Home

生き方・趣味

1  2

2020/01/21 全人的医療の意味するもの  

2020年01月21日

専門特化して狭い視野にたちがちな現代医療に対して、若干の批判的意味合いも含めて「全人的医療」なる言葉がよく使われる。しかし、その使われ方は多彩であり、僕としても賛同できるものからかなり怪しげな使われ方に感じるものまでいろいろである。一般的に多いのは、心身医学の立場から身体的、精神心理的な両面から病気や健康を考えていく場合に使われる場合だ。また、最近ようやく日の目を見るようになってきた「総合診療」などの分野でも使われることがあるかもしれない。一方、代替医療の分野でも、専門的になりがちな西洋医療を「部分を見る医学」と批判し、「全人的医療」の大切さを喧伝している場面を時々見かける。こうなると少し論理の飛躍を感じるがいかがだろうか?

若い医学生たちに「これからみなさんは、いろいろな専門分野に入り、探究心を持って極めていくでしょうが、常に広い視点から考えることも同時に行うことが大切です」と口癖のように話している。そういった僕の影響なのであろう、消化器外科医の専門を研修10年目の我が息子も「臨床の現場でいると、全人的医療の大切さを実感する」などと後輩の医者や医学生、患者さんがたに切々と話しているのを見て、思わずニタっともするのだが、果たして「全人的医療」とはなんぞや?と自分に改めて問いかけてみた。

ある専門的な病気で患者さんを診るとき、心身両面かつ生物としての人間全体の機能や病態を考えつつ診断や治療のプロセスを考えていかなくてはいけないという従来からの意味合いとしての「全人的医療」は、「総合的な視点と専門的な視点を融合した医学医療の考え方」と言えよう。
医学も他の分野のあらゆる職業と同じく、人の幸せにいかに寄与できるかということが最重要点と僕は考えている。当たり前のことのようだが、となると、「全人的医療」を考えるときには、人(患者)それぞれの価値観が大きく関係してくるということになる。ここがかなり難儀なことになる。医学医療の二大目標は「命を永らえる」ことと「痛みなど苦痛を最小限にする」ことであるということに異論を唱える人は少ないであろう。50年、100年前を考えてみると、この二大目標はかなりいい線に来ているのではないだろうか。しかし、医学と幸せを考えるときに、大きく立ちはだかる問題は「不安」である。50年前に我々が抱いていた健康や医療に対する「不安」の解消は、果たして、いい線まで来ているであろうか?答えは「ノー」である。
「全人的医療」を定義するときに、この「人それぞれの価値観、特に不安」について追求した医療をもう一つの大きな柱として考えなければならないと僕は考えている。

「哲学」ブームは、いつの時代にもある。「哲学」の意味はなんですか?と真剣に聞かれたら困ってしまうが、「何に対しても、ふかーく、ふかーく、よくよく、考えること」と言ってしまっては身も蓋もないであろうか?深く考えなくても楽しく生きられるし、考えすぎて苦しむことも多い。考えることが好きなら、考える癖をつけましょう、結構面白いですよ!という具合であろうか。これもそれぞれの価値観と言える。

幸福論思想家を目指す僕としては、この場でも、いろいろな考えを自由に発信している。今後、価値観、安心を追求した医療の考え方論議をこの場で展開していきたいと目論んでいる。気になる方には、ぜひお付き合い願いたい。

▲ページ上部へ戻る

新年早々老化の嘆き?2019年初の主侍医通信より

2019年02月25日

厳しい寒さも過ぎ去るようだとの気象情報に安堵していますが、インフルエンザの大流行も静まってくれることを願っています。恥ずかしながら最近は様々なところで老化を感じています。寒さにも暑さにも弱くなったことを認めざるを得ません。ゴルフでは飛距離もガタ落ち、記憶力も危うい、などと新年初の主侍医通信で、自らの愚痴を並べるつもりはないのですが、、、。諸先輩がたの主侍医を拝命している立場でありながら、弱気のように聞こえるかもしれませんが、皆様方の気持ちも身に染みて理解できていますと解釈いただきご容赦ください。老化とともに、全ての能力が低下しているわけではありません。主侍医にとって一番大切な、判断力については、経験値がより高まり、柔軟性や寛容性も加わりつつあると自負しています。また、専門医のネットワークは、同年代から若手にも、広まり深まる一方です。また、息子の勇祐ドクターも東京逓信病院の外科医、救急医として活動する中、皆様方の主侍医のアソシエートとして活躍する場面も増えてきました。ご安心ください。

朝のバラエティー番組では、芸能人などの著名人の病気や訃報について大きく取り上げられます。主侍医としても、「医学的に危うい報道はないか?必要以上に不安を掻き立てる内容ではないか?」など、ハラハラしながら見ています。最近では、堀ちえみさんの「口腔ガン、舌癌」の報道が印象的です。不安になられた方も多いでしょう。「もし堀さんの主侍医だったら、もっと早く対処できていただろうか?」いつも、このように「もし主侍医だったら?」と自問自答して、朝方から悩み苦しむことになるので、朝のバラエティー番組が怖いくらいです(マジに!)。

「なんでも気になったら気軽に相談」が主侍医会員の最大のメリットですし、「どんな相談にも真剣に対応」「患者さんの最強の味方の医療コンサルト専門チーム」「不安を取り除くことも大きな目的」を信条にしている我々です。今回のケースも、後追い我田引水的かもしれませんが、「テラ先生、なんだか口内炎が治りにくく、舌の一部が硬い気がするのですが?」と電話いただいたとしたら、1週間以内には口腔外科の専門医(例えば、具体的には東大の口腔外科チームと連携があります)に橋渡ししていただろうと推定しています。その数ヶ月の差で、舌癌が完治できるとは言えませんが、少なくとも治療方法に多少の差が出る可能性が高いとは思います。

気になることがある場合は、まずは気軽にご相談ください。全ての問題を解決できるなどと大それたことは言えませんが、出来うる限りの不安解消にお役に立つことが任務だと心得ております。

 

 

 

 

(主侍医活動報告、諦めない、手を抜かない、やり過ぎない)

昨年の大晦日の日です。主侍医会員のMさんから息子の緊急専用電話に連絡が入りました。ご主人Kさん(88歳)が高熱で、意識が朦朧としている。肺炎を疑い、かかりつけのS病院に受診するようアドバイスしました。Mさんは、病院と連絡を取った上で、救急車で駆けつけましたが、あまりにも重篤でS病院では対処できない、とのことで我々に再度、連絡がありました。状況から、命の危険性も極めて高いと判断されました。大晦日ですから、都内といえども救急体制が整った病院を見つけ搬送するのはかなり困難な状況です。息子の勇祐ドクターが勤務する東京逓信病院の当直を調べると、幸運なことに呼吸器内科のドクターがいることがわかり、救急受け入れの承諾を得ました。Kさんとは、13年前に、肺炎でS病院に入院中に、当時の治療担当主治医よりの往診依頼で拝診したのが最初です。その時も、厳しい肺炎で、ご家族も治療担当主治医チームも助からないかと思っていた状況でした。奇跡的と思われる回復ぶりで、やせ細った身体もみるみるふくよかになられました。そのことがきっかけで、奥様のMさんが、私と主侍医の契約をしていただくことになりました。

Kさんは、その後も何回か誤嚥性肺炎を繰り返しては、重篤な状態になられましたが、回復しています。

最近では、Kさんは生活上の補助がかなり必要な状況でしたが、Mさんの筆舌しがたいほどの懸命な介護により、自宅にての生活を続けてこられました。「筆舌しがたい」の一言では、到底説明できないくらいの介助、介護で、根底にある愛情の深さにいつも感銘を受けていました。

「今回ばかりは無理かもしれませんね。これ以上苦しめたくない気もするし。息子たち(長男、次男(医師)、長女)は、できるだけの治療はしたいとは言っていますが」と、覚悟は決められているご様子でした。

入院時の検査データからは、厳しい肺炎で、呼吸状態も悪く、いつ危篤になってもおかしくない状態でした。

お正月にも関わらず、治療担当主治医チームの懸命な治療とMさんを中心としたご家族の温かい励ましで、一旦回復の兆候を見せましたが、再度、誤嚥を起こしてしまい、重篤な誤嚥性肺炎の状況に陥り、意識もなくなり、酸素濃度の低下、二酸化炭素の上昇などで、今度こそ回復は無理かと思われました。Mさんも「これ以上の治療は苦しみを与えるだけかもしれない」と愛情に溢れるが故の弱気になりました。私も病棟に駆けつけ、今後の方針をどうするか、ご家族や治療担当主治医チームと面談を繰り返しました。治療担当主治医チームのチーフのS先生も病棟担当の若いE先生も、「あきらめずに治療する」という気持ちでいます。これは当たり前のように見えますが、実際的には、とても有り難いことです。回復の可能性も信じている証しでもあります。E先生は、つい先日私の主催する「寺子屋医学塾」の講師を担当してくれた熱意ある大学の後輩でもあります。ポーカーフェースの顔つきながらもファイト満満です。S先生も、冷静に対処してくれています。何度か話をしているうちに、Mさんは、大方あきらめながらも、「もう一度少しでもいいから話しをしたい」という思いが根底にある、と私は確信し、迷っていた「バイパップ」という呼吸補助マスクを使用する決断を主侍医として説得しました。気管挿管一歩手前の呼吸補助とイメージしていただければご理解いただけると思います。(挿管による人口呼吸はしないというコンセンサスはありました)バイパップ装着後、酸素濃度も上昇しましたが、今度はいつ外せる時が来るのか、という判断が迫ってきます。

治療担当主治医チームとご家族の懸命な努力のおかげで、数度目の奇跡がやってきました。つい先日、東京逓信病院を退院し、リハビリ目的で、自宅近くのS病院への転院が叶ったのです。Mさんから「少し食べられるようになりました。元気になったので、余計に手がかかるくらいです」と喜びながらのご報告を受けました。「実名入りでいいから、皆さんに報告して!」と有り難いお言葉もいただきました。

治療担当主治医チームの皆さん、感謝します。

そしてMさん、Kさん、感謝します。今回私どもの信条である「諦めない」「手を抜かない」「やり過ぎない(ちょっとやり過ぎかな)」をスタッフ一同体現できる機会をいただきました。

▲ページ上部へ戻る

じっくり、ゆったり、安心第一 2018年最後の主侍医通信より

2018年12月28日

光陰矢の如し、年末の常用句にもならなくなった感じですが、時の過ぎゆく速さを恥ずかしながらも嘆く日々です。今年の年賀状に書いた「じっくりゆったりと」を思い出し、苦笑いを禁じえません。

今年の7月に北海道に住む義理の父を亡くし、元旦の賀状を控えさせていただきますことをおまずお伝えいたします。医師として北海道の地域医療に尽力し、その功に対して晩年には叙勲し喜んでおりました。そして最後は、数々の医療のお世話になり、その有り難さを噛み締めました。患者側の身になっても、大切なことは「安心」だとしみじみ思いました。危篤状態で、いよいよ危ないとわかっていても「安心」することは有り難いとは、何だか不思議です。

幸福とは何か?最近はいつも自問自答しています。「安心」「自由」「快適」「ワクワク」「満足」「感動」「快感」キーワードは色々出てきます。必要条件は「安心」で、その他は十分条件かなあ、とも思えます。

11月末から、1週間、次男が滞在するパリに行ってきました。ちょうど、激化するデモ騒動と遭遇してきました。そんなことがなくても、異国の地では、言葉も「不自由」で、注文しても予想したものが出てこず「快適」とは縁遠いのですが、電車の中では強引なスリに合いそうになり、「不安」で居眠りどころではありません。海外を旅するたびに、「日本は住みやすい」ことを確認する始末です。一方、日本にはないものを味わうこともたくさんあります。日本(東京)では、バラバラの趣味の建物が乱立し、いつも工事中というのは残念で落ち着かない気がしますが、パリの街並みは、どこに行っても美しく「ワクワク」します。

十分条件を片っ端から取り入れようとすると、「幸せ」は逃げてしまうのかもしれません。

少なくとも、医師として「幸せ」に寄与できることは、「安心」を底辺に、「自由」「快適」に生活できるようにお手伝いすることが任務だと思っています。我々、主侍医チームが皆さん方の不安を容認しているようでは意味がありません。そんな時は、ご遠慮なく叱咤いただき、何なりとお申し付けください。

▲ページ上部へ戻る

上級庶民を目指す幸せ 2018/4主侍医通信より

2018年04月10日
 1週間の温度差が25度以上となる急激な気候の変化ですが、皆様お元気でしょうか?とはいうものの、桜の咲いている期間が長く、今年は見事な桜を見るチャンスが多かったのではないでしょうか。私事ながら、かねてより気になっていました、江戸川橋から早稲田にかけての神田川沿いの桜並木を妻とゆっくり歩いてみました。随分長い桜並木で、ついには高田馬場まで1時間半ほどかけて散策しました。高田馬場では、これも以前から気になっていました「餃子荘ムロ」という小さなお店に寄りました。今年のテーマである「じっくり、ゆったりと」「上級庶民を目指す幸せ」よりも下方修正となる感じでしたが、志の高いお店としては、やはり「上級庶民」だと、安い代金に卑下することなく、自分を納得させました。
 この桜散策コースは、花見客で溢れることなく、まさに穴場ではと思いました。みなさん、来年はぜひこの桜並木にチャレンジしてみてください。
 お待たせしておりました「主侍医手帳」の個別の作成が、ぼちぼちと出来上がってまいりました。順不同になるのですが、完成した方から、順次お届けに参上したいと思っております。普段携帯しておくと何かと便利で、安心だと思います。
 長らく自立訓練指導などで勤めていただいた堀江先生が、大学の正式スタッフに決まり、退職となりました。ご苦労様でした。
 4月からは、メンバーの皆様の救急時に相談対応できる体制の強化のために、東京逓信病院の外科勤務の織畑先生に参加いただくことになりました。救急時の相談や、逓信病院での診療などの案内役として、愚息寺下勇祐ドクターとともに、皆さんの気軽なコンサルタントドクターとして控えておりますので、ご安心ください。私の方は、引きつづき、どんなことでも、じっくり相談を担当させていただきますので、お気軽にご予約、ご来所ください。
 また、90回の講座を行ってまいりました医学塾も4月より若干リニューアルし、月に1度となりますが、普段できないような質疑応答式の講義も充実させた内容となりますので、メンバーの皆様の参加を心待ちにしております。私もほとんど出席しております。講義後は神楽坂で軽く一杯というのも気分転換によろしいのではと思います。

2018年4月 吉日 寺下 謙三

▲ページ上部へ戻る

時間の過ぎゆく感覚 2017/12主侍医通信より

2017年12月13日
「あっという間の一年」言い飽きたし、聞き飽きた言葉です。小学生や中学生の頃に想いを馳せてみると、その六年間や三年間は結構長かったように思い起こされます。あの、東日本大震災から間も無く七年目を迎えようとしているなんて、小学生入学から中学一年生の時間が過ぎようとしているなんて、とても信じられないと思うのは私だけではないと拝察いたします。
 幸福論思想家を目指す私にとって、この時間の過ぎ行く感覚の違いを看過するわけには参りません。あれやこれやと思索し、友人とも談話します。いろんなイベントが多すぎて、それに挟まれた平常の日時が飛ばされてしまい、イベントの日時に時が集約されてしまうからでしょうか?若い頃のように、日々成長しないから、充実感に乏しく虚しく時が経過するのだ、という友人もいます。一方、牢屋に入れられたら時が長く感じられるだろうと容易に推察できます。
 40代50代の時に、70代80代の患者さんが「毎日が忙しくて、、、」と言われるのを不思議に思っていました。今、自分がその年に近づき、自分を省みても、周囲の方を見ても、「忙しくて、、、」「時間がなくて、、、」というようなことをお聞きします。この辺に、「幸せ感の秘訣」が隠れている気がしています。
 「暇で仕方ないから、昔から読みたかった小説三昧の一週間だった」「暇だから映画三昧だった」とか「暇だからゴルフ三昧だった」と言えたら素晴らしいと思いますが、いかがでしょうか?「忙しい合間を縫ってゴルフをした」などだから、朝、プレーが始まったばかりなのに「前の組の連中遅いなあ」だとか「帰りの高速混まないうちに帰りたいなあ」と終わってからの心配をしている自分が情けなく感じます。
 思うに、「お金がない」より「時間がない」というほうが、惨めなのではないでしょうか?50年も昔に流行った植木等のコメディ映画の歌の文句を思い起こします。
 そこで、皆さんに大募集します。「アイデア募集!時間がゆっくりと過ぎ行くにはどのようにしたらよいでしょうか?」ホームページやいろいろな会合でも訊いてみます。これはという方法論あれば、この場でもご披露いたします。
 来年初頭には、みなさんのお手元に「主侍医手帳」をお届けしたいと準備を進めています。お楽しみに!

2017年12月 吉日

▲ページ上部へ戻る

人間の幸せ度 2016/7 主侍医通信より

2016年07月27日
 英国のEU離脱が国民投票で決議されました。色々な観点からの意見や感想があることでしょう。いずれにしろ国を二分する戦いが起こっていることは事実です。またアメリカではトランプ氏が大統領となる可能性も全く否定はできない状況と見受けられます。「そんな馬鹿な」と大勢が思っているようなことが平気で起こり得るのです。ISや北朝鮮の危機は一向に治まりそうもありません。世界の景気が同時に悪化する懸念があります。国内に目を向けてみると三菱自動車、東芝問題をはじめとした大企業の中枢から発した不祥事が次から次へと明るみに出ています。大塚家具の問題に代表される内紛は後を絶ちません。公務員や医師や大学教授の不正、芸能界をはじめとする不法薬物問題もキリがありません。

 人類は、その類まれな知恵で常に進化を続け、特に直近(?)の2000年の進化には、目をみはるものがあることは誰もが認めるところでしょう。では、それでどれだけ人間の幸せ度が向上したのかというと、それほどでもないのでは、とこれまた多くの人が感じ始めているようにも思えます。

 医学の分野で言えば、寿命が圧倒的に伸びたことが絶大なる進化といえるでしょう。歴史的に多くの人が亡くなった感染症をどれだけ克服し、数十年前には治療を諦めていた白血病や黄斑色素変性症などもかなりの確率で治癒できるようになりつつあります。また手術に際する痛みの制御も驚くほどの進歩があります。開腹手術の翌日には歩けるなんて、私が大学受験直後に自然気胸で入院した時の記憶からは隔世の感があります。

 医療人の一員として、人々の幸せにいくばくかは貢献している、との自負を持ちたいのですが、冒頭に掲げたような大規模な不幸に囲まれた現状に複雑な思いの今日この頃です。

 暗い話をしてしまいましたが、主侍医としてできる限りを尽くす、という原点を大切にしつつ、「幸福論思想家」の活動を目指している身としても、皆さまの笑顔のために奉公したいと思っています。
 
2016年7月 吉日 寺下謙三

▲ページ上部へ戻る

「言い訳」「愚痴」「人のせい」2016/2主侍医通信より

2016年02月03日

今年初めての通信が2月となってしまいましたことをお詫び申し上げます。皆様方に、より有益な医療情報、医師情報、医学情報をお届けする「Terraレター」の準備とより分かりやすいホームページへの改革の作業により遅れました、という言い訳は「使用する機材の到着遅れのために本便が遅れての搭乗となります」という航空会社の言い訳に通じます。「他の要因ではなく同じ会社の中の要因でしょう」と反論されれば、更に苦しい言い訳になります。

年初めから、見苦しい言い訳の話題になりましたが、私が常々言っている3大嫌なことがあるからです。「言い訳」「愚痴」「人のせい」です。これだけは避けて通りたいと、心がけているつもりが、時にはこの三重奏を奏でる自分を発見してガックリポンとなるのです。この3つがなくて、いつも明るく振る舞うことができればどんなに楽しいことでしょうか。

「まっとうな医師を応援することにより、患者の安心納得に貢献する」は事務所の理念です。

これを全うするために、「日本では医療分野の相談助言をビジネスとして成立させる土壌がない」という「言い訳」、「30年以上も前からこのようなことを始めたのは早すぎた」という「愚痴」、「マスコミやインターネットによる情報氾濫でまともな医師が報われない」などという「人のせい」などにしないで、ここまでやってきた真っ向勝負を一気に加速したいとの思いを強めています。

「Terra信頼医師団」の充実強化、一般の方への医学知識の普及の場の「テラ小屋医学塾」、患者と医師の絆を強化する「患者医師マッチング業務」、迷える患者への支援「医療意思決定支援外来」を柱に、今年は更に精力的に活動していきます。主侍医倶楽部は、以上の「全部入り」みたいなものとして、皆様の安心と納得の最大化に貢献できるよう大切に育てていきたいと思っています。

皆様のより一層のご支援をお願いいたします。

2月吉日 寺下謙三

▲ページ上部へ戻る

素敵なお金(権力)の使い方 2015/12主侍医通信より

2015年12月16日
今年も1年が過ぎ去ろうとしています。年末になると、「早かったねえ」「あっという間の1年だった」「何もできないうちに1年経った」「バタバタの1年でした」などという言葉が飛び交います。私自身も、同様の言葉を発する場面が多いことも自覚しています。それに今年は事務所開設30年を経過した年でもあり「光陰矢の如し」を実感せざるをえません。しかし、事務所の活動を振り返ると一概に「早かった」と思うより「いろいろあったなあ」という感慨の方が多いような気がしています。そして何事に関してもそうなのですが、いつものように「こんなことでよかったのか?」という自問自答に頭を悩まされ、それに答えては「では、これからどうするのか?」という次の難題が覆いかぶさってきます。
 
自分の活動の原動力は何なのかなあ、とよく考えます。一般的には、「権力」や「お金」や「いい格好」や「快楽」を求めて、人は行動します。「権力」「お金」はあまりその解釈に多様性はありません。しかし、「いい格好」や「快楽」には、人によりずいぶんと多様な解釈があります。この辺に「幸福感」という漠然とした、でもとても大切なものの本体が潜んでいるのではと思っています。「権力」や「お金」では「幸せ」を買えないことは、今や誰もが知っていることですし、残念ながら、権力やお金で幸せを買えた人を見たこともありません。でも、本屋さんの店頭は「お金の稼ぎ方マニュアル」「上司に気に入られるマニュアル」「客の心をとらえるマニュアル」といった類の本で溢れています。本屋探訪の大好きな私でも、気分が悪くなりめまいがします。ふと気がつくと「素敵なお金(権力)の使い方」を諭した本は皆無です。日本人は、経済大国を念仏のように唱え、モウレツ社員を尊び、お金を稼ぐのは上手くなったが、その使い方が貧相なままなのではないでしょうか?その辺が、国としてとても快適で立派な日本なのに、なぜか幸福感漂う国とは言えない所以ではないでしょうか?(この原稿を書き終えた後ですが、メンバーのTさんから「ノーベル賞の大村さんのように稼いだお金をバーンと寄付するなんて格好いいねえ」というコメントを頂きました。)
 
冒頭の話に戻りますが、時間の過ぎる感覚はその辺にあるのだと思います。予定を詰めまくって効率の良い時間を過ごせば過ごすほど、時間が過ぎるのが早く感じられます。逆に何もしないと時間が長く感じます。独房に閉じ込められたり(そのような経験はありませんが)、入院中の夜の時間(こちらは経験済みです)などがそうでしょう。幸せ感は、その中間に位置する「ゆったりと流れる時間に身を浸せる時」に生じるのではないでしょうか。
 
来年こそは、そのような時間も持ちたいと密かに願っているのですが、みなさまも是非、幸せな新しい年をお迎えください。
 
2015年12月 吉日 寺下謙三

▲ページ上部へ戻る

天職を支える心持ち 2015/9

2015年09月07日

物事を、いろいろ考え尽くしていくことは面白い。人間のみに与えられた特権かもれない。

だからかもしれないが、最近「稼ぎ方マニュアル」関連の本に隠れながらも「なんとか哲学」やら「幸せの考え方」的な本も平置きの本の中に散見されるようになってきた。個人的には、楽しみな傾向だと思う。「なぜこうなんだろう」と思ったら、科学者は実験を繰り返し、真実を追求していく。本当はどうなっているのか知りたいから。「知りたい」という要求も、人間の本能と言えよう。科学万能主義では、実験も大切であろうが、「思いを馳せる」というやり方もある。想像する、空想する、推定する、仮説を立てる、などいろいろあろう。医師の世界では「空想で診断治療されたらたまったものではない」とお叱りを受けるだろう。当然である。しかし、医学的な現象を解明するにあたって仮説が必要なように、医療の仕組みを考える上では空想や想像も必要な要素だと思っている。人にとって幸せを担保する医療とはなにか、と考えなくてはならないからだ。

子供に「大人になったら何になりたいですか?」とよく聞く。「野球選手がいい」「お医者さん」今時は「俳優さん」「ゲームの達人」などと答える子供たちもいるだろう。「どうして?」と聞くと、様々な答えが返ってきます。
自分の職業や周りの人のことを想像してみた。その結果、仕事への思いは「人々に安心を与える」系のものと「人々に喜びを与える」系のものと、「自分自身の安心や喜びのために」系の3軸の要素があると考えてみた。別の軸もあるかどうかご意見をいただきたいところだが。
僕の医師という仕事の主軸は「人々に安心を与える」系であることは間違いないであろう。なるほど、僕は生まれ変わったら、また医師になろうとは思わずに、「芸術家」や「建築家」や「映画監督」、「料理人」もいいなあ、と友人に話す。これは、「安心を与える」系から「喜びを与える」系への転向を考えているんだなと自己分析している。
勿論、この3軸のどれが良くてどれが悪いという話ではない。芸術家の中では、もともと「自分自身の安心や喜びのために」系から志したが、結果として多くの人々に「喜びを与える」ことになるケースが多いであろう。問題は「自分自身の安心や喜びのために」系の中に、金や権力の亡者となったり、強盗やコソ泥や殺人者まで混在発生することである。反社会性人格障害者や一部の自己愛人格障害者によるものであろうが、軽症の場合は、身近にいる「嫌な奴」というところであろう。物事には程度というものがあり、ある意味では「量」は「質」をも変えてしまうことは道理でもある。

みなさんも、自分の仕事や人との付き合いなどで、自分の軸を考えてみてはどうだろうか?人生とはなんであろうか?自分はどこに向かっているのだろうか?答えは出ないだろうが、いろいろ考えてみるのも楽しいものである。知りたいという欲望は、人間特異のものかもしれない。

▲ページ上部へ戻る

愛に溢れる天上の方々 2014/12主侍医通信より

2014年12月22日

毎年、年末になると「あっという間の1年でしたね」「春が来たと思ったら次のお正月という感じですね」など時の過ぎゆく速さを嘆いたり憂いたりする言葉があちらこちらで交わされます。我々が学生時代(小学生でも大学生の頃でも)には、そういった声はありませんでした。年をとると速く感じることもそうでしょうが、最近では小学生でも「あっという間の1年」という表現を使うことが多いことに驚いています。様々な予定がびっしり詰まって、昔の3年分を1年に凝縮できるとしたら、3倍長く感じ充実しているはずなのに、逆に短く感じてしまうのはなぜでしょうか?無人島に流されて孤独生活を送ったり、例えが悪いですが独房に閉じ込められたとしたら、その時の1日の長さを想像すれば容易に理解できます。実際にありうる例では、重病で入院している時、夜面会の家族らが家に帰って次の朝が来るまでの時間がとても長く感じることは入院した人には理解いただけるでしょう。極端な例えをしましたが、人生のゆったり感を生み出すには、この両者の間に答えがあるように思っています。充実はしているが、ゆったりとしている、という感覚。幸福論の思想家を目指すためにはこの辺の思索が必要かと思っているこの頃です。

さて、今年最後の通信となるかと思います。今年も1年、信頼をいただきながらお付き合いいただきありがとうございました。

私事ですが、本年11月18日、14年間一緒に過ごしてまいりました愛犬の「バディ」が天に召されました。とても人懐こく、友人や患者さんからも慕われ可愛がっていただきました。人好きだったバディも幸せだったと思います。晩年特に大切にしていただいた友人と静かにお通夜を過ごし、20日に丁寧に荼毘に付していただきました。その際、お寺の案内に「寺下家」とあり、まさに14歳の子供をなくした気分でおります。喪中のお葉書を出すのも憚れましたので、年明けにゆっくりと年初のご挨拶をしたためようと決意し、賀状によるご挨拶を欠礼させていただきますことをお許しください。バディの優しい寝顔から「ゆっくりと着実に心の整理をしていかないと、お父さんの残された人生もあっという間だよ」というメッセージをもらいました。そして他者への無条件な信頼がひとにどれだけ安らぎを与えるかということも教えてもらいました。

愛犬のお話の後にたいへん恐縮なのですが、12日後の11月30日、1年前に進行癌の状態で不安定になっていたこころのサポートのために、山王病院堤院長よりご紹介いただきましたSさんが懸命の闘病生活の末、天に召されました。わずか1年のお付き合いでしたが、とても気遣いの深い方で、自分が厳しい病状にあるにもかかわらず、周囲の人たちへの愛情ある言葉や行動に心を打たれることが多く、ご主人様はじめ周囲の方々とまるで昔からの身内のようにお付き合いさせていただきました。亡くなる数日前からは病院にて頻繁にお会いすることになりましたが、病床に駆けつける方々は、本当に心からSさんを慕っていると痛切に感じました。「太陽のような方だった」という声がとても印象的でした。

私の母は、私が大学6年生の時55歳で急逝しました。自分で言うのもおこがましいのですが、愛情深く遠慮がちで周囲の者への配慮に満ちた母でしたので、Sさんとイメージが重なりました。母はSさんのように綺麗でスマートではなく、かなり太ってはいたのですが。ご主人様や娘さん、そして周囲の家族同然の人たちの悲しみを見ていると、2週間も経たない前に、枯れるほど涙を流したのに、まだ出る涙があるのかと思いました。告別式でのご主人様のご挨拶の時は泣き声をこらえるのがやっとでした。これほど参列者が心から涙するお葬式にも感動しました。

今年の5月17日に、1年前に古くからのメンバーのご紹介で進行癌の状態でご相談をお受けしましたTさんが天に召されました。TさんもSさんと同様、心優しく、自分の病状を忘れているのかと思えるほど、ご家族や周囲の人たちへの気遣いの深さに驚かされました。亡くなられる数日前に病院にお伺いした際には、話すことができないのに「先生に椅子を」「先生にお茶を」とご家族に目や表情やかすかな声で合図されます。自分にはとても出来ないことだなあと感銘を受けました。

そんな優しく素敵な奥様を亡くされたお二人のご主人様の悲しみの深さを自分に置き換え想像しただけで胸が張り裂けそうになります。でもお二人とも立派にこの悲しみを受け止めつつ、日々の生活に戻られる努力をされています。

今の医療技術で出来得るだけのことは尽くされたと信じていますが、残念ながら医療自体の限界を認めざるを得ません。しかし、医療満足度100%を目指して、「信頼」「尊敬」「感謝」に値するよう誠意を持って最大の努力を続けたく思っています。合掌。

年末のご挨拶が湿っぽくなってしまいました。しかし、これは明るい来年以降に向けての思いであるということをご理解いただきご容赦いただければ幸いです。

もう一つ、ご報告です。私にとっても事務局にとっても嬉しいご報告です。前回の通信で、医学塾のご報告をいたしました。古くから特別なご契約をいただいて私の活動を支援いただいているY様から「医学塾は、とてもよい活動だ。こういったことを広めていくのを応援したい」というお褒めの言葉をいただきました。私はもちろん、スタッフ一同大喜びで、来年以降のプログラムを懸命に考えているところです。講師の主役は若手に移しながら、私は塾生を増やす広報活動にも力を注ぎたく思っております。ご契約メンバーの皆様のご参加はもとより、皆様の会社のスタッフやお知り合いの方を塾生にご紹介いただければたいへんありがたく存じます。

平成26年12月 吉日  寺下謙三

▲ページ上部へ戻る

東大教授汚職事件に思う 2013/7

2013年07月26日

今日の新聞やテレビのトップニュースに現職の東大教授の汚職事件(横領?)が取り上げられていた。
国民のみなさまも、「またか!」とお偉い人の汚職に対して、さほど驚かなくなったのではないだろうか?
事件自体も嘆かわしいし、驚かない国民にもなんだか物悲しい感じがする。

僕の今年の年賀状やこのブログなどでも、今後「幸福論思想家」を目指すと、豪語したのだが、思想家は実社会の現場を離れてこそ自由にものが言えるし、言った事に自己の損得と関係ないことが明白な立場にいることが説得力に於いても大切だと思っている。しかし、僕の「医療分野の監督相談役」としての主侍医稼業はそう簡単には終了宣言できない。だったら、今の務めを行ないながら、言える範囲だけでも言いたい事を発信していくこともありかと思っている。

今回の事件は、単に悪い人間がたまたま大学教授になったのではなく、構造的問題が今の大学内には蔓延ってきていることがそもそもの根本的問題だと僕は思っている。僕が大学にいたころも悪徳教授はしっかりいたし、それにごまをする悪徳な取り巻きもいた。しかし、周囲にいながらも真っ当なアカデミックな人々は、そのことを認識していたし、自分はあのようにはなりたくないと思っていたはずだ。

しかし、現在の大学はどうだろうか?「国家の繁栄は経済の発展があってのもの」という名の下に、大学のアカデミズムは消えようとしている。大学内でさえ、ほとんど全ての活動が経済的価値の指標で測られる。日本においては、東京大学はアカデミズムの中枢であるべきだと言っても、異論を唱える人は少ないだろう。少なくとも日本を代表するアカデミズムの殿堂である東京大学の中を見る限り、営利企業があまりにも関与しすぎているように僕には思える場面が多い。医学部にしてもそうだ。東大病院も独立採算であるべきだという真っ当そうな批判のもとに、売り上げを意識した病院運営を余儀なくされている。運営側の責任者もそれをよしとしたのか、売り上げ(だけでなく経営という視点を重視するということだが)向上に悪戦苦闘した。それを成し遂げた人にそれなりの賞讃が与えられた。

しかし、僕にはなにか違和感を感じざるを得なかった。日本を代表する病院の一つとして東大病院を考えるなら、独立採算を最重要視するのは得策だろうか?しかも、どのような技術料も同等に評価する国民皆保険制度のもとに於いてである。それを成し遂げたとしたら、その経営陣は大学の中枢においておくよりも、どこか大企業の社長になった方が向いているくらいの人材ではないだろうか?
すぐには採算が取れないが、未来の重要な技術になる可能性を研究したり、また永遠に採算など取れないだろうが、人類の未来に何らかの貢献をするかもしれないことや、ただ人間にとって興味のあるだけの事などを、損得抜きで研究するのが大学の、少なくとも国家の中枢的存在であるような大学の役割ではないだろうか。そして、その研究をしたり教育したりすることに一生を捧げたいと思うような人が大学に残って研究する学者になっていくのが真っ当なのではないだろうか?国家としては、そんな研究をする大学を全面的に支援し、報酬はさして多くはないが名誉と自分の知識探求欲を満たして満足するのが大学者であり、それ故に尊敬もされたのである。


ところが、現状の大学者をみてみると、少なからぬ人たちがお金に大きく関与している。新しい発見をしてベンチャーする事に(のみ)生きがいを見いだしている人がごまんといる。そして、本日報道された汚職教授のように、お金と結びつく研究をしている人を羨ましく思い、自分もそれを目指してしまう。最近では、企業と組まない大学研究者は稼ぎが悪いと肩身が狭い。医学や工学系ではそれが顕著で、文学部などはそれこそ大学学部のマイナーな重荷になりつつある。もともと文学部などはオリンピックで言えば、マラソンに例えられる花形である(と僕は思っている)。オリンピックが、ゴルフやテニスや野球が中心になったらもはやオリンピックという「人間の肉体の極限を競う」という趣旨から外れて「いかに観客を集めスポンサーを集めるか」という興行的なものに陥ってしまう。それなら「ワールドカップ」や「全米オープン」などと同じになってしまうし、その傾向もちらほらでてきたのではないだろうか?ただ4年に1回しかないという特徴があるから貴重だとなってしまうだけであろう。
大学も同じである。実践利用されてなんぼのものと競うだけでは、企業内研究室と変わりはない。100M走の0.01秒なんてどうでもいいような事を競ってこそオリンピックなのである。少し前「(大型コンピュータの性能が)どうして1番でなくてはならないの?」ととぼけた(と僕には思えた)質問をした政治家を評価した風潮があったが、それでも一番を目指すところが大学の研究である。企業なら当然「歩留まり」のほうが大切であることは誰でもわかる。このように、企業家からみてくだらないと思えるような事を、綿密に飽きもせずに続ける事が出来るのが大学者の本来像ではないだろうか?

特殊で過激な意見を述べたように思われるかもしれないが、その底辺に流れる思想は、普通の当たり前の事ではないかと思っている。今後、「幸福論思想家」の端くれとしては、「ほとんどの社会活動には、幸福論的グランドデザインが大切でではないだろうか?」と思っている。
東京理科大の理念に「科学は良心に向かう」という言葉をみたが、まったくその通りだと思う。核爆弾は科学の成果ではないという事である。
ながなが書いたが、本日の汚職教授のような人が現場では歓迎され、大学内でも評価されているのが現状で,氷山の一角のような事件だと思えるということである。もっというなら、犯罪かどうか以前の問題で、すべて目に見える目先的経済的効果のみで判断する大学研究の傾向に警鐘を与えた事件となれば幸いである。

テレビをみればAKB、大学をみればベンチャー起業、少し頭が良ければインベストバンクで大稼ぎ、大企業の役員報酬は億単位が当たり前、本屋の店頭では「年収**万円で億を稼ぐ方法」などの本、なんだか金儲けを制したものが世の中を制した気持ちになってしまう世の中、これって面白いでしょうか?夏目漱石も芥川龍之介も決して大金持ちではなかったのにあこがれたなあと嘆く僕は変でしょうか?
稼ごうとする気持ちを批判はしていない。むしろ良いことだと思っている。しかし、「量は質を変えてしまう」と僕は思っている。行き過ぎた世の中を変えていける若者の活躍を期待したい。面白い世の中建設のために。(2013/7/26)

 

▲ページ上部へ戻る

大切な人の笑顔が見たい 2013/1主侍医通信より

2013年01月22日

 2013年の新しい年を迎えましてみなさまのご健勝をお慶び申し上げます。一方、常に病気のお話をみなさまからお聞きする私の身としましては、昨年末に急逝されました方に対する哀悼の思いも共に抱き複雑な気分で新年を迎えました。

 年末の主侍医通信や年賀状でも綴りましたが、今年は自分自身が還暦を迎えることもあり、今までの大きな区切りとするべく思いを巡らせております。おおよそ中学生から大学生までの同窓会の世話人や大学ではゴルフ同好会の常任幹事まで引き受けています。友人からの健康相談は、駆け込み寺の寺下と異名を取っています。

 よくよく考えてみると、私は「大切な人の笑顔が見たい」という本質を持っていることに気付きました。ところが医師という職業は、基本的には具合が悪いときに人と会うことになるので、笑顔どころか厳しい顔に遭遇することが常です。だから、「生まれ変わったら医師や弁護士や坊主ではなく芸術家やシェフや職人や漫画家など人が楽しみ喜ぶことを提供するのがメインの仕事に就きたい」とつい思ってしまうのだなと自分のことを理解しました。「生まれ変わったら医師にはならない」と毅然と言うとたいていの友人は驚くのですが、この理由を話すと納得してくれます。

 そんな医療の中でも、笑顔のでる医療の仕組みづくりを研究し実践したいという思いに賛同いただいたメンバーに支援者となって頂き、その恩義に答えるべく可能な限り渾身の力で医療の全般的な相談に対応させて頂くのが主侍医倶楽部誕生のきっかけでした。「いくらいくらで、これだけのサービス」といった発想ではありませんでした。(それがビジネスモデルとしてうまくいかなかった理由のひとつでもあるのでしょうが)

 その後、夜間休日ホッとラインなどを整備し、「医療の相談助言事業」という立ち位置を確立するべく、日々契約形態なども更新し現在の「主侍医倶楽部」の運営に至っております。まだまだビジネスモデルと呼ぶにはほど遠い形態ですし、このままの形態では私の代わりを出来る主侍医団長の育成はほぼ不可能と判断しました。メンバーの方からも「それは無理でしょう。元気なうちは先生ご自身が努めないとだめでしょう。あと10年、いや15年は出来る。」とぴしっと言われもしました。有難いお言葉で、その通りだと思いますが、元気なうちに継続性のある仕組みを作らないと、せっかく作った土台が霧と消える可能性があります。

 ここ数年迷いましたが、本年3月を持って現行主侍医倶楽部の新規募集を終了し、「常時サポート」系から「一時的サポート」系と「定期的サポート」系の主侍医サービスをより多くの仲間の方に提供できる仕組みを整えていこうと決意しました。若手のドクターのみならず、ベテランのドクターにも活躍して頂ける場を作ろうと考えています。良きにつけ悪しきにつけ、今までの主侍医の経験値は相当積み上がっています。

 主侍医倶楽部のみなさまには、更に充実して安定した安心を提供できるように、ご家族の方のサポートや時間外対応の仕組みや、またメンバーが経営されている会社の社員や顧客の方々へのサポートの提案などを差し上げて、満足度安心度の高い主侍医サービスとなるよう努めたいと思っています。古くからのメンバーの方から順次お声をおかけしますが、この機会にご家族や友人、社員のみなさまにも主侍医の安心をとお考えの方はご相談下さい。また3月末までは現行主侍医倶楽部の募集は続けますので、こちらもよろしくお願いします。「区切りをつけなければ前に進めない」というマリナーズを辞めた時のイチローの言葉に共感しました。

▲ページ上部へ戻る

主侍医魂 2012/11&12主侍医通信より

2012年12月07日

 秋の気配を楽しむ間もなく、冬が到来した感がありますが、季節の変化にお体は大丈夫でしょうか?充分な予防対策をお願いいたします。

 今回は11月と12月の合併号として今年最後の通信となります。振り返りますと、私にとって今年は本当に悲喜こもごもの出来事がありました。そんな中で、みなさまにもご報告しなければなりませんことですが、最も悲しい出来事がありました。主侍医倶楽部設立当時から、陰日向となって応援下さり個人的にも親しくさせて頂いていた方が、他界されたことです。(ご遺族のご希望でお名前は伏せさせて頂きます)いつも明るい笑顔で接して頂き、主侍医倶楽部のことも心配して頂き、最も多くの方をご紹介いただきました。「主侍医」のことを心から信頼し応援してくださっていたからだと思っています。しかし、懸命の努力にもかかわらず、9月にご逝去されました。我々主侍医の力が及ばなかったことが悔しくて、後になると「こうすればよかったのではなかったか?」と自問自答して眠れない日々が続きました。でも、その方は余命が厳しいと言われていた闘病中も「寺下さん、主侍医倶楽部もメンバーの若返りをして増やさないと運営が苦しいでしょう」と、こちらが心苦しくなるような優しい言葉をかけてくださいました。ゴルフが大好きで、「先生が幹事の東大のゴルフコンペで、昨年のようにお役に立てることがあったら遠慮なく言って下さいね」とも闘病中で苦しい中、笑顔で声をかけていただきました。思い出は数えきれません。「好きで敬愛できる方の主侍医を努めさせて頂く」ことが主侍医倶楽部発足の原点です。それを忘れてはいけないことを最後まで教えて頂きました。心よりご冥福をお祈りいたします。

 そのようなこともあり、最近、この場でも主侍医倶楽部の継続性に向けてのお話をさせていただいています。医師生活35年、主侍医稼業23年目となり、回顧、反省、継続性の模索、後輩の育成、余生の過ごし方、、と連鎖する思いが日々頭の中を駆け巡っています。

 いつも言っていますが、主侍医倶楽部は、日本の高度な医療を補完するものだと思っています。日本の医療は、何が高度かというと「ほとんど誰でもどの医師にもかかれるフリーアクセス」「圧倒的なコストパフォーマンス」「今やサービス精神に溢れた病院やクリニック」「先進医療の選択肢も増えたこと」など他の先進諸国の追随を許さない優位性があると真っ当な医療関係者は自負して当然だと思っています。ここで「真っ当な」という理由は、残念ながら、魂を売った商売に走ったり、権力闘争に重点を置く医師もいるからです。開業医であろうが勤務医であろうがその魂を売る確率は同じようなものです。

 そんな中、私どもは今までの経験を活かし、また誠実で優秀な医師たちとの交流を最大限活用し、主侍医倶楽部をご支援下さる皆様がよりよい医療を受けられることを補佐するために日々努力しています。

 みなさまにお願いがあります。医療において、最大の貴重な資源はやはり「医師そのもの」だと思います。「高度医療機器」でもなく「新薬」でもありません。そしてその「医師そのもの」は、壊れやすく、再生産が難しく、目に見えた有難さが薄いものです。ある経済界の成功者から「どれだけ最新の医療機器が揃っているかが肝心で、その機器から答えが出るのだから、医師によって差が出るとはどういう意味ですか?」といぶかしげにしかも真剣に質問され、腰を抜かすくらい驚いたことがあります。

 我々は、「医師そのもの」を医療における最大の貴重な資産だと考えています。真っ当で腕のたつ医師ほど、信念を持っていて、お金などでは簡単に動きません。私の医師(だけではないのですが)人脈の広さは希有だと医師仲間からもお褒め頂くのは、それぞれの医師(または友人)と真剣で誠実で楽しいお付き合いを積み重ねてきた所以だと思っています。この人脈は、資産家の方々が、努力して得られたさまざまな金融資産にも負けない資産だと思っています。だからといって、その医師たちが、全て皆様方の健康上の困難を解決できるとは限りません。他の分野に比べて医療の不確実性は圧倒的に高く、私自身もしばしば忸怩たる思いをします。完全なる成果と安心を与えたいといつも思っていますが、それは永遠のテーマです。

 名門ゴルフクラブでは、ゴルフ場の命とも言えるグリーンを一所懸命手入れし、また会員はそのグリーンを丁重に扱い自分が付けた傷のみならず、他人がつけたものまで修復する習慣があります。とてもいいことだと思っています。主侍医倶楽部において、スタッフ医師もご紹介する医師もせめて名門ゴルフクラブの「グリーン」のように考えて頂ければ有難く思います。勿論、我々はその「グリーン」をいつも良質にキープする努力は怠りませんが、ご利用のみなさまにもご協力いただかなければ達成できないことです。

 医療の広大な分野での総合的な相談にお応えし、それぞれの分野の専門医と連携を保ち続けるためには、日々新しい医療の情報を浅くとはいえ、プロとして耐えうるレベルで内容を把握し、専門医たちとの活きた交流を保ち続けることは相当なエネルギーが必要です。後輩の育成も困難の極みです。

 前回もお話しましたが、「ビジネスモデルとしての主侍医倶楽部」は不完全のまま終焉をむかえそうですが、今までの経験と知恵と人脈を活用して、現実問題としての継続性を考え今後の事務所活動の設計の立て直しを考えています。

 一つは「良質なセカンドオピニオンを支援するサービス(Second Opinion Support)センターの設立」です。もうひとつは人間ドック時に発見された重病に特化した「オンデマンド主侍医」です。今までの主侍医倶楽部を「継続的サポート」とすれば、前者は「一時的サポート」後者は「定期的サポート」と言えます。

 主侍医の主要なコンセプトの「健康な時から」「どんなことでもいつでも相談」がクライアント側にとっては「何もないのにお金を払い続ける」困難であり、前述のように「なんでも相談にのる」ことは提供側の困難で、それらがビジネスモデルの成立を困難にしていたことを認めざるを得ません。

 現行主侍医倶楽部では、最低限の費用で「侍医」を持つことを提供しようと考えてきましたが、中途半端であったかもしれないと反省しています。「困った時だけ困ったポイントに絞りサポート」「困った時だけ徹底的にサポート」「定期的なサポート」という仕組みの方がビジネスモデルとして成立しやすく結果として多くの方々に貢献できると考えました。ビジネスモデルといっても、医療は、「まともにやれば大稼ぎできる」世界ではありません。「武士は喰わねど高楊枝」的運営から質実剛健運営くらいが目指すところだと思っています。

 上述のように、多くのみなさんに提供できるような「困ったときのサポート」を主軸にする一方、現行主侍医倶楽部の新規募集は停止しますが、現メンバーのみなさまには今まで以上のサポートが出来るように努力いたします。

 新機軸として、主侍医サービスの理想ドリーム型として「The主侍医倶楽部」の設計を考えています。これは今後の方向性と逆行するのですが、皇族の侍医に対抗できるような文字通り夢のような仕組みを考えています。

 「The主侍医倶楽部」は、富裕層ビジネスと言われるのを嫌う私にとって、一気にそれを超越した趣味的なものと考えています。面白いからその趣味に付き合おうという数十名の方が集まればやってみようというアーティストやプロデューサー的夢でもあります。

以上のような構想が、現実的なかつ迫り来る還暦の夢想でもあります。

長年にわたり、主侍医倶楽部の価値をご理解いただいているメンバーの皆様方にこそ言える「愚痴」と「抱負」をお聞きいただきありがとうございます。

来年も、みなさまにとって幸せな年となることをお祈りしております。

▲ページ上部へ戻る

大学同窓会旅行にて 2012/10主侍医通信より

2012年10月31日

 残暑が厳しいと言っているうちに、肌寒い季節となってしまったようですが、皆様体調はいかがでしょうか。早くもインフルエンザの予防接種の時期も近づいて参りました。年に1度の人間ドックの解説とインフルエンザワクチン接種が皆様とお話しする貴重な機会であります。是非、この機会に日頃気になっていることなどご相談いただければと思っています。

 10月末の週末に「鉄門旅行」と呼ばれる、東大医学部の学生とOBの旅行に行ってきました。各大学の医学部には、愛称みたいなものがあり、東大医学部は「鉄門」、京大医学部は「芝蘭(しらん)会」、慶応大学医学部は「三四会」などと呼ばれます。私が鉄門会の理事を拝命して十数年経ちますが、この鉄門旅行には初めての参加でした。今回は群馬水上温泉への一泊旅行です。学生130名、教職員、OBが40名を超える今までで最大の参加数ということです。特に医学部在校生400名中の130名は結構な数です。OBは深夜、明け方まで学生たちと討論するのが習わしと聞いておりました。実際、会場のあちこちで、OBの周りを数名の学生たちが取り囲み真剣な笑顔で会話が弾んでいます。私も学生たちとの会話に熱中し、はっと気がついたら夜中の3時です。会場を見渡すと、さすがにOB連中の姿はまばらで、私も学生たちにおやすみを告げたのです。多士済々のOBたち、優秀な学生たちとの話はとても面白く、彼らがリーダーシップをとれば、今後の日本の医療も大丈夫と確信しました。また「京都大学に負けずに、ノーベル賞クラスの研究と言われることに満足せず、本物のノーベル賞を取ろう」と盛り上がりました。

 同窓会理事としてのご挨拶の機会があり「臨床医学と基礎医学とともに医療の仕組みづくりを考え実践する社会医学がもうひとつの柱としてある。高度な医療や研究レベルの割には日本の国民の医療への満足度が低い。私ども医学事務所では患者医師関係を中心とした医療の仕組みの研究実践を行なっているので、若い人たちにも是非そういった志を持って欲しい」と話しました。学生にはまだピンとこないだろうと思っていたら、さすが東大の学生(と自画自賛気味ですが)、数人の学生が熱心に話を聞きにきました。そして天皇陛下の心臓手術の主治医として有名な小野教授も「すごく大事な仕事だ」と共感してくれ、その後、深夜の2時頃まで、学生たちも交えながら、医療のこれからについて熱く話し合いました。

 難事にチャレンジし、くじけそうになる昨今、魂を鼓舞させて頂いた一夜となりました。睡眠不足になりましたが、一夜明けた昨夜は、10年ぶりに一度も目が覚めずにぐっすりと眠りました。たまの睡眠不足もいいものだと紺屋の白袴的に思ってしまいました。

 医療の広大な分野での総合的な相談にお応えし、それぞれの分野の専門医と連携を保ち続けるためには、日々新しい医療の情報を表面的とはいえ、プロとして耐えうるレベルで内容を把握し、専門医たちとの活きた交流を保ち続けることは相当なエネルギーが必要です。東大の学生たちも「そんなに広い分野の知識を持ち続けるのは大変すぎる」と驚いていました。

 しかも、医療ほど不確実なものはありません。反面、医療ほど確実な結果が欲しいと誰もが望む分野もありません。皆様の笑顔をみることは我々のエネルギーの最大の源ですが、必ずしも結果がすべて上手くいくとは限りません。少しでも上手くいく確率を上げることが我々の任務ですが、「100%の成功」は永遠の目標となります。でも「100%の納得」はあり得ると思っています。

 私のこういった理念や活動を声援して頂いているのがメンバーの皆様だと思っています。そのお返しとして、こういった活動のもとに養えた判断力や知恵と人脈をフル動員して、皆様の健康管理のお役に立ちたいと考えています。決して皆様を単なるお客様だとは思っておりません。どうかその辺をご理解いただければ嬉しく思います。

 ただ、今後の活動におきましては、ビジネスモデルを磨き上げて、堂々とお客様向けのシステムを構築したいとは考えています。

 主侍医倶楽部のビジネスモデルが成立する最低限のメンバー数は100名だと当初考えました。しかし、私の経営/営業能力の低さから、その半ばを超えない状況が続く中、スタッフや仲間のドクターの熱意や友情に支えられて、良質で高度な主侍医サービスを維持すべく懸命の努力をしています。

 皆様への、再度のお願いでもあり、最後のお願いでもありますが、現行の主侍医倶楽部の安定運営のビジネスモデルの実現のためには、長年、主侍医倶楽部の価値をご理解いただいているメンバーの皆様からのご紹介が一番だとお願いをする次第です。

 東大の同窓たちをみても、世代交代が進んでいます。私が築いてきた人脈や経験を進化させるためにも、私が元気なうちに楽屋裏に回ることが急務と考えました。今年度中に、現行の主侍医倶楽部の最終募集を行ない、多少とも余裕のある運営が出来るようになれば、若い主侍医チームだけで構成される「新主侍医倶楽部」の活動を開始したいと思っています。主侍医倶楽部の永続性を考え、しかもより多くの人にご利用できるように、主侍医サービスの項目を自由に組み合わせ各人のニーズに合った主侍医が持てるように工夫していくつもりです。

引き続きご声援願います。

▲ページ上部へ戻る

グランド哲学として「幸福論」2012/9主侍医通信より

2012年09月30日

 最近の私は、この主侍医通信やブログ、セミナー、友人たち、家族たちとの会話の中で「幸福論」を持ち出すことが多くなっています。自分の歳のせいもあると思います。来年の還暦を控え、なにか今までのまとめでもあり、新たな活動でもあってもいいから自ら納得のいく社会への発信型の活動をしていきたいと考えるようになったからだと思います。

 そのキーワードが「幸福、幸せ、仕合わせ」です。私見ですが、全ての人類の活動の歴史は「幸福探し」だと考えております。当然、人々によって、幸福の定義が異なりますから、様々な活動が生まれ伝承し、改革、改造、改善、時には改悪が重ねられていきます。その結果、複雑な文化が生まれ形成され、文明はいわゆる発達を遂げていきます。

 話を簡単に、かつ具体的にしたいと思います。私どもの医学医療の世界では「痛みや苦しみもなく長生き出来れば幸せになる」という大前提があると思っています。政治の世界では「国民が豊かに安全な暮らしができれば幸せになる」というようなことが大前提でしょう。その他、いろいろな分野でもこういった大前提があると思っています。「美味しいものを食べれば幸せ」「便利なものがあれば幸せ」「お金が増えれば幸せ」「よい大学に受かり、よい企業に就職できれば幸せ」「金メダルを貰えば幸せ」、、、、、、、、、「一番になれば幸せ」「相手に勝てば幸せ」、、、、、となってくると矛盾も生じてきます。だから大昔の学者の、ベンサム、ミルの「最大多数の最大幸福」原理を思い出しますし、今でも通用する部分も多々あるかもしれません。フェイスブックや携帯電話のゲーム企業や過度なチェーン展開の食べ物屋やゴルフ場なども含めて、人生の意義に関するもの(食べること、遊ぶこと、人との繋がりや関係性)に、「最大多数の最大幸福」を実現しているのだ、と思い込んで過剰に膨れ上げようとすると、これはとんでもないことになるような気がするのは私だけでしょうか?

 このように「幸せと○○学」となると、いろいろな組み合わせがありますが、いろいろな分野でのグランド哲学として「幸福論」がこれからますます必要になると考えています。だからこそ利害関係の伴わない思想家が渇望されてくるのではという思いが、私のこれからの活動を考える際にも脳裏を、いや脳表を巡っている次第です。

▲ページ上部へ戻る

人類の歴史は「幸せ探し」2012/8主侍医通信より

2012年08月30日

 

 何に喜び幸せを感じるのか?
  
 「幸せってなんだろう?」と改めて考えるのは私だけのことではなく、むしろ最近の傾向なのでしょうか。人類の歴史は「幸せ探し」の歴史そのものと言ってもいいと私は思っています。そのために文明は発達(?)を続け、文化が築かれていきます。少し前までは「便利なものは幸せの道具になる」と考えられていました。今もそうかもしれませんが。車があれば便利、洗濯機があれば便利、コンビニがあれば便利、携帯電話があれば便利、、、、切りがないほど便利グッズが巷にあふれています。しかし、意外と幸せと直接的には結びつかないどころか、不幸せの材料になったりもします。
 
 政治や経済界の世界をみてもなんだかがっかりすることが多く感じる中、かのブータン国王の「国民総幸せ度」の話は結構我が国でも注目されました。でも、そんな話も時間が経つと薄れていくものです。
 最近、だらだらとテレビを見ていたら、花火の特集がありました。花火ファンと称する人々が全国の花火大会を見て回ったりするらしいのです。「なんと暇なことか!」と羨ましくもあり若干ひがみ根性で呟きました。しかし、花火の製作の裏話になると、その工夫や努力は並大抵ではなく親が子供へと伝承し、守り続けていく程の大変な作業です。伝統を守りつつ新しい工夫を加えていくその作業は、私個人的には好きな分野だなあと思って見ていますと、若い職人さんにインタビューがされました。「どうして花火師になろうと思ったのですか?」「僕は北海道の出身なのですが、ある花火大会に行って、素晴らしくきれいな花火だなあ、と感動しましたが、それよりも驚いたのは周囲の観客の様子なのです。みんなとてつもない笑顔で喜んでいるのです。大勢いるみんなです。これはすごいことだ、と思って高校を卒業したらすぐに東京の花火師に弟子入りさせてもらったんです」
 
 たしかに、そうです!これだけ一度に人々を笑顔にさせて喜んでもらえる仕事は他には滅多にないことかもしれないと感銘しました。そんな花火師たちが精魂込めて作っているんだ、と再認識したのです。花火大会巡りをしている人々は、花火の仕組みなどにも詳しく、凝った人たちはビデオカメラを何台も持ちプロはだしの撮影をします。こんなファンがいることこそ花火師にとっても有り難いことだと先ほどのひがみ根性も吹っ飛びました。その後、たまたまゴルフ帰りのドライブ中に花火を見かけてジワーンと感動し、我ながら単純な自分に苦笑いでした。
 
 我々主侍医もそんなファンをひとりひとり大切に作っていきたいものだなあとつくづく思いました。
 お陰さまで、我々主侍医の価値をきちんと評価して頂き、新たな会員様をご紹介いただき本当にゆっくりではありますが、着実に主侍医倶楽部の輪は広がっていますことに感謝しております。

▲ページ上部へ戻る

成熟した社会システム 2012/5主侍医通信より

2012年05月07日
  久々に(初めてと言ってもいいのか?)、2週間もの長期にわたり外遊をさせていただきました。私が50の手習いのピアノで教えてもらった芸大出身の若手ピアニスト村田孝樹君がハンガリー音楽祭関連の大会で優勝し、ブタペストにてリサイタルを行うということになり、応援がてらの旅行となりました。妻とこれまた50の手習いの油絵の先生横島庄司さんと妹さんとその娘さんという変わった組み合わせの一行となりました。ブタペストに4日間滞在し、その後は村田君が住むドイツへ向かいました。ケルンの近くのアーヘンという小さな町に住んでいるのですが、とても落ち着いて親しみの湧く町です。こういった機会がなければ訪れなかったでしょうが、また行ってみたいと思っています。世界で初めて太陽発電の試みをした町だとも聞いています。私の悪い性格なのですが、レストランに行っても、ゴルフやテニスをしていても、旅行に行っても、新しい発見をするとなにか仕事に応用できないかと常に(本当に我ながらあきれかえるのですが)考えてしまうことです。  妻や親友から「楽しむときはお客様として純粋に楽しめば!」とかなり真剣に煙たがられています。
 
  というわけで、旅行につきものの失敗談を織り交ぜながら、いろいろなことを勉強してきました。その一つですが、ドイツの町では、路面電車が発達していて、少し地下鉄を加えれば、街歩きはほとんどまかなえるくらいです。我々旅行者にとっては1日券が便利で、何度でも乗り降り自由です。700円くらいになるのでしょうか。しかし、ほとんど検札はなく、我々も旅行中一度も切符拝見はありませんでした。現地のガイドさんは「ドイツの成熟した社会システムのひとつです。個人の良心に任せているのです。」と説明され感銘を受けました。「良心に任せた、成熟した社会システム」なんと心地よい響きでしょうか!しかし、時々厳しい検札があり、違反していると厳しい罰があるとのことでした。 
 
 法律のほとんどは、「想定外の悪い考えを持つものがいるから、取締りできるように細目にわたった規則を作る」という考えにのっとっています。医療保険制度もその一つです。悪用する患者や医者がいるから、これはいけない、あれはいけないと規定しています。しばしば、医師が必要と思っても自由に検査や処方をできません。社会保険事務所が厳しく目を光らせて「この病名ではこの検査はだめです」ということで医療機関は自腹を切るどころか目をつけられます。しかし、巧みにレセプト(公的医療費の請求書)やカルテを駆使すれば過剰請求もまかり通ります。良心に従わないシステムの限界です。そして、このレセプトの監視システムや病院でのチェックシステムにどれだけの費用が投入されているのでしょうか。下手をすれば少なく見積もっても医療費全体の数%や十数%など無視できない費用であると私は推計します。 
 
 世界最先端を行く日本の医療保険制度ですから、そろそろ成熟度を増してもいいのでは期待していますし、私もそういった方向に進むように今後社会医の集大成として活動をしたいと考えています。皆様方のご理解とご支援をお願いする次第です。   

▲ページ上部へ戻る

自己再研鑽、復習そして予習 2012/2主侍医通信より

2012年02月17日

 寒中お見舞い申し上げます。

 今年最初の通信をお届けするのが2月になってしまいました。毎年の始めに、年間モットーのようなものを考えることにしています。学生の頃からでしょうか、随分昔からの習慣です。今年は「自己再研鑽、復習そして予習」としました。これには、いろいろな意味合いを込めています。いよいよ還暦1年前となり、随分前の年間モットーであった「温故知新」の復習でもあります。つまり「復習の復習」となります。例えば、年末の通信でも少しお話しましたが、事務所の過去の膨大な資料を抜粋して読み返しています。それらのエッセンスを、次回以降ご紹介できればと思っています。20代30代と充電と放電の激しい繰り返しをしながらもなんとか蓄電し、40代から50代は充電に放電が追いつかない状況だったかなあ、と俯瞰しています。
 
 そこで、60代に向けては「新たな充電」中心と言いたいところですが、そこは冷静に過去を復習し、足りなかった部分を補填してみたり、忘れかけている大切なことや面白いことを再燃焼させたり、やりすぎたり歪んだ部分を補正したりしてみようと考えています。それらが「復習」です。仕事のみならず遊びやプライベートなことでも同様の「復習」をしようと考えています。そうは言っても、新しいことも無くては僕の性格上我慢が出来ないでしょうから、少しは「予習」も取り入れたいと思っています。
 
 そういう目で振り返ってみると「今だったらこうしているのに」「こうしていたらもっとよかったのに」と知恵や経験が豊富になったと思う反面「昔は体力もあったし頭も今よりはよかったなあ」とちょっぴり寂しく思うこともあります。しかし、昔考えたことを、今の熟年の応用力や人脈、そして発達したIT技術などの調味料を振りかけるとちょっとした逸品が出来るような気がしています。同級生や近い年度の仲間のドクターも大病院の部長や院長、大学の教授など管理職になっている方がほとんどです。他の分野ですと、会社の役員や社長ということで、現場の作業はほとんどなく管理者としての仕事がメインだと思います。ただ、大学の教授になっている連中から「最近は、診療10、研究20、若手育成70」という日常業務の割合を聞いて、「相変わらず、診療80、若手育成10、執筆、セミナーなど10」という僕にとっては、多少羨ましくも思えます。
 
 思い起こせば、大学受験や入学当時、華やかだった東大医学部生も、現在は結構地味なもので、大会社の役員や社長を務める他学部の同学年OBたちが社用車で通勤であったりゴルフ場までの送迎もあったりするというのに、病院に勤める医師は送迎車どころか、大病院の副院長でも当直をしている方もいると聞いて驚いています。東大医学部の同窓ゴルフ会では、ほぼ全員がマイカーか電車で集まりますし、未だに平日どころか土曜日でも来られないひとが多く、日曜日のみの開催ということで、常任幹事(僕なのですが)泣かせです。日曜日でかつ年配の先輩方(昭和天皇の手術を担当された先生やその更に先輩の長老先生を筆頭に)がマイカーを運転して来られる近いゴルフ場を確保するという難題を毎回克服する必要があるからです。そんな大先輩がいまでも患者さんのために尽くしている姿にいつも頭が下がる思いでおります。
 
 人生においては、だれもが「幸せ」を求めています。「幸せ」の定義はひとそれぞれです。他人からは「幸せ」そうに見えても、本人は悩み苦しんでいる場合が少なからずあるものです。「健康は幸せ」とは言えませんが、「健康でないといわゆる幸せ感が得られにくい」ことは事実だと思います。主侍医を勤めさせて頂いて、さまざまな形でクライアントの方と触れ合いますが、基本的には体調を壊した時に、密接にお会いすることが多くなります。幸いにも、今まで多くの場合、重病を切り抜けて、その後皆様の笑顔と接することができ嬉しく思っていました。
 
 しかし、昨年11月に、主侍医倶楽部メンバーの方を初めて看取ることになりました。その方は、入会間もなく、現在の医学では治療法がないとされる厳しい病気を発見することになりました。メンバーになって頂いてすぐに困難に直面しました。我々に出来ることは、「なるべく苦痛がなく出来るだけ長らえるようにサポートすることだ」とスタッフドクターとともに尽くしましたが、関連のNTT東日本関東病院にてご逝去されました。ここにご報告とともにご冥福をお祈りしたいと思います。

▲ページ上部へ戻る

主侍医の実現可能モデル 2011/8主侍医通信より

2011年08月16日

大地震の再来、放射線障害、猛暑、電力問題、不景気、政情不安など不安要素を数えていたら片手では足りなくなってきました。人間にとって(動物にとっても)安心が一番の大切な生活基盤の要素であることは自明の理であると考えています。かたや「好きなことをやり、好きでないことをなるべく避けたい」というのも、我々の本能だと思います。これを貫くことが出来れば、理想だし、そんな人を見かけると羨ましくもあります。丁度、数週間前放映されたNHK大河ドラマ「ごう」の中で、石坂浩二扮する千利休のセリフ「結局は好きか好きでないかのどちらかなんや。」が印象的でした。もうひとつ感銘したセリフに「私のたてたお茶が日本一というなら、それはあんたが日本一の心を持ったおかたということや」というのがあります。これは利休がお世辞を言っているのではありません。利休は「好きな人には一所懸命お茶をたてるんや、日本一やと思っている方には日本一のお茶をたててあげたいと思うからや」と説明しています。
我々主侍医の思いも、この利休の心にあるなあと感じ、スタッフのみなと気を引き締めました。
話しを元に戻します。「好きなこと」をするには、時にはリスクを伴います。人間の安心最優先説とぶつかり合うようになり悩むことになります。「好きなビール」をたしなむと「痛風」などのリスクが高まります。概して美味しいものを食べ過ぎるといろいろな病気のリスクが高まることはみなさんもご存知のことです。要するに、我々は「安心」と「リスク」の間を巧妙にすり抜けながら人生(という時間つぶし)を楽しんでいこうとしているんだなあと常々思っています。我々主侍医は、その「安心」を少しでも高めるためにお手伝いしているのだと思っています。
7月10日に、僕自身が58歳を迎えました。還暦まであと2年と、少し武者震いがする感じです。高度複雑化していく医療の中で、満足度が高い安心なシステムを研究し続け、やはり医療のインターフェースとアクセスシステムとしての主侍医システム、医療の判断支援システムとしての医療判断学やその専門家が必要だとの思いは増強するばかりです。すでに存在する「かかりつけ医」や「家庭医」「総合医」の概念も主侍医システムと同様のものだと思っています。しかし、それらはあくまでも国民の誰もが受けられる治療サポート中心の現在の保険制度のうえに存在していますから、その品質向上にはかなり無理が生じます。それらのドクターの身を削った努力にのみ支えられています。
「相談」「助言」「判断支援」などは、日本では軽くあしらわれがちですが、実に高度であらゆる能力、技術、そして充分な時間を必要とする最も貴重なものだと我々は考えています。
保険制度の中で、こういった「相談」「助言」「判断支援」をカバーするようになればいいと初期の頃は言っていましたが、最近では、それは不可能だし、破綻を助長すると考えるようになりました。せっかく世界に類をみない世界中から羨望されている保険制度があるのだからこれを守らないといけません。

今後2年間を、主侍医システムは「かかりつけ医」や「家庭医」「総合医」の活動の先進モデルから実現可能モデルにまで作り上げることに専念したいと思っています。それこそ僕にとっての「好きなこと」だと思っています。多少の(過酷な)リスクを覚悟しながら。

皆様方のご健康を祈りつつ、今後ともご支援をお願いする次第です。

▲ページ上部へ戻る

東日本大震災に教えられたこと14 孫さんも続きました! 2011/4

2011年04月04日

有名スポーツ選手に続き、ソフトバンクの孫さんもさすがの「私的100億円寄付とこれからの役員報酬全ての寄付」を発表しました。こういった輪が広がることが復興のマインド的な好影響があるでしょうし、経済の活発化にとっても重要でしょう。経済的に2極化が進むと、ますます消費が滞ることが予測されますが、こういった形で富裕層の不活動貯蓄が放出されていくことはたいへんな経済効果があるでしょう。現在の企業活動で成功者を自認する人は、孫さんに続いて欲しいと思います。孫さんとは昔何度かお目にかかりましたが、今後の日本のためにもボランティアで是非主侍医を引き受けたいものだと思います。

▲ページ上部へ戻る

1  2