このサイトは寺下謙三のブログサイトです。

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210216コロナが教える人の道51 国民の努力も報われつつある

2021/02/16

新規感染者数は、なんとかピークをうち明らかな減少傾向を示している。東京都での感染者数の凄まじい増加を見て、大方の国民が危機感を感じ、政府が緊急事態宣言を発する前から、減少傾向が見られたと推測している。10日から2週間のタイムラグを考えるとそうであろう。もちろん緊急事態宣言による外出、外食の自粛要請の効果も加味されて今のような継続的な現象につながっていることは間違い無いであろう。日本大学の広報にある「あと少し!あと少し!」と掛け声をかけたくなる気分ではある。一部の人たちは、年齢にかかわらず感染を助長している行動をしていることは想像に難く無い。しかし、大半の日本人は、自らの感染を恐れることもあろうが、社会全体のためにも自粛の努力をしている。今のところは罰則もないにも拘らずだから、世界的に見ても誇れる部分もあると思っている。これからのワクチン接種についても、いろいろ不安や恐れもあるだろうが、自分のためにも社会のためにも積極的に接種するという気運に従おうと考えている日本人は過半であろう。自分あっての社会、社会あっての自分ということも、このコロナ禍が教えてくれた大切なことと思っている。
それにしても、この1年の出来事はいろいろなことを我々に教えてくれた。僕の「幸せ論思想家」としての思いにも、いろいろとヒントを吹き込んでくれた。今後は「豊かさ・幸せを哲学する」のコーナーを中心に書き進めたいと考えている。もちろんこのコロナのコーナーでも、新しい事態が起こるたびに意見を上梓したいと考えている。

210119コロナが教える人の道50 愚痴・言い訳・人のせい

2021/01/19

テレビニュースに流れる政府要人、特に菅総理の演説(弁明?弁解、、、?)を、聞いていてあまりにも情けなく、頼りなく、新規感染者は高止まり、それもそのはず渋谷など都市部の人の往来は激減どころか、、、という状況、一方、医師仲間からは「すでに医療崩壊は起きていいる!」という悲痛な叫びが聞こえてくる、そんな中、このブログも筆、いやキーボードをとる気にもなれずに、新年のご挨拶から2週間も経った。むむっ、これこそまさに恥ずかしながらの「愚痴、言い訳、人のせい」ではないか!ご拝察の通り、今回のタイトルは、僕が忌み嫌う行動である。人は困難にぶつかり、それに対応できない時に使用する武器として「愚痴・言い訳・人のせい」があるのだなと認めざるを得ない。政治家の大きな役割は、いろいろあろうが、なかんずく二つあると思っている。リーダーシップをきちんととり、判断決断を厳格かつ迅速に行い、配下の専門家たちの指揮を取ることだ。それとともに、さらに大切だと僕は思うのだが、自ら模範を示すことだ。この2点において、今の政府、総理はどうだろうか?説明の必要はないであろう。
国民の皆さん、と言ってもこのブログをご覧いただいているのはごくわずかの友人知人のみであろうが、一人一人ができるだけの正確な知識と情報を持つ努力をして、これ以上の感染の拡大に自ら加担することが一切ないように日々の行動を見つめたい。それを日本の人々がなしえたら、数ヶ月後の未来には日の光が見えてくるに違いないと思っている。
たまたま、これを読んでいただいた有り難い皆様。ぜひ周囲の皆様の模範となっていただきたい。

210105コロナが教える人の道49 いよいよ山場だ!

2021/01/05

新年おめでとうございます。

と言っても、そのような状況ではない。みなさん、今まで経験したことのないようなお正月をお迎えのことと拝察している。
僕の零細な事務所でも、コロナ感染についての相談が年末から急増している。
これからの2、3ヶ月は、今回のコロナ禍の山場だと武者震いをしている。効果がありそうなワクチンの供給が目前である。しかし、感染の拡大は急激で、すぐ近くに感染者が出現している。まるで、映画の中のクライマックスシーンの如きの窮地の状況である。2度目の緊急事態宣言も目前である。国や都のリーダーたちが、責任の擦り合いに近い状況での、緊急事態宣言や飲食店の時短要請など、若干(かなり)嘆かわしい部分もあるが、とにかくこの数ヶ月は、感染しない感染させない行動に注力すべきところである。
みなさんがたも、それぞれの立場や状況で最大限考えての行動を期待している。コロナ前の行動から、してはいけないことを引き算していく考え方を変えてみるのはいかがだろうか?何もしないでじっと家にいるのが感染症防御の観点からではベストだが、そこを基本に据えながら、各人の職務を果たしたり、生活の潤いも考えての行動を足し算していく考え方が分かりやすく効果的ではないだろうか。

短文ではるが、取り急ぎ緊急メッセージとして掲載する。

2001218コロナが教える人の道48 「リメンバー GO TO!」

2020/12/18

3週間前に書いた「悪い予感が的中してしまった」が、事態はさらに悪い方向へと拡大進行している。果たして、ワクチンが入手できて多くの国民に摂取できるまで持ちこたえることができるのだろうか?
それにしても夏前に感染者が一旦下火になり、新宿歌舞伎町のクラスターが震源地であることをせっかく突き止めたのにも関わらず、強い対策が取れないまま、全国の繁華街に飛び散り、今や一般家庭まで浸透してしまった。(新宿中心の感染のピークは第2波、11月ごろからの感染拡大を第3波と呼んでいるが、僕の個人的な見方では、第2波は第3波の前兆であり繋がっている、と考えている)。「家庭内感染が問題!」と結果に対してあれこれ論議しているのが現状である。第2波初期に十分強力な対策が取れなかったことへの反省と今後の改善に対する強い意志が見えてこない。それどころか、国は(政府は)「GO TO」事業という感染を拡めるアクセルを踏みっぱなしである。(国民の内閣支持率の急落を受けて、ようやく年末年始限定で停止することに合意した』その理由として、「 GO TOが感染を広めていると言う直接証拠はない!」と言っている。僕はいつも言っていることだが、小説の中でも、現実においても「『証拠を出せ』という人は犯人であることが多い。総理の言うところの「公助」とは一体なんだろうか?高齢社会の是正でも企んでいるのか?はたまた観光業会などとまたもや利害のつながりでもあるのか?
コロナ治療の最前線で過酷な労働を担っている医療従事者たちは、春ごろから「GO TO」どころか、親や親戚、離れた友人などとも会っていないと聞く。それどころか、ボーナスなども減額されている人も多いらしい。病院が赤字だからである。それこそ、コロナを乗り切った時にこそ、そういった医療従事者のために、「GO TO」として、我々の税金を投入して心からの感謝を持って慰労をしてあげるべきではないだろうか?それなら国民は納得するのではないだろうか?

国民をギリギリの窮地に追いやっているのは紛れもなく「経済優先と称する、感染拡大に対する無策どころか感染を助長している政府の態度」である。もちろん、そればかりが原因ではないだろうが、大きな要因になっていることは、直接的証拠がなくても良識的かつ常識的推論から明らかである。
例えば、100年前のスペイン風邪の例をとっても3年で収束している。ましてや、進化した医学医療技術がある現在では、1,2年で押さえ込むことも期待できる。経済をなんとか持たせて、コロナがある程度落ち着いてから、V字回復に持ち込むことこそ政治の手腕ではないだろうか?

毎日のように、総理や官邸の人々の心のこもっていない(としか思えない)コメントを聞いていると腹立たしくまた情けない。最前線で、使命感のみで踏ん張っている医師や看護師はじめとする医療人たちへのリスペクトは全く感じられない。もともと医療を締め付けようとしていた政策を実行中だった時であったからだろう、という話も聞く。まさかとは思うが。一線の医療人が必死で働く中、国民の税金を使って、8人の大勢で、一人数万円以上もするステーキハウスでマスク会食も実行せずのうのうと舌鼓を打っているお姿を想像すると身の毛がよだつのは僕だけだろうか?

次回の総選挙の時には、この感染者急増の最中、「GO TO」を推し進めている政治家たちがとっている行動、言動を忘れてはいけない。いずれコロナ禍は収まるであろう。その時は、そんな政治家たちはまるで自分の手柄のように話すであろう。想像しただけで身震いする。
自助努力で、感染対策をきちんと行い、「GO TO」などに目もくれず、人との接触を極限まで我慢してきた多くの国民と、自らの命をかけてコロナ医療の最前線で対峙した医療人と、そのために手薄になった他の医療を支えてきた人々にこそ感謝しないといけない。彼らの懸命な姿の報道を見ると涙が出てくる。そういった人々で「国民の命を守る党」でも結成してくれれば、票を投じる国民は少なくないであろうに!

201116豊かさ・幸せを哲学する2 基本理論NFD&GMC

2020/11/24

「豊かさ」や「幸せ」を意識する年代は特定されるだろうか?若い時は、仕事を中心にバリバリとまたはあたふたと忙しない毎日で、そのようなことを考えている余裕がないかもしれない。シニア世代になって、過去を振り返ることが多くなったり、人生の先が限られてきて、ようやく「私の人生はこれでよかったのか?」と考えてしまうことが多くなるような気がする。もしくは、その対極にあるのだが、まだ社会に出ない少年青年期にも「幸せ」を意識する時代があるようにも思える。「幸せの青い鳥はどこにあるのか?」と。
まずは自分自身が直面している、シニアにとっての「豊かさ・幸せ」を中心に考えていこうと思う。キーワードはたくさん思いつくが、僕が考えている二つの基本理論をまずご紹介したい。
「老年よ、目先の夢を追いかけろ」をモットーにした「NFD(Near Future Dream)理論」である。「少年よ、大志をいだけ」をもじったのであるが、もちろんその考えを否定しているものではない。「夢」は「若者」と相性がよく、「シニア」とのマリアージュはしっくりこない。でも、「夢」や「希望」がなくなると、人生は暗くなる。ただでさえ暗くなりがちなシニア。そんな中、常に「夢」を持ち続ける工夫が、このNFD理論である。
もう一つの基本理論は、「過去の栄光に浸ろう」とも言える「GMC(Good Memory Chain理論」である。説明無用だろうが、「過去の栄光にすがるな!」をもじったものである。
「豊かさ・幸せ」には、物質的世界より精神的世界の方が大きく関与するという僕の考えが底辺にあるから、「思い」というものを貴重品と考える。
今後、この二つの基本理論を中心に、「豊かさ・幸せ」について、思考を巡らせていきたい。お付き合いいただければ、幸福論思想家を目指す僕にとって、この上ない喜びである。

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