、ビジネスモデルの作成という点では人後に落ちてしまうと日々反省しております。とにかくいいものは必ず需要がありなんとかなる、というぼやっとした信念だけで続けてきた「主侍医倶楽部」ですが、ビジネスモデルとしての確立がなされていないのに、内容の充実ばかりを日々追い続けてきたことが、今になり継続性のシビアな問題に直面しているものと反省しています。

一流の仕事を超一流のビジネスに仕立て上げた皆様のお力添えを期待する所以です。

これからの新しい世代の主侍医チームの活躍の場を作るために、ご助言ご協力をお願いいたします。

 

2013年6月 吉日  寺下 謙三

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もっと多くの人に主侍医サービスの安心を! 2013/02

2013年02月04日

若干敷居が高く閉鎖的でもあった「主侍医倶楽部」の安心を多くの人に提供できるサービスモデルを作ることが目下の関心事です。

主侍医倶楽部の20数年の経験を活かして、ある程度内容を絞ることにより提供側の必要コストを下げ、また提供可能な人材の育成も実現性の高い仕組みを作ることを意識しています。

まずは友人知人の方に「主侍医倶楽部ベーシック(人間ドック管理型主侍医サービス)」への参加を呼び掛けます。また、既にお付き合いのある法人の方にSOSサービスの法人契約をお勧めします。いずれも内容からすると超リーズナブルだと自信を持っています。これらにご参加の皆様と主侍医倶楽部会員のみなさまに、これからのの目玉と考えている「スーパー医局」によるスーパーコンサルテーションサービスのご案内をしてまいりたいと考えています。

健康を真剣に考えている友人知人のみなさま、いち早くのご連絡をお待ちしています。

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大切な人の笑顔が見たい 2013/1主侍医通信より

2013年01月22日

 2013年の新しい年を迎えましてみなさまのご健勝をお慶び申し上げます。一方、常に病気のお話をみなさまからお聞きする私の身としましては、昨年末に急逝されました方に対する哀悼の思いも共に抱き複雑な気分で新年を迎えました。

 年末の主侍医通信や年賀状でも綴りましたが、今年は自分自身が還暦を迎えることもあり、今までの大きな区切りとするべく思いを巡らせております。おおよそ中学生から大学生までの同窓会の世話人や大学ではゴルフ同好会の常任幹事まで引き受けています。友人からの健康相談は、駆け込み寺の寺下と異名を取っています。

 よくよく考えてみると、私は「大切な人の笑顔が見たい」という本質を持っていることに気付きました。ところが医師という職業は、基本的には具合が悪いときに人と会うことになるので、笑顔どころか厳しい顔に遭遇することが常です。だから、「生まれ変わったら医師や弁護士や坊主ではなく芸術家やシェフや職人や漫画家など人が楽しみ喜ぶことを提供するのがメインの仕事に就きたい」とつい思ってしまうのだなと自分のことを理解しました。「生まれ変わったら医師にはならない」と毅然と言うとたいていの友人は驚くのですが、この理由を話すと納得してくれます。

 そんな医療の中でも、笑顔のでる医療の仕組みづくりを研究し実践したいという思いに賛同いただいたメンバーに支援者となって頂き、その恩義に答えるべく可能な限り渾身の力で医療の全般的な相談に対応させて頂くのが主侍医倶楽部誕生のきっかけでした。「いくらいくらで、これだけのサービス」といった発想ではありませんでした。(それがビジネスモデルとしてうまくいかなかった理由のひとつでもあるのでしょうが)

 その後、夜間休日ホッとラインなどを整備し、「医療の相談助言事業」という立ち位置を確立するべく、日々契約形態なども更新し現在の「主侍医倶楽部」の運営に至っております。まだまだビジネスモデルと呼ぶにはほど遠い形態ですし、このままの形態では私の代わりを出来る主侍医団長の育成はほぼ不可能と判断しました。メンバーの方からも「それは無理でしょう。元気なうちは先生ご自身が努めないとだめでしょう。あと10年、いや15年は出来る。」とぴしっと言われもしました。有難いお言葉で、その通りだと思いますが、元気なうちに継続性のある仕組みを作らないと、せっかく作った土台が霧と消える可能性があります。

 ここ数年迷いましたが、本年3月を持って現行主侍医倶楽部の新規募集を終了し、「常時サポート」系から「一時的サポート」系と「定期的サポート」系の主侍医サービスをより多くの仲間の方に提供できる仕組みを整えていこうと決意しました。若手のドクターのみならず、ベテランのドクターにも活躍して頂ける場を作ろうと考えています。良きにつけ悪しきにつけ、今までの主侍医の経験値は相当積み上がっています。

 主侍医倶楽部のみなさまには、更に充実して安定した安心を提供できるように、ご家族の方のサポートや時間外対応の仕組みや、またメンバーが経営されている会社の社員や顧客の方々へのサポートの提案などを差し上げて、満足度安心度の高い主侍医サービスとなるよう努めたいと思っています。古くからのメンバーの方から順次お声をおかけしますが、この機会にご家族や友人、社員のみなさまにも主侍医の安心をとお考えの方はご相談下さい。また3月末までは現行主侍医倶楽部の募集は続けますので、こちらもよろしくお願いします。「区切りをつけなければ前に進めない」というマリナーズを辞めた時のイチローの言葉に共感しました。

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主侍医魂 2012/11&12主侍医通信より

2012年12月07日

 秋の気配を楽しむ間もなく、冬が到来した感がありますが、季節の変化にお体は大丈夫でしょうか?充分な予防対策をお願いいたします。

 今回は11月と12月の合併号として今年最後の通信となります。振り返りますと、私にとって今年は本当に悲喜こもごもの出来事がありました。そんな中で、みなさまにもご報告しなければなりませんことですが、最も悲しい出来事がありました。主侍医倶楽部設立当時から、陰日向となって応援下さり個人的にも親しくさせて頂いていた方が、他界されたことです。(ご遺族のご希望でお名前は伏せさせて頂きます)いつも明るい笑顔で接して頂き、主侍医倶楽部のことも心配して頂き、最も多くの方をご紹介いただきました。「主侍医」のことを心から信頼し応援してくださっていたからだと思っています。しかし、懸命の努力にもかかわらず、9月にご逝去されました。我々主侍医の力が及ばなかったことが悔しくて、後になると「こうすればよかったのではなかったか?」と自問自答して眠れない日々が続きました。でも、その方は余命が厳しいと言われていた闘病中も「寺下さん、主侍医倶楽部もメンバーの若返りをして増やさないと運営が苦しいでしょう」と、こちらが心苦しくなるような優しい言葉をかけてくださいました。ゴルフが大好きで、「先生が幹事の東大のゴルフコンペで、昨年のようにお役に立てることがあったら遠慮なく言って下さいね」とも闘病中で苦しい中、笑顔で声をかけていただきました。思い出は数えきれません。「好きで敬愛できる方の主侍医を努めさせて頂く」ことが主侍医倶楽部発足の原点です。それを忘れてはいけないことを最後まで教えて頂きました。心よりご冥福をお祈りいたします。

 そのようなこともあり、最近、この場でも主侍医倶楽部の継続性に向けてのお話をさせていただいています。医師生活35年、主侍医稼業23年目となり、回顧、反省、継続性の模索、後輩の育成、余生の過ごし方、、と連鎖する思いが日々頭の中を駆け巡っています。

 いつも言っていますが、主侍医倶楽部は、日本の高度な医療を補完するものだと思っています。日本の医療は、何が高度かというと「ほとんど誰でもどの医師にもかかれるフリーアクセス」「圧倒的なコストパフォーマンス」「今やサービス精神に溢れた病院やクリニック」「先進医療の選択肢も増えたこと」など他の先進諸国の追随を許さない優位性があると真っ当な医療関係者は自負して当然だと思っています。ここで「真っ当な」という理由は、残念ながら、魂を売った商売に走ったり、権力闘争に重点を置く医師もいるからです。開業医であろうが勤務医であろうがその魂を売る確率は同じようなものです。

 そんな中、私どもは今までの経験を活かし、また誠実で優秀な医師たちとの交流を最大限活用し、主侍医倶楽部をご支援下さる皆様がよりよい医療を受けられることを補佐するために日々努力しています。

 みなさまにお願いがあります。医療において、最大の貴重な資源はやはり「医師そのもの」だと思います。「高度医療機器」でもなく「新薬」でもありません。そしてその「医師そのもの」は、壊れやすく、再生産が難しく、目に見えた有難さが薄いものです。ある経済界の成功者から「どれだけ最新の医療機器が揃っているかが肝心で、その機器から答えが出るのだから、医師によって差が出るとはどういう意味ですか?」といぶかしげにしかも真剣に質問され、腰を抜かすくらい驚いたことがあります。

 我々は、「医師そのもの」を医療における最大の貴重な資産だと考えています。真っ当で腕のたつ医師ほど、信念を持っていて、お金などでは簡単に動きません。私の医師(だけではないのですが)人脈の広さは希有だと医師仲間からもお褒め頂くのは、それぞれの医師(または友人)と真剣で誠実で楽しいお付き合いを積み重ねてきた所以だと思っています。この人脈は、資産家の方々が、努力して得られたさまざまな金融資産にも負けない資産だと思っています。だからといって、その医師たちが、全て皆様方の健康上の困難を解決できるとは限りません。他の分野に比べて医療の不確実性は圧倒的に高く、私自身もしばしば忸怩たる思いをします。完全なる成果と安心を与えたいといつも思っていますが、それは永遠のテーマです。

 名門ゴルフクラブでは、ゴルフ場の命とも言えるグリーンを一所懸命手入れし、また会員はそのグリーンを丁重に扱い自分が付けた傷のみならず、他人がつけたものまで修復する習慣があります。とてもいいことだと思っています。主侍医倶楽部において、スタッフ医師もご紹介する医師もせめて名門ゴルフクラブの「グリーン」のように考えて頂ければ有難く思います。勿論、我々はその「グリーン」をいつも良質にキープする努力は怠りませんが、ご利用のみなさまにもご協力いただかなければ達成できないことです。

 医療の広大な分野での総合的な相談にお応えし、それぞれの分野の専門医と連携を保ち続けるためには、日々新しい医療の情報を浅くとはいえ、プロとして耐えうるレベルで内容を把握し、専門医たちとの活きた交流を保ち続けることは相当なエネルギーが必要です。後輩の育成も困難の極みです。

 前回もお話しましたが、「ビジネスモデルとしての主侍医倶楽部」は不完全のまま終焉をむかえそうですが、今までの経験と知恵と人脈を活用して、現実問題としての継続性を考え今後の事務所活動の設計の立て直しを考えています。

 一つは「良質なセカンドオピニオンを支援するサービス(Second Opinion Support)センターの設立」です。もうひとつは人間ドック時に発見された重病に特化した「オンデマンド主侍医」です。今までの主侍医倶楽部を「継続的サポート」とすれば、前者は「一時的サポート」後者は「定期的サポート」と言えます。

 主侍医の主要なコンセプトの「健康な時から」「どんなことでもいつでも相談」がクライアント側にとっては「何もないのにお金を払い続ける」困難であり、前述のように「なんでも相談にのる」ことは提供側の困難で、それらがビジネスモデルの成立を困難にしていたことを認めざるを得ません。

 現行主侍医倶楽部では、最低限の費用で「侍医」を持つことを提供しようと考えてきましたが、中途半端であったかもしれないと反省しています。「困った時だけ困ったポイントに絞りサポート」「困った時だけ徹底的にサポート」「定期的なサポート」という仕組みの方がビジネスモデルとして成立しやすく結果として多くの方々に貢献できると考えました。ビジネスモデルといっても、医療は、「まともにやれば大稼ぎできる」世界ではありません。「武士は喰わねど高楊枝」的運営から質実剛健運営くらいが目指すところだと思っています。

 上述のように、多くのみなさんに提供できるような「困ったときのサポート」を主軸にする一方、現行主侍医倶楽部の新規募集は停止しますが、現メンバーのみなさまには今まで以上のサポートが出来るように努力いたします。

 新機軸として、主侍医サービスの理想ドリーム型として「The主侍医倶楽部」の設計を考えています。これは今後の方向性と逆行するのですが、皇族の侍医に対抗できるような文字通り夢のような仕組みを考えています。

 「The主侍医倶楽部」は、富裕層ビジネスと言われるのを嫌う私にとって、一気にそれを超越した趣味的なものと考えています。面白いからその趣味に付き合おうという数十名の方が集まればやってみようというアーティストやプロデューサー的夢でもあります。

以上のような構想が、現実的なかつ迫り来る還暦の夢想でもあります。

長年にわたり、主侍医倶楽部の価値をご理解いただいているメンバーの皆様方にこそ言える「愚痴」と「抱負」をお聞きいただきありがとうございます。

来年も、みなさまにとって幸せな年となることをお祈りしております。

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