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生き方・趣味

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200908コロナが教える人の道45 またも感動、諦めない手を抜かない職人たち

2020年09月08日

コロナ騒ぎの中、いろいろな人間模様が織りなすドラマが各所で起こっている。このブログでも、日本のリーダーたる人たちへの失意を再三伝えてきた。コロナ禍のなか、素晴らしいリーダーになかなか出会わないことを体験したが、日常の生活の中では、ほっとするような人間像を見ることも少なくない。そんなおり、先日、長年懸案だった、築後20年の家屋のいろいろな修繕や追加工事を実行した。20年前に親友のインテリアデザイナーがプランして、その時工事を担当してくれ、以来信頼しているAさんに依頼した。今まで、何度かちょっとした工事をお願いしていたが、今回、専門外とも言えるような内容もお願いしたが、「何とかします」の一つ返事で引き受けてくれた。しかも相当安い見積もりだ。当日は4人の職人さんが朝イチ9時ぴったりに来てくれた。皆さん、このご時世なので、マスクを着用しているが、見覚えのある顔だ。全員が、同じ会社ではないらしいが、よく一緒に仕事をするということで、そのチームワークが素晴らしい。4人が、9カ所ある作業をある時は1:3、ある時は2:2とコンビを組みながら作業をしていく。実に自然に共同作業をこなしていく。木屑などのゴミが出れば、最も若い人がさっと掃除機をかけていく。これではもとよりきれいになるのでは?と申し訳なく思ってしまう。玄関に棚を作ったり、風呂場のシャワーヘッドを交換したり、築後20年にして初めてかける表札を取り付けたり、無理して依頼し、階段下に曲がった形のカーテンレールをつけていただいたり。そして、半ばついでに頼んだことだが、この数年、換気扇のスイッチが2、30回に一回作動するという具合に効かなくなり、メーカーに頼んでも「部品がないので、交換しかありませんね。」と冷たくあしらわれどうしたものかと思案していた。「無理かもしれませんが、スイッチ内部を覗いてみましょう」と。特別仕様の換気扇なので、複雑なパネルを一つ一つ外して、スイッチ部分を露出していく。パネルの外側は、妻は油汚れなどを清掃できていたが、裏側は清掃のチャンスはなく、相当油で汚れていたので、さりげなくこの機会に洗おうとタイミングを計っていたが、何と洗剤まで持ち込んで、手のあいた職人さんが次々ときれいに拭いてくれる。「あっ、自分たちでやります!」と声がけしたが、むなしく清掃まで任せることになった。スイッチ部分は、なかなか手強いが、こちらも清掃することで改善するかもしれない、と言いながら丁寧に4人がかりであれやこれやとして、試しにコードをつないでスイッチを入れてみるとファンが動くではないか!「モーターはまだまだきれいだからこのまま使えるぞ」と職人さんたちは嬉しそうに言う。僕が「さすがAさんチーム、諦めない、手を抜かないだ。僕が日頃自分に戒めていることなんです」と喜んで言う。「でも、諦めないと思って懸命にしているうちに壊してしまうこともあるんです」と一人の職人さんが苦笑いしながら。すかさず、僕も「だから、『やりすぎない!』と言う言葉も付け加えているんです」と、一同苦笑い。「皆さんのようなチームワークが、今の内閣や官僚にあれば、日本はもっとよくなるのですがね」
「これで、全て完了ですね」と言いながら、ばらした換気扇のパネルを順番に取り付けた。職人の方達が、あちこちに広げていた道具類を整理し彼らの車に積み込みに行った時に、妻と「長年オンオフに苦労した換気扇のスイッチだったけれど、これでポンっとつけられるね」と言いながら、ニコニコしながらスイッチを押してみた。が、、、な、なんとつかないではないか!「これは今更言えない、言えない」と妻。「でも言わないでいると、彼らは、我々が喜んでくれていると思っているのに、実はガッカリしていた、というのもかえって悪いよ。」と、自分を勇気付けながら、そして、ドキドキしながら「申し訳ありません。今再度試してみたら、また、点かなくなっているんです」と。せっかく完了したと思って、道具も片付け、帰り支度をしたというのに。僕が、職人さんたちの立場だったら、きっと嫌な顔をしていただろう。ところが、彼らは全くもって面倒がらずに、また道具を用意し、養生のビニールまで新たに貼り直すではないか!?「今度は慌てずに、もっと徹底的にスイッチ部分を清掃しよう」と4人ともに面倒そうな素振りは一切ない。それから1時間後、パネルなどを再装着した。問題なく、スイッチは作動した。そして3日後の今日も、快適に作動している。

僕自身が、日曜大工的なことは好きなので、こういった工事の時は、普段見ることの少ない、壁や天井の中を一緒に観察させていただくのであるが、大抵は職人さんたちの真面目さ、熱心さに感心、感動する。今回は、権力闘争に明け暮れる官邸の様子を目の当たりにしている時だけに、その感動はひとしおだった。

感謝の一言である。このような仕事をしたいものだ。(本日、たまたま患者さんのご家族から、感謝のお電話をいただき、僕も負けないぞ!と思った次第である、、、、)

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200728コロナが教える人の道39 性懲りもない「アベノマスク」

2020年07月28日

昨日の「アベノマスク8000万枚追加」の報道を見て腰が抜けた。国民にあのひどい(医学的にも、美学的にも)マスクを、介護の現場という感染防御を真剣に考えないところに送るというのである。それも莫大なお金を注ぎ込んで。今では、もっと高性能のマスクが安価に市場で入手できるというのに。3月に決めていたから、という。おおよそお友達の会社に頼んで、今更やめられないのであろうと、推測する国民は妥当である。
今、医療の現場では、宿泊療養、検査体制、重症患者受け入れ準備など喫緊の問題が山積みである。1円でもそういうところに予算を振り向ける時だ。この後に及んで、GO TO、マスク、様々な事務の丸投げ、などなどによる不明朗会計を繰り返している。我々の税金を全くもって私物化している。(かつての大銀行の融資部の行員が自分の懐からお金を貸すような横柄な態度に苦い思いをした人は少なくないであろうが、同じようなものだ。)国民は二の次という姿勢が丸見えである。誰がこういった政治家を選んでいるのか?国民の力が及ばない、厚労省などの役人にどのようにして、「国民のしもべ」意識を持ってもらったらいいのか?数ヶ月前、隣国の台湾の厚労大臣や指導者たちは「我々は国民のしもべだ!」と公言したとのニュースに感激の涙をした。口だけではなく、実際の行動にその思いがにじみ出ていた。日本の政治家、官僚、研究者、経営者のいわゆるトップに立つ人々に、こういった格好いい人材は存在しないのだろうか。総合的、4次元に考えることができて、身の回りの人への気遣いより国民全体の利益を優先して、自ら責任を覚悟の決断ができて、素早く行動に移せるような人材は探せばいるはずだ。決断する人はごく少数で良い。どのようにして探し、選ぶのが良いのか残念ながら、今の僕には答えがない。

しかし、このコロナ災害は、我々国民に信頼できるリーダーこそ最も必要だということを教えてくれたことは間違いない。そして、今の国民の不安の根元はそこにあるということだ。

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200727コロナが教える人の道38 GO TOキャンペーンは「強盗」だけでなく「殺人」とも

2020年07月27日

このブログも、政府や厚労省の呆れるような対応の、何について書こうかと躊躇しているとあっという間に1ヶ月も間があいてしまった。迷ってうろうろしていると時間は空く経過していくことを身を以て体験したわけだ。新型コロナの動向も待った無しの状況が続き、政府や厚労省や都知事周辺も大変だろうとはお察しする。しかし、一国の総理であったり、厚労省幹部であったり、大東京のトップであることは、こういった苦境に命をかけて立ち向かうことがそもそもの任務であり、それを成し遂げてこそ「他にはない素晴らしく格好いい」存在なのである。「そんなに文句があるなら、お前がやれよ」という御仁もいるであろう。僕には到底できそうもないから、政治家などを目指そうともしなかったのである。自分ではできないからこそ、「総理」や「都知事」や「厚労省幹部」に期待するのである。それが、全く期待にそぐわないからがっかりするのである。いや、国民の命がかかった待った無しの事態であるから「がっかりする」では済まされない恐怖に国民は陥っている。「自分たちで身を守るしかない」「どうしていいか分からないから、ヤケクソ」と両極端にバラバラの行動をとる。春の状況では、医療に携わる人々の「使命感」に守られたことは、真っ当な国民のほとんどは理解している。しかし、その結果、日本の医療機関の大半は経営困難に陥り、看護師さんはじめ命をかけた人々のボーナスがカットされているという予想だにしなかった事態を前に、今度はその「使命感」が持ち堪えられるのか?と想像しても怖くなる。
そんな最中「GO TO キャンペーン」とやらを強行した政府。モリカケ事件が不明朗な中の黒川検察長人事問題、事業委託による20億円の中抜き事件、安倍のマスクの不明朗な委託先問題などを経験した国民にとって、このキャンペーンではどんなことを企んでいるのか、疑心暗鬼にならない方がどうかしている。少なくとも国民の命を守るという姿勢が全くもって見えてこない。

大体からして、今の政府や官僚などに「命がけでも国民の命を守る」という使命感をきちんと持った人はいるのか。自分や仲間の利益、自己保身、自己の権力闘争などについては、なかなかの強者であることを認めるが。

格好いい「政治家」「官僚幹部」の出現を夢見ている。

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200427コロナが教える人の道30 今こそNFD&GMC理論を!

2020年04月27日

「医学作家」と「幸福論思想家」は僕の隠れた正体だ。と、自信を持って言いたいところだが、超零細作家&思想家だ。ほとんど誰も知らない。ずいぶん昔、あるゴルフ場で時々ご一緒する方が、脱サラして作家を目指すと話され、『えっ?ぼ、僕も、、、』と言いかけたら、「友人がね、ラーメン屋さんを始めたけれど、ほとんど客がこない。でも俺はラーメン屋だ、というのだけど、それなら僕は、読者がいなくても小説を出版したから、作家だ、ということになるよね」と続けた。僕は、ことあるごとにこの話を思い出しては、安堵する。勝海舟の「毀誉褒貶(きよほうへん)」でいこうと、自らを勇気付ける。
さて、標題だが、「NFD」は、Near Future Dreamの略、「GMC」はGood Memory Chainの略で、いずれも僕の造語である。それぞれ「おっさん、おばさん、目先の夢を追いかけろ」「おっさん、おばさん、過去の栄光に浸れ」となる。
目先のちょっとした夢や目標も大切にしよう。年取ったから、大それた夢はもてないし、などと落ち込んではダメだ。年相応の夢作りは必ずできるはずだ。大それたことでなくてもいい。誰か政治家が言って良くない言葉になったようだが、「身の丈に合った夢」「身の丈を少し超える夢」をいくつか作って時間軸で並べておく。常に。コロナの今は「誰々さんと直接会って、オンラインでなく本当の乾杯をしたいなあ」「オペラを観て、大声でブラボーって叫びたいなあ」など、可愛い「NFD」はいっぱい思いつくであろう。

めっきり体力がなくなり、今、100mを走ったら何秒かかるか、いや何分か?と、中学生の時は12秒代で走っていたのに、中学生の時は50m6秒代前半だぜ、といくら自慢しても虚しい。若い頃の自分と比較して、無理やり走ったり、ゴルフのスイングをすると怪我のもとだ。でも、「あの頃はこうだったなあ」と一人で思い出している分には誰にも迷惑はかけないだろう。「過去の楽しい思い出」は、結構な心のビタミンになる。時には強心剤にもなる。コロナの今は、半年前が昔になってしまった。1年前の日常撮ったスマホの写真が、甘美な思い出となっている。スマホの写真を繰りながら、この数年を振り返ってみよう。何が幸せか?豪華な食事をした時でもない。ゴルフコンペで優勝した時でもない。普段の質素な食事でも、楽しい仲間と過ごした時であり、ゴルフが普通にできただけで仕合わせだったと思えてくる。

ああ、憎きコロナが僕にも教えてくれることは多い。

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200416コロナが教える人の道28 COVID19常時暫定型標準治療(案)その2

2020年04月16日

国民が安心、満足できる医療を実現するためには、「標準治療」という考え方を、医療者側にも患者側にも浸透させ、どこでも誰でも安定して質の高い「標準治療」を受けられる仕組みが大切であり、そのための方法論の研究と実践が僕の40年来のライフワークとなっている。
この考えは、基本的には平時の考え方であるが、今回のように、戦時中並みの危機の時は、事情が違ってくるが、基本的考えは変わらない。この数ヶ月のニュースや専門家の論文、症例報告などを追っていると、その「標準治療」は毎日のように変化すると言える。本来「標準治療」とは、その名の通り、安定した治療方法であるが、長い歴史的な目で見れば、10年間続いた「標準治療」も瞬間的なものとも考えられる。そういった考えで、今の事態を考察してみると、「COVID19の標準治療は1週間毎くらいに更新される」となると考える。

元来「標準治療」とは、「その時点、その地域(国)で、医学的に確立された最善の治療として学会など幅広い専門家の間で認められた治療法」と理解して欲しい。それに対し、「先端医療」とは「治験などまだ実験的要素を含んでいるが、標準治療を超える効果の可能性もあるが、未知の副作用の可能性もあり、公的保険が適用されない」となる。その他、特殊な考え方として「代替医療」「統合医療」などがある。

以上を踏まえて、2020/4/16時点で、僕が調査し得た情報から作成した、「COVID19/20200416DrTerra推定標準治療」という長ったらしい名前になるものを提案する。まだ、本来の標準治療やEBM(根拠に基づいた医療)は存在しないが、緊急事態という現状、緊急避難的次善、次次善策となる。

COVID19/20200416DrTerra推定標準治療
何よりも大切なことは、初期トリアージだ。

疑わしい症状や感染者接触が認められたら、全例、PCRと抗体(IgG,IgM)検査を行う。

その上で、陽性者は無症状、軽症、中等症、重症(重篤含む)の4群に迅速に分類(トリアージ)

無症状者 自宅隔離

軽症者  ホテル等の宿泊治療

中等症  人工呼吸器など高度医療可能な拠点病院

重症   エクモまで可能な高度専門病院、コロナ専門病院(今後設立されることを強く望む)

そして、大切なことは、各段階の施設の縦の連携を緊密迅速にしておくことだ。重症化したら、上位(より専門的な)の施設へ、危機を脱したら下位の施設へ。

 

肺炎などに対する一般的治療が、重症度に合わせて行うことは基本になることは言うまでもない。

無症状、軽症の方に適していると思われる治療
 フサン、フオイパン:ウイルスが人間の細胞に侵入するのをブロックする効果を期待。ウイルスがACE2レセプターと結合後の次の段階を阻害するらしい。日本で膵炎の治療薬として、普段使われ副作用なども周知されている
 アビガン :ウイルスが細胞内に侵入後、RNAプロメラーゼを阻害することにより、自己増殖する過程の初期を抑える効果を期待。軽症、中等症からの重症化を阻止する効果が報告されている。副作用については日本では治験などで承認済み。この薬剤は、新型インフルエンザ到来に備えて、日本国家が備蓄するという超特殊な扱いを受けていたが、今がその時で、開放してどんどん使うべきである。70万人分の備蓄に加えて、開発会社の富士フィルムは増産を開始している。
 カレトラ、レムデシベル:アビガンと同様の効果を期待。

中等症に適していると思われる治療
 回復患者血清抗体:理論的には最も効果がシンプルに期待される。比較的早期に実用化されやすい。武田製薬が着手中。
 この段階でも、酸素吸入くらいの重症度であれば、アビガンが間に合えばいいと思われる。

重症に適していると思われる治療
 回復患者血清抗体:理論的には、あらゆる病期に有効と思われる。供給量的問題と副作用を考え中等症以上が現実的。
 オルベスコ吸入:サイトカインストーム(過剰免疫反応)への進展阻止効果を期待。中等症の段階でも検討可能か?
 アクテムラ(トリシズマブ):リウマチの薬で、免疫の過剰反応を抑制する。この感染症の重篤期に起こるサイトカインストーム(過剰免疫反応)を抑制する効果を期待。
 全身的ステロイド大量投与:アクテムラと同様の考えで。一般的にはウイルス性肺炎では推奨されていない。

クロロキン製剤:効果の報告があるが、副作用も考えると、上記の治療薬の範囲に収めたほうがいいと個人的には考える。だが、今後の報告次第。

ワクチン:来年中には実用化できる可能性は高いが、それなりの問題もあり、万能ではないかも。でもマクロ的には、ウイルス撲滅の最高手段となる。

BCG:世界の感染者数と死者数を見ると、関連性はあるように思うが、現時点で予防的に打つことは得策ではないと考えている。

 

本日時点では以上であるが、今後随時更新したい。医学の世界では、今日の真実、明日の嘘、となることも多いので慎重を期する部分もあるが、あえて拙速という時期でもあると思う。
現状最も大切なことは、早期診断し、発症後1週間以内に軽症中等症の間くらい(その判定は微妙だが)アビガン投与を開始し、重症へ移行する割合を減少させることが喫緊の対応策。一人の重症者を減らすことは、1床のICUベッドと1台のエクモと5人の専門医療者を増やす効果と同じである。中国のデータでは60%から90%以上の症例で重症化を防いだ、とあり、日本の観察医療でも効果の報告が次々と出てきている。完全な統計報告までには時間がかかりすぎるので、他に画期的な治療薬が登場するまでは、とりあえずはアビガン開始し、少しでも重症者を減らす(可能性に賭ける)ことが急務であると考える。
政府、厚生省とつながっている方、是非、強力にプッシュして欲しい。

 

みなさん!更に、有効な治療法がどんどん開発されつつあります!希望を持って、今はひたすら自己隔離を実行、拡散して日本の底力を世界に見せましょう!

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200415コロナが教える人の道27 COVID19標準治療(案)その1

2020年04月15日

ようやく、政府やマスコミも「家賃問題」を話題してくれるようになった。このささやかなブログも届いているのかと、独りよがりの錯覚をしている。そういえば2011大震災の時もブログの中で「石川遼くん、大型寄付を!」と書いたらその2、3日後に実行してくれたが、まあ、人間同じようなことを同時期に考えるものである。

「医療判断決断」「標準治療」の重要性を唱える僕の職務であるが、全く未知の「新型コロナウイルス感染症COVID19」においても同じことが言える。しかし、我々には経験値がないから、「標準治療モデル」を構築できない。「標準治療モデル」を作るには、疫学的調査も含めた研究成果も加味した、広い視野でその病気の全体像を見る必要がある。しかし、この感染症の最前線にいる人々は、超多忙で肉体的にも精神的にも追い詰められて、全体像をゆっくりみているどころではない。

僕も含めた、半引退している医師や医学研究者は、現場で働くわけではないから、全体像を眺めながら、比較的ゆっくりと余裕を持ちながら、いろいろな情報を見ることができる。だからこそ気がつくこともある。現に、ノーベル賞の山中先生や本庶先生が、大変有用な提言をされている。現場で命がけで働いている人から見ると、「解っちゃいるが、それどころではない、そんなことを考えている余裕などない!」となるだろう。だからこそ、ここでも役割分担が必要だ。現場から少し離れて、事態を観察できる医師などは、多少専門は離れていても、細部にわたり情報を集めて整理しているうちに、何か重要なことに気づくことがあるかもしれない。そういった知恵も、政府や厚生省の役人は真剣に拾い集めて欲しい。霞ヶ関内部でいるだけでは決して分からない解答のヒントが隠れている。

そんなことで、僕は、なるべく広い範囲で、様々な専門家の論文やインタビュー記事を読み集めている。細部に何か珠玉のヒントが隠れていないだろうか?そして、このCOVID19のウイルス自体の特徴や臨床症状、提案されている治療法などの情報を一覧性があるように並べて眺めている。

全く未知のウイルスとその感染症なのであるから、今回起きている様々な情報から「標準治療案」を考えていく試みを始めた。本来標準治療の半減期は3年くらいとも言われている。結構短いのに驚くが、COVID19標準治療の半減期は3日間?程度かとも思われるが、あえてチャレンジしたい。

次回から、その2、その3と日々変わり、1年後には跡形もなくなってしまうかもしれないが、そうなるということは画期的な新しい治療法が発見されたことに他ならないので、その場合は至上の喜びとなる。

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200413コロナが教える人の道26 痛み分けの精神2

2020年04月13日

「自分が感染者かもしれないとの前提での自主隔離、自宅退避などの行動」が、この憎きウイルスにたいして今できる最強の攻撃である、と再三言い続けている。そのために政府をはじめ政治家、研究者、医療関係者などみんなが必死に活動している。やむなしに休業をお願いしていいるお店や出勤自粛をお願いしている企業など、大変な状況であろう。今生きている人たちには、かつて経験のない世界的規模の危機である。人間、自らが招いた世界大戦という危機もあったが、それを経験した人々も今や少なくなりかけている。

こんなウイルスが発生し、蔓延した理由を科学的政治的にもいずれ追及、追求していくときも遠からずくるであろうが、今は、なんとか最低限の被害で済むように、全世界が力を合わせて戦う「宇宙戦争」みたいな状況だ。そんな時の共通の心構えとはなんであろうかと考えるが、その重要な一つに「痛み分け」ということがあるであろう。今、東京はじめ、各地で問題になっている「休業要請」と「補償」問題などその典型である。国民も、政府も、経営者も、お客もみんなみんなが痛みを共有して我慢しなければならない。そう思いながら、苦しむ飲食業の経営者の声を聞いていると、「家賃も払わないといけないので、とても人件費は無理で、辞めてもらうしかない」というような叫び嘆きが多い。「家賃より人件費を優先するというのはどうなんだろう?」といつも不思議に思っていた。ようやく、政府などもそのことに言及するようになってきた。苦しんでいる飲食店の経営者や従業員がいるのに、なんら現場でのコロナ感染のリスクさえなく平然と家賃を頂こうとしている不動産オーナーたちが、シャイロックどころでない鬼のように想像してしまっていた。家主たちから「店子さんたちがかわいそうだから、家賃を免除しよう。その代わり固定資産税も減免して欲しいなあ」という声を聞きたかった。政府が先に「固定資産税を考慮するから、家賃も考慮して」とそのことにやっと気がついた(以前から気がついていたが、やっと発言?)

この非常事態、様々な場面で「痛み分けの精神」が必要になってくる。どちらが正当だ、などと争う前に。

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200409コロナが教える人の道25 自粛要請 休業補償 痛み分けの精神

2020年04月09日

「ウイルスが教える人の道」とは読み人知らずであるがよく言ったものだ。昨日の朝日新聞の1面記事で、社会学者の大澤真幸さんのインタビュー記事も興味深かった。朝日新聞のサイトで今の時期に限って無料で見られるからぜひ読んで欲しい。そして深読みして欲しい。この紙面で内容を紹介することは割愛する。

今、テレビの報道番組などで話題になっている「自粛要請と休業補償」の問題。零細な個人経営の飲食店などの悲鳴が聞こえてくる。テレビなどで紹介されているのはごく一部であろうから、その間接的影響も加味すれば、実態は計り知れない。半年前に、息子が一時赴任していたこともあり、2週間ほど滞在していたパリは一体どうなっているのだろうかとの思いが脳裏をよぎる。有名店より、街中の小さな地元に愛されているお店が好みの僕にとって「あの小さな店は無くなっていないだろうか?」と案じてしまう。欧米での対応は生やさしい自粛どころではないようだ。それでも1ヶ月頑張って、感染者のピークを抑え、やがてはいろいろなものが復活していく姿が想像される(そうあって欲しいと願う)。

日本のこの自粛の状況を見ていると、確かに業種によるばらつきは多い。かえって増収になっている業種もあるようだ。個人飲食店などは、「家賃と人件費」により潰れる瀬戸際のところもある。誠に不公平な状況である。国や自治体の保障も確かにそのやり方が難しいのであろう。本当に逼迫しているところに助成をしたいが、そのやり方が難しい。ゆっくり考えられるならいいのだが急を要する。誰かが提案していた「自己申告でも何でもいいから、とりあえず助成する。そして来年の確定申告でもいいから、落ち着いてからきちんと精算する」というやり方が一番現実的かと思うが、政府からそのような発案は今のところない。「より弱者を救済し、社会全体の健全化を目指す」のが政治の大きな役割の一つである。そもそも僕は個人的には「ふるさと納税」などには反対で、一度も利用したことはない。明らかに富裕者や高給取りを優遇するあのような制度を堂々と進めている政府や自治体の公平性や公正性の欠如に呆れ返っているからだ。

全国民的危機の今現在、国民は一致団結して立ち向かわなければならない。「自分たちは自粛要請対象業種にならなくてよかった」と思っている場合ではない。各自、できることを最大限にするべき時だ。「痛み分け」の精神がこの危機に立ち向かう基本だ。みんな我慢すれば、国民は納得して我慢できる。「なぜ自分だけ?」と思うと不安が怒りに変わっていく。
具体的な話に戻ると、自主休業するのはいいが、家賃と人件費がのしかかる。解雇だ、休業手当が出ないなど人件費の問題を取り上げる報道が多いが、東京など都会では、前者の「家賃」の圧迫が多い。痛み分けの精神なら、まずこの家賃の支払い免除要請をするべきであろう。一般的に考えて、場所を提供している不動産所有者は、余裕があることは自明である。税金は納税延期を決めている。(できれば休業中に按分して納税免除もするべきであろう)税金と家賃をなんとかすれば、経営者は無理をしてでも従業員の報酬を半額でもいいから捻出できる可能性は高くなる。これで「痛み分け」の構造が出来上がる。現に、老舗の店で、自社ビルで営業するお店は、一、2ヶ月店を閉めてもなんとか持ち堪えられるところが多い。

元々現政権に対し、「弱者には形式的な救済」「富裕層にはお友達としての優遇」を感じ取ったから国民は反感を持っていたのである。権力や金力に関係なく平等公平に襲ってくるウイルスの脅威を目の当たりにして、人のあり方を問いただす絶好の好機ではないだろうか。国民は強く勇気のある公正で献身的なリーダーとしての政府や総理の活躍を期待している。一億総期待状況なのだ。ひとつよろしく!

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200408コロナが教える人の道24 緊急事態宣言の考え方

2020年04月08日

ついに日本でも緊急事態宣言がでた。そのタイミングや内容などに国内外から賛否両論の意見も発出されている。感染予防という観点からは出せるカードは全部出すことはベストであろう。しかし、政治や経済や生活の観点から見れば、なるべく最低限のカードにして欲しいであろう。
欧米のように、完全封鎖で罰則があるような「国家命令」なら、国民側としては従うしかなくその場合は迷いはない。日本の現状のように個人の考えを大切にしながらの国の舵取りは極めて難しい。知事や総理でなくてよかったと大胆にも、つい思ってしまう。

医療決断支援の仕事をしていると、重大な決断はとてつもなく困難で苦しいことであることを理解できるし、自らも日々体験している。ある決断をしようとしても、他の選択肢が気になるし、選ぼうとしている決断の副作用が気になる。そんなことで、決めかけても心は揺れる。周囲のものも、本人のことを思ってはいるが、若干無責任にいろいろ助言をするから、決断はさらに揺らぐ。この繰り返しである。そのような迷う医療決断の支援が僕の任務だ。その経験からいくつかの原則を発見した。
「結果からみて、過去の判断や決断の評価をする」ことは、我々医療判断の専門家としては判断力のレベルアップにはなる。しかし、決断する人にとっては何度も繰り返す場面でもなく、滅多にない一生の一大事の重要判断決断で迷いに迷っているのだ。その上でやっと選んだ選択の決断の結果、思わしくない結果が生じたら、一生後悔することになる。大体から、それほどの重要な決断を要するときというものは、いずれの選択決断を選んだにしろ、厳しい結果が待ち構えているのである。
今のコロナ危機も同様である。
「将来の結果から今選んだ決断を自他ともに責めることはしない」「決断する時は、熟考した上で後悔しない<この選択がベスト>という強い気持ちで行い、その上での持てるカードを最大限活用する」ということが大切である。もう一つ、決断を悩む時は、複数の重要な「要素」があり、ある「要素」はこちらが大切で、別の「要素」ではあちらで、、、、ということで行ったり来たりと決められないことが多い。そんな時は、まずそれぞれの「要素」の優先順位を決めてから、2番目以降の「要素」で、選択肢を固定できるものは固定して考えていくことだ。
今のコロナ危機で言えば、要素は「感染予防治療」「個々の生活」「国としての経済」の3大要素がある。それぞれの「要素」は、「あちらがたてばこちらがたたず」となる。大抵の困難な決断にはつきもののことである。医療者から見れば「感染予防治療」が最重要であり、個人や経営者から見れば「個々の生活」、政治家から見れば「国としての経済」がそれぞれ重要となる。そして、それぞれの立場から意見を戦わせて、落とし所を探していくことになる。しかし、なかなかひとりで決められないから、スッキリとはいかない。
現状では、こういうことを分かる人は判るのだから、「命最優先」というほとんどの人が反対はできない大命題を錦の御旗として、リーダー(総理ということになるか?)がえいやっとやり、責任を一手にになって決断するしかない。多少、気の毒な気もするが、一国のリーダーたるものは、国民、特に弱者を身を張って守ることが本来の使命ではないだろうか。そんな格好いい尊い使命を誰もが持てることができない。周囲のお友達の利益を誘導するために総理を目指したのではあるまい。

閑話休題、現実的な話に戻ろう。様々な自粛要請を受けて、我々国民は具体的にどのように行動していくか?
「ウイルスは勝手に拡散しない、人から人へ、直接または間接的に」「理論上は、1ヶ月全国民が個室に閉じこもればコロナは撲滅する」というのが大原則(セントラルドグマ)である。そこから行動を考える。
いつも会っている家族や身近な人(その人の行動がほぼわかる人)以外には極力お互いに接触しない。
複数の人が触れたものを触った場合は手洗いをまめに行う。

たったこれだけのことを、それぞれの人にあった方法で実行するだけのことである。

しかし、人のふれあいがないとストレスがたまるし、長期戦となると生活が虚しくもなる。
上記の大原則を守りながらもできることは結構ある。
散歩、ジョギングは一人や夫婦などで行うことは問題ない。(ゴルフなども、車で行って、レストラン、ロッカー、風呂など使わずに終わればすぐ帰ればリスクは低そう!。)
映画が好きな人は、映画館には行けないけれど、自宅で見ることはできるので、映画館のような雰囲気を作り(携帯を切り、少し部屋を暗くするなど)ポップコーンを食べながら見る。
(僕も、好きな映画、ゴッドファーザーなどを見直した。結構再発見がある)
今まで気になっていた小説などをまとめ読みする。(こんな機会がなければ、一生読めなかった!)
意外と面白いのが「オンライン乾杯」いつも飲み歩く仲間とビデオ通話で複数人で繋がりながら、一杯やると、また新鮮な面白味もある。

そうは言っても、実際に触れ合いながら語らう有り難さはしみじみとわかる昨今。その時のための話題を書きだめしておくことにする。
 

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200406コロナが教える人の道23 一体いつまで?

2020年04月06日

「一億総不安」状態となっている我が国ですが、世界中でも同じでしょう。「総」と言ったら、「俺たちは気にしていない」「勇気があるから怖くない」などと言っている人から苦言を呈されるかもしれない。前回のブログでその辺については言及したので参照して欲しい。

今回のテーマは「一体いつまで?」ということである。医療の総合相談役を自認する僕にとって、心の問題について相談されることも少なくない。そんな時に患者さんは「トンネルの出口が見えない恐怖不安」という表現をよくされる。「いつまで我慢すればいいのか?」「いつ逃れられるのか?」というのが不安を招く大きな要素となる。

中国に始まったこのCOVID19だが、韓国に飛び火し、いよいよ日本かと思っていたら、イラン、イタリア、スペインで爆発し、次には米国である。その間、日本では、じりじりとゆっくり増えていき、欧米の様子を見ながら、今か今かと真綿で首を絞められるような感じが続いていた。いよいよやってきたかという感じになってきた。ここまでピークをずらせて頑張ってはいるものの、それだけ不安状態が長く続いていることになっている。だから「コロナ疲れ」や「自粛疲れ」などという声も聞かれる。我慢はこれからが本番であろう。しかし、ピークを遅らせてきた恩恵はある。いろいろな治療薬の試みがかなり進んできた。ワクチンの開発も進んでいる。もう一踏ん張りピークを延ばせることができれば、アビガンはじめとする数種類の効果的な薬の効果判定の結果が出て、日本でも実際に使われることになる。

テレビ報道では、暗い話が主体だ。マスコミの視聴率優先の癖もあるのだろうが、国民への危機意識を、という配慮もあるのかもしれない。しかし、トンネルの出口を見せるような希望の報道も2、3割ないと不安に喘ぐ国民は我慢が続かない。また、我々国民を最も脅かせているのは「罰則もなく、コロナも怖くない(怖さを実感しない)から、やりたいことをするまで。それにどうせ治療薬もないのでしょ」と半ばヤケクソに行動自制をしない2割の人たちだ。「2割の人が全体を支えている」というパレートの法則は「2割の人が全体を壊す」ともなる。

「国民を守るためには厳しい取り締まりも必要」とは持論であるものの、明るいトンネルの出口を見せてあげることも、脅威の2割の心を揺り動かす「太陽」になるのかもしれない。
諦めないで頑張り耐えていると必ず光明がさす。

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200402コロナが教える人の道21 軽症者病院設立は待ったなし

2020年04月02日

なぜ日本の検査件数は、こんなにも少ないのか?誰もがそう感じ、多くの医療関係者もそういうし、専門家委員会も同意見だ。それでも何故?最初の頃は、オリンピックがあるから、感染者数の増加を見せたくないのでなと多くの人は推定していた。しかし、今やその理由はなくなった。でも、まだ検査数は増えない。実際、咳が出る患者さんが不安で検査を希望して、保健所を案内しても「検査は拒否されました」となる。おおくの仲間の医者も同じことを言っている。

答えは明確である。「検査が陽性なら、指定病院への入院」という感染症法の存在である。何故そんな法律が?と言っても、感染を蔓延させないための条項なのであろう。しかし、今回の状況はその法則が当てはまらないのは、誰の目にも明らかである。検査をきちんとして、その後トリアージをきちんとして、軽症者病院、中等症病院、重症病院へどんどん振り分けしていかないと、あっという間に専門病床はパンクするのは誰でも分かる。何故そうしない、できないのかはいずれ理由が分かるであろうが、責任と権限をきちんと持ったリーダーがいずに、複数の人や組織というい枠組みでしか判断できない体制だから「そんなことをして万一、事故が起きたら誰が責任を取るのか」というこんな危機的状況では極めて無益な反論が枠組みを硬直化させているのであろう。

権利関係など言っている場合ではなく、選手村の3000人以上収容できる施設を多少即席でも改造して、軽症陽性者を入院させる。やはりそこにも医師や看護師は最低限必要であろう。緊急事態として「準病院」として認めればいい。単なる滞在施設では弱すぎる。軽症と言っていても、少数だが急激に悪化する患者もいるから、自宅待機は無理な話である。大体から、軽症でも専門病床に入院させるという法律に固執しておいて、いきなり自宅待機となるというのもどうかしている。物事には順序がある。それがトリアージの大きな役割だ。トリアージをきちんとすれば、今の東京の危機は回避できる可能性は高い。東京で回避できれば、これから続くであろうその他の地方での感染拡大にもその経験は役立つ。今のイタリアやスペインや米国のようになったら、そのような丁寧なトリアージは不可能になってしまう。

国民は、それぞれの立場でできる最善をすることが最重要だ。自分だけ良ければいい、というのでは今回の危機は逃れられない。一般人は「自宅退避」という積極的武器でウイルスと戦うこと。一般人でも、各種団体集団、会社などのリーダーの方々は、仲間を守るためにも、未来の人を守るためにもきちんと行動するべきことを周囲の人に伝える。医療人は、特に貴重な資源であるので、自分の身を守りながら(医療人に限り「うつらない」を優先することが、人を守ることに通じる。)ウイルスと戦う周囲の人たちのリーダーとなる。専門医のリーダーたちは、政治や経済に忖度することなく、最善の方法を主張する。政治家は、それを踏まえて、国民の生活を守ることも考えつつ、落とし所を考えて、素早く実行する。経済界の重鎮たちは、もしかしたら、この危機を乗り越えかけた時くらいから力を発揮してもらうことになる。資本主義に基づく経済競争を一旦リセットして、経済リソースをなるべく遍く国民に還元して、そこからまた、新たに経済競争すればいい。

夢物語的な国民の行動規範を述べてみた。

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200402コロナが教える人の道20 自宅退避はウイルス撲滅の最強武器だ

2020年04月02日

コロナ疲れや自粛疲れなどと言われる。誰もが同じ気持ちだろう。ここで、発想の転換をしたい。自粛と言われるから「我慢」「辛抱」という言葉を連想し、「ウイルスから逃げ隠れするのに疲れた」という感じになる。しかし「自宅退避Stay at home」は、ウイルスに対する一般国民ができる最大の武器であると強く意識すると感じ方のイメージが変わる。ウイルスのやつらは、自分の力で増殖できない。人の細胞に取り憑いて、人の力を借りて増殖し、人の移動に乗じて自らも行動範囲を拡大するのである。それこそがウイルスの弱点である。幸い、今のところはこのウイルスはほとんど人間に取り憑くから、我々人間がそれを拒否すれば、奴らを兵糧攻めにして移動を封鎖できるのだ。一部動物への感染の可能性も報告され始めたから、今が奴らを封じ込める最後のチャンスかもしれない。
いつもは楽観的なな外科医をしている息子が、今回は思った以上に警戒している。彼がSNSに「発想の転換をしよう。自分がうつらないように気をつけるのではなく、自分が感染者だと想像して人にうつさない行動を意識することで、いろいろ見えてくる」と書いたようだ。直接息子を褒めることはしないが、「その通りだ」と思う。「うつらない、うつさない」と両建てで考えていたが、「うつさない」と一本化することで、行動指針がよく見えてくる。
それで自分が取るべき行動が見えてこないとなると、その人は新型コロナ以前の問題かもしれない。

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200327コロナが教える人の道19 コロナが引き出す悪魔の心とならないように

2020年03月30日

表題は、確か新聞で見かけた川柳である。でも言い得て妙である。この国家的危機に際し、民衆の取る行動はまさに千差万別である。専門家の言っていることも十人十色であるから、それを聞いている一般人の心が揺れるのも尤もだ。しかし、どのような専門家も完全無欠な意見は言えない。何しろ、初めて体験するウイルスであり、かつ、既知のウイルスとはその特色が異なる部分が多いように見える。そうは言っても、多くの部分は一般論としての感染症やウイルス学が当てはまる。

昨日、一昨日(3月末の週末)は、東京で、「外出自粛要請」が小池都知事より強い口調で示された。それに反応して、都民の大方は外出を控えた。しかし、ある放送局の聞き取り調査では、なんと15%の都民が「いつもと同じように外出した」と答えた。「やむを得ない理由で外出」ではない。パレートの法則をご存知であろう。「概して世の中は20%の人により動かされていく」という考え方だ。この危機を救ってくれるのも、20%の人々であり、みんなを滅亡へ導くのも20%の人々ということだが、僕は下手をすると20%ではなく5%と言っても大きな間違いはないのではと思っている。
「自分自身がウイルスの運搬人になることの恐怖」を想像できる人は80%いるだろうが、それを感じない、思わない、むしろ否定する20%の人は、このウイルスを蔓延させる要因としては十二分な量になる。悲壮な状況に陥っているイタリアでは、知事や首相レベルの人が「(そんな集団には)火炎放射器を持った警察を向かわせる!」と叫んでいる。必死である。気持ちはわかる。しかし、日本で政治家がそんな発言をするととんでもなく非難されるだろう。(勇気ある政治家を期待するところだが)全ての人を説得させるには「太陽か?風か?雨か?、、、」僕には答えがない。

こんな時こそ、模範やリーダーが重要だ。我々年寄り組が「若者たち」に理解を求めて叫ぼうが宥めようがその効果は限定的だ。それぞれの集団のリーダーや憧れ的な人々から発信することこそ重要だ。テレビニュースや新聞を見ない人に、著名ユーチューバーが自粛を呼びかけたと聞く。「あっぱれ」だ。結構効果があったのではないだろうか。世の中の人気タレントやアイドルたちが同様の行動を倍加してくれることこそ最後の15%に訴える方法だ。無観客ライブをネットで流し、「この場に来れない人こそ本当のファンです」と叫んでほしい。そして本当のファンなら、ネットを通じて〇〇ペイで、好きなだけ払えばいい。それこそ「ファン中のファンです!」

それでもダメなら自衛隊か機動隊に頼るしかない。この危機的状況を知りつつ、3つの「密」をあえて行うものは、「凶器準備集合罪」に等しい行動とみなされてもいい危機的状況間近なのである。

しかし、僕の本音は、このコロナウイルス禍を乗り切った暁には、自分の権力やお金を追求するのが自由な資本主義の真髄と確信して突っ走ってきた我々は深く反省し、人の痛みがわかり弱者に配慮して控えめな行動できるものこそが賢者で強くクール(格好いい)だと分かる世が到来するものと信じている。その模範として、家族や年寄を大切にし尊重し、スローライフを実践していたイタリアやスペインがこの行き過ぎたグローバル時代の呪いを受けている姿に心が痛んで痛みすぎている。そんなイタリアで、看護師のボランティアを求めたら7000人も応募した。コロナで犠牲になったものの10%が医療従事者というのに!辛い、辛すぎる。

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200327コロナが教える人の道18 ウイルスが広まるのではなく、人がウイルスを広めるのだ

2020年03月27日

標題の「ウイルスが勝手に拡散するのではなく、人がウイルスを拡散するのである」という内容の言葉は、僕のオリジナルではない。COVID-19で21歳の若さで亡くなった英国の女性の叔母様の言葉の邦訳である。姪を亡くした悲しみの中から、振り絞ったメッセージであろう。小池東京都知事が、「ロックダウンの可能性」を示唆し、今週末の外出の自粛を要請した昨日の夜、テレビに流れた高田馬場で若者が集まり大騒ぎして酔い潰れてしまっている光景を見て、驚くといいうより呆れ返った。少しでもこの危機に役立とうと頑張っている若者が多数いる中で、このような乱痴気騒ぎに参加している人々の脳の中はどうなっているのであろうか?ウイルスよりはるかに怖いのは、こういった人間たちだ。コロナウイルスの検査だ、と称して女の子にいたずらをしたものまで出てきたと聞くと医療崩壊どころか人間崩壊の危険さえ感じる。
法律では、厳密なロックダウンが施行できないという。国民の叡智や善意や他者を思いやる心に頼るしかないことになる。

こんなマイナーでおじさんくさいブログを見ていただいているのは、極々少人数の方々であろう。しかし、その方々は極めて高い知性を持った方々だと信じている。皆様方が、周囲の方々に、知性や弱者をきちんと思いやる心を持った特に若い人たちに伝えよう。
「自分を守り周りの人を守る行動を勇気と根性、根気をもって成し遂げよう」「ウイルスを拡散する人間にならないよう、最大限の努力をしよう!それは実に格好いい行動だ!」

「本当に偉い人は、素晴らしい権力の座についた人でもなく、大金持ちになった人でもなく、ノーベル賞をもらった人でもなく、そんなこととは無関係に『弱者への思いやりをきちんと持つことができる人だ』」
どこかで誰かが言っているのを聞いたことがある。

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200324コロナが教える人の道17 医療人の献身に脱帽

2020年03月24日

世界が一致団結してCOVID-19に立ち向かっている。しかし、残念なことに、その間にも弾道ミサイルを撃つ国もあれば、世界の巨大大国の間で罪の擦り合いが激化している。中国の政治や商売のやり方を非難する声は多い。今回の災の発表の数字もあてにならないと巷で言われている。しかしWHOなどのサイトの論文を読んでいると、その中国でも医療人は懸命にしかも献身的に相当な努力活動をしていることが十二分に窺われる。今最も感染が拡大して死亡者が多いイタリアやスペインでも同様だ。「医療体制が脆弱で死亡者が多い」と言われているが、それは国(政治家)が、財政(お金)を優先して医療への補助を少なくした結果、病院などの医療リソースの余裕がなく、今回のように急激に医療が必要な時にそのキャパシティーがパンクしているのである。しかし、その中で、医師を中心に医療人たちは、自己犠牲を省みることなく献身的な活動をしている様子がニュース映像の中から垣間見られる。政治家や経済人(商売人)が権力や経済(お金)をひたすら追い求める習性があるのに比べて、医療人の献身性、社会貢献へ心が向かうという習性は世界共通なんだなと、こんな危機の最中に再認識した。何も医療人の端くれとして、自己弁護や自慢しているのではない。問題は権力、お金を持った人々が強大で、医療人魂を持った人々はそれほど力がないということが、「そんな体制でこの危機を乗り切れるのだろうか?」と国民に不安を与えてしまっているのではないだろうか。

僕は医学部の後輩学生と「一般人向け医学塾」などを通じて交流を深めている。若い医学生の社会貢献意識は思った以上に強いことに驚き安堵している。テレビニュースで、若者が自粛お構いなしに「我々はコロナなど関係ない。この瞬間が楽しかどうかだ」などと話しているのを見た。日本とアメリカの映像だったが、他の国ではどうかは分からない。しかし、「若者」が皆悪いわけではなく、「年配者」が皆道徳的というわけではない。前ブログでも書いたが、ぜひ心ある方は、なるべく正確な知識に加えて、「弱者を守る勇気」を周囲の人たちと話し合い、その心意気をウイルスの伝播よりも早い速度で広めてほしい。それこそが、この危機を乗り切る原動力になるのではと考えているが、いかがであろうか。

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200317ちょっと嬉しかったこと 格好いい若者

2020年03月17日

新型コロナ感染で、部屋に閉じこもっている毎日であるが、趣味の一つである「ゴルフ」は比較的安全で、人にも迷惑をかけにくい遊びであろうと自己弁護もしながら、できるだけするようにしている。僕にとっては、いろいろな分野で活躍する大学の同窓生とのゴルフ交流は、他の分野の知識と情報更新、時には患者さんの依頼など、仕事上の利点も多いから、ますます自己弁護できる具合である。

そんな中、先週、所属するMカントリークラブでのプレー中の出来事である。グリーンの周りまで来ていて、せっかちな僕は奥の方に飛んでしまった自分のボールの方に歩いて行こうとしていた時に、手前の別の方向から友人のNドクターが打ったボールが、どうやら僕の後頭部目掛けて飛んできたらしく、仲間たちが大声で「危ない!」と叫んだので、うずくまろうとしたが「もっと危ない!」という声が聞こえたかと思うと、その日キャディーさんを務める若い男の子が、自分の体で僕を庇うように後ろに乗っかって来たのである。咄嗟のその判断、常日頃からの心構えがないとなかなかできないものだ。
朝のスタートの時に、プレーする仲間とその日のキャディーさんが挨拶する。その日は若い男の子であったから、正式のキャディーさんが足りずにバイトの子だなと僕も他の友人も思った。しかし、スタートしてみると、距離や打ったボールの行方など的確であるし、何より誰かがいいショットをすると大声で「ナイス!」と本当に喜んでくれるから、こちらも気分がいいな、と思っていた矢先の出来事であった。僕は後ろ向きだったので「あれっ、自分の体で守ってくれたのでは???」と感じたものの確証がないから、2、3ホールの間は黙っていた。そして、「さっきは身を持って守ってくれたね」とお礼を言うと「いえいえ、、、」と何くわぬ顔の照れ笑い。そして、初めて同伴の仲間たちも「そうなんだよ。咄嗟に寺下さんの後ろに回って体で受け止めようとしてたよ」と称賛の嵐となったのは言うまでもない。その少年から見れば、我々はおじいちゃんおばあちんと見えて「自分が守る」と言う意識を持って同伴してくれていたのだ。ありがたい話だ。

帰り際にフロントのスタッフに話したら、「それはいい話ですね。彼はバイトなのですが、時々そのようなお褒めの言葉を聞きます」とのことであった。

その日のスコアは大したことなかったが、誠に気分良く帰りの道の運転も苦にはならなかった。

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200313コロナが教える人の道14 格好いい富裕者求む!

2020年03月13日

前回のブログで書いた「富裕者からしっかり税金を頂く」ことの方法論はいくつかあるだろう。
「人が頭と労力を使って稼いだものを、国が税金として取り上げるのはけしからん。税金がもっと低い国もある。大体から何に使うのかもわからないし。」というだろうし、大体から今の政権中枢の人たち(いつもそうだろうが特に今のお友達内閣は、、、)は、周囲の稼ぎ頭たち(セレブたち)が大好きで、その優遇を元に力を蓄え続けている。その姿は美しいであろうか?人間的魅力に乏しい集団が「お花見」に集まったのだろうと、想像してもゾッとする。

9年前の東日本大震災の時、当時大人気で、相当な稼ぎで有名であった石川遼プロゴルファーがいる。僕の2011/3/16のブログの中で次のように書いた。

また、富裕層といわれる方々には思い切った寄付もお願いしたいと思います。義援金と呼ばれる我々庶民からの小額の寄付を集めることも大切でしょうが、大口の寄付は手続きも簡単で効果は絶大だと思います。

アメリカで難を逃れた石川遼君。昨年の稼ぎの残りを全部寄付してはどうでしょうか?本当の国民的英雄になれます。そして、綺麗ごとを言ってはいるものの、国民大衆からお金をトローリングして、その力で政治家になろうとしているような偽善者のなかに潜む本当の人情を引き出す模範となってみてはどうでしょうか?

すると、まさかこのブログを見たわけではないだろうに、その年の全賞金を寄付したのである。

 

そして同年3月31日のブログに次のように書きました。

このシリーズ第5回目に「石川遼君、昨年の稼ぎをみんな寄付してはどうだろうか?」と提案しましたが、まるでそれに呼応してくれたかのように、昨日、「今年の全賞金を被災者のために寄付する」と宣言してくれました。日本を代表する人気者が率先して、自己犠牲を伴った支援をする模範をしくれた意義は大きいと喜んでいます。イチローはいつもながらいち早く名乗りをあげましたし、松井も続きました。

実業界ではあまり出現しないのは残念です。

 

あまりセレブ業界のことは縁遠く分からないし具体的な試算はしていないが、例えば、年俸5000万円以上の部分は所得税を95%、過去3年以上黒字の企業法人税を90%、フルタイムできちんと働いているのに年収250万円以下の人(上記法人税にすれば社員の給与を上げる法人は増えると思うが)には何らかの補助金を、とすれば消費税0としても十分にやっていけるのではないだろうか。今回のコロナ被災でも分かったが、医療や福祉をインフラと捉え、民間営利型から、半官半民もしくは国営とすると国民の安心感は増すとは思うが。


家族や友人からは「あんたが政治家になったらすぐに暗殺されるね」と言われている。

何事も模範が一番効果がある。親は、子供に偉そうに叱るよりも、自らが範をなせば、必ずその背中を見ている。痛いほど分かる。そう思わないだろうか、皆さんは。

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200313コロナが教える人の道13 経済をどう支えるか?

2020年03月13日

新型コロナウイルス肺炎による国家的被害もさることながら、このことによる経済的生活的被害の方が先に強く出て、日本も厳しい状況に追い込まれそうだ。貧富の差の拡大が問題だと、米国では大問題、日本でも彼岸の火事ではなくなりつつある中、このままこのコロナ感染が拡大すると、適切な治療を受けられる格差が起こったり、経済的には、弱者が切り捨てられていく様相を呈し始めている。もちろん治安も悪くなる。米国ではそれに気がつき始めた、企業経営者がボツボツと出始めたようだ。民主党候補に名乗りを上げた(今は降りたが)ブルーンバーグ氏は「我々みたいな富裕者からしっかりと税金を取らなければ今後の米国の財政は危機になる」というようなことを言って立候補したと聞く。売名行為での言葉かどうかはその真偽は僕にはわからないが、言ってることは重要で正しい。また、ある有料企業の経営者は、自らの報酬を億円単位で落とし、全従業員と同じ700万円程度にした。「一部の経営者が高額な報酬を取っていく時代は過ぎた」というようなことを言ったらしい。日頃から経営者や経営陣の報酬が高額になりすぎている(従業員平均報酬の5倍くらいまでが限度にすべきだ)と主張する僕ではあったが、「何もそこまで」と思ったが、その経営者は実に格好いい。うらやましくらいだ。

政府は「思い切った経済対策を考えている」と言っている。彼らにとっては、せいぜい消費税を10%から5%に下げる。しかも期間限定で、くらいではないだろうか?貧富格差が広がる面白くない世界をリセットする大チャンスとして、皆が驚き、拍手喝采する(一部の人たちは渋い顔をするだろうが)ような、「あっと驚く政策」を打ち出してほしい。

消費税はこれを機会に「0」とする
足りない分は、過剰に稼ぎすぎている、過剰に蓄積している人や企業から放出してもらい、日本はこれから、穏やかな成熟した国を目指す!

たったこれだけでいい!

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200310コロナが教える人の道11 少しわかってきたようだ2

2020年03月10日

とかく見えざる恐怖は恐い。逃げたり闘ったり放置しておいたりできないからだ。
今、世界中で新型コロナウイルスが恐れられているのは、その実態が掴めていないことが最大の理由だ。

100年前のスペインかぜ、10年前の新型インフルエンザ、古くはペストなども同じ恐怖があったであろう。
体の免疫機構からしても、このウイルスは、初めての敵となるから、やっつける方法の経験値がない。テレビの報道で、今や国民の多くは免疫の仕組みの勉強をしているであろう。我々の体はよくできていて、病原となるような異物が侵入しないように、または、侵入した異物を撃退する仕組みが備わっている。いろいろ複雑な仕組みが絡み合っているのであるが、その一つに「抗体」というものがある。敵対する病原体に適合した攻撃物質を作成し、撃退する仕組みである。基本的には、それぞれの病原体や異物に特異的に働く(そのものだけに効果がある)抗体が体内に産生されて、我々の体を守ってくれるのである。つまり、一度以上、その病原体に出くわしていないとそれに対する抗体がないことになる。今回のCOVID19は人類にとって初めて遭遇するウイルスなので、誰もが抗体を持っていなくて、ウイルスからすると、とても容易にどの人間にも住み着きやすいということになる。今回感染して、回復した人々の体内にはほぼ間違いなくCOVID19に対する抗体ができているはずである。(いつまで存在するのか、今のところ分からないが)。COVID19に対する抗体のことが分かってくると、手軽に感染の有無を調べたり、治療薬の開発に役立てたりすることが可能になる。なぜその研究のことが報道されないのかと不思議に思っていたら、一昨日横浜市立医大にて抗体作成に成功したと発表された。COVID19退治に一歩進んだと言えよう。喘息に使う薬が効きそうだとか、HIVの薬が効きそうだとか、アメリカの研究室で、ワクチンの試作品の合成ができたなど、従来より遥かに速いスピードで研究が進んでいることも事実だ。
一線の専門家たちは、このように不眠不休で頑張っている。また、一線の医療従事者たちも、この巨大な敵COVID19の攻撃を受けながらも、従来からの患者さんの対応をきちんと行っている。

我々は、そのような方々にエールを送るとともに、一人一人ができることを真摯に考え実行していく必要がある。この試練を乗り越えれば、くすぼりかけていた最近の我々人類の問題点(地球温暖化問題、核兵器の問題、テロなどの問題、貧富の二極化問題、戦争勃発しそうな不穏な空気などなど)の対処についても智慧が得られるようになるのではと夢想している。

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200310コロナが教える人の道10 個人でできること

2020年03月10日

この厳しい状況にあって、政府や医療関係者に「助けてほしい」と国民は思っている。少しでも、その対応が思わしくないと、不安が不満になり恐怖や怒りへと発展していく。また、自分だけは逃れたいと思う人や、みんな道連れだ、とか、このパニックを利用して一儲けしようとか、羅列しているだけで怖くなってくる。とても危険な状態である。

「(正しい)知識は最強のワクチン」ということを医師になってから40年間言い続けている。実際に、一般人を対象とした、医学塾も100回以上開催している。情報社会の現在においては、「知識」を「情報」に置き換えることも必要かもしれない。
今、我々個人にできることは、「できるだけの努力をして正しい知識と情報を学習して、冷静に行動し、冷静に怖がる」ことではないだろうか。「自分だけ助かろう」という発想では、今回の困難は乗り切れない。僕はあまり好きではない言葉であるが「護送船団方式」的発想が、今回は必要かもしれない。
不安のあまり「過剰な買いだめ」的な行動はしないし、周りにも勧めない。(もしくはそういう人を咎める)
外出より戻ったら、まめに手洗い、顔洗い(一般的ではないが僕はこれも結構有効かと思っている)、うがいなどにて少しでもウイルスを除去する。
不要不急の用事にて、大勢で集まらない。今しばらくは付き合いの悪い人になるしかない。
コロナ感染症も心配だが、世の中にはもっと厳しい病気と闘っている患者や医師が今までと同じく存在していることを理解する。
国としてにリーダーが必要だが、小さい集団にもリーダーが必要。そのような立場の人は、正しい知識と情報を特に学習し、小集団においてもリーダーとして振る舞う。

などなど思いつくことを書いてみたが、追加や補正のご意見などをお聞きしたい。

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