今日の朝日新聞の記事で、「ビルゲーツが全財産を寄付した」という記事を見た。兼ねてから、ビルゲーツは、医学や生物学の分野に多額の寄付をしていることは知っていた。今回の記事で「全財産」という部分に驚きと共に歓喜した。
「ノブレスオブリーグ」という言葉は、大好きな言葉の代表の一つである。狭い意味では「地位の高いものの義務」ということであろうが、「権力や富を過大に手に入れたものは、それらを犠牲にしてでも、多くの人々に貢献するような活動をするのが美しいし、そうしないといけない」と、僕は解釈している。世界規模でも個人レベルでも同様のことが言える。
例えば、アメリカは世界的に見て、豊かな国であり、今まで、何かと他国の面倒をみてきたことは否めない。オバマ大統領の頃は「世界の警察」と若干批判的な評価もあったぐらいだ。そんな立場を続けていたアメリカに、トランプは「アメリカファースト」を旗印に、「アメリカが損することはしない!」と宣言し始めたのである。これをきっかけに、日本をはじめ世界中が「損得」を中心に交渉を始めたのが現状だ。当たり前と言えば当たり前なのかもしれないが、経済的メリット、デメリットだけでは済まない何かがあるはずと、多くの人々は肌感覚で感じていても、そのそもそもの矛盾を打破することはできずにもがいている。
個人レベルでも同様のことが言えるのではないだろうか?果てしない欲望を追求する人々と、その路線から脱落したり、そんなことには興味がない人々との間には大きな格差が生まれ増大していく。世界中で「二極化の弊害」が問題視されても、状況は進む一方である。今回のビルゲーツの「全財産」の寄付という行為は、何に寄付をするのかというよりも、「全財産」というところに、僕は影響力としての意義を感じている。もちろん、少なくとも世界の弱者に少しでも役立てばいいというビルゲーツの主旨には間違いなく、さらなる経済価値の増大を求めて行う「投資」とは、根本的品格が異なる話である。この経済的投資という欲望は経済世界での原動力に違いはないだろうが、個人レベルでみると、人間の醜さにも通じていると言わざるを得ない。
今回のビルゲーツの全財産寄付行為のお手本は、世界の富の過半を握る超大富豪は勿論、僕のような凡庸な庶民においても学ぶべきことがあると思っている。「少し損をしてでも、人のために尽くせ」という僕の父からの教えの一つを思い起こす。
作成:2025/05/26
