このサイトは寺下謙三のブログサイトです。

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2020/01/21 全人的医療の意味するもの  

2020/01/21

専門特化して狭い視野にたちがちな現代医療に対して、若干の批判的意味合いも含めて「全人的医療」なる言葉がよく使われる。しかし、その使われ方は多彩であり、僕としても賛同できるものからかなり怪しげな使われ方に感じるものまでいろいろである。一般的に多いのは、心身医学の立場から身体的、精神心理的な両面から病気や健康を考えていく場合に使われる場合だ。また、最近ようやく日の目を見るようになってきた「総合診療」などの分野でも使われることがあるかもしれない。一方、代替医療の分野でも、専門的になりがちな西洋医療を「部分を見る医学」と批判し、「全人的医療」の大切さを喧伝している場面を時々見かける。こうなると少し論理の飛躍を感じるがいかがだろうか?

若い医学生たちに「これからみなさんは、いろいろな専門分野に入り、探究心を持って極めていくでしょうが、常に広い視点から考えることも同時に行うことが大切です」と口癖のように話している。そういった僕の影響なのであろう、消化器外科医の専門を研修10年目の我が息子も「臨床の現場でいると、全人的医療の大切さを実感する」などと後輩の医者や医学生、患者さんがたに切々と話しているのを見て、思わずニタっともするのだが、果たして「全人的医療」とはなんぞや?と自分に改めて問いかけてみた。

ある専門的な病気で患者さんを診るとき、心身両面かつ生物としての人間全体の機能や病態を考えつつ診断や治療のプロセスを考えていかなくてはいけないという従来からの意味合いとしての「全人的医療」は、「総合的な視点と専門的な視点を融合した医学医療の考え方」と言えよう。
医学も他の分野のあらゆる職業と同じく、人の幸せにいかに寄与できるかということが最重要点と僕は考えている。当たり前のことのようだが、となると、「全人的医療」を考えるときには、人(患者)それぞれの価値観が大きく関係してくるということになる。ここがかなり難儀なことになる。医学医療の二大目標は「命を永らえる」ことと「痛みなど苦痛を最小限にする」ことであるということに異論を唱える人は少ないであろう。50年、100年前を考えてみると、この二大目標はかなりいい線に来ているのではないだろうか。しかし、医学と幸せを考えるときに、大きく立ちはだかる問題は「不安」である。50年前に我々が抱いていた健康や医療に対する「不安」の解消は、果たして、いい線まで来ているであろうか?答えは「ノー」である。
「全人的医療」を定義するときに、この「人それぞれの価値観、特に不安」について追求した医療をもう一つの大きな柱として考えなければならないと僕は考えている。

「哲学」ブームは、いつの時代にもある。「哲学」の意味はなんですか?と真剣に聞かれたら困ってしまうが、「何に対しても、ふかーく、ふかーく、よくよく、考えること」と言ってしまっては身も蓋もないであろうか?深く考えなくても楽しく生きられるし、考えすぎて苦しむことも多い。考えることが好きなら、考える癖をつけましょう、結構面白いですよ!という具合であろうか。これもそれぞれの価値観と言える。

幸福論思想家を目指す僕としては、この場でも、いろいろな考えを自由に発信している。今後、価値観、安心を追求した医療の考え方論議をこの場で展開していきたいと目論んでいる。気になる方には、ぜひお付き合い願いたい。

認知言葉療法 1904主侍医通信より

2019/07/22

僕は、言葉遊びが好きなのですが、診療でも「認知行動療法」をもじって、「認知言葉療法」と名付けた心理療法を実践しています。言葉を思い浮かべたり、囁いたり、歌にすることは、人間にとっての最強の行動だと思うからです。よく「座右の銘」と言われるのも、自分を励ましたり慰めたりする「言葉」の力を感じているからです。

僕の医療活動でも、理念やモットーなどを色々な言葉で表しています。

「あまり色々な表現をするから、わかりにくいし、覚えにくい」と歴代のスタッフからお叱りを受けることが多々あります。

事務所活動の基本方針としては、

「手を抜かない、諦めない、やり過ぎない」

「知識は最強のワクチン」

「奇跡的医療ではなく、奇跡的安心を」

自分に向けても、若い医師たちへのメッセージとしても

「能力を磨く能力(能力を出し切る)」

「強烈な熱意(熱意を煮え滾らす)」

「ゆとりの誠意(自然な献身)」

などがその主なものです。

 

最近、使い出した言葉に

「真剣な健康管理を!神経質な健康管理ではなく」

つまり、我々の活動ポリシーは「真剣に健康管理をしようと考えている人を徹底的にサポートする」となります。

そしてその基本は「知識は最強のワクチン」です。

「知っていると知らないでは大違い!」

「病気のことを知っている」

「早期の症状を知っている」

「人間ドックなどの結果の解釈を知っている」

「自分の病気や症状に合った専門医を知っている」

「相性の合いそうな医者を知っている」

「まず相談できる医者を知っている」

などなど、、、、真剣な健康管理も結構大変ですね。

 

しかし、本来の仕事で超多忙な方には、それらを丸投げしていただくのが、我々の事務所のメイン事業「主侍医倶楽部」だと考えております。疑問に思うことなどは、我々専門家が代わりに調べ、まとめ上げてから提供します。

とは言っても、時間が許されれば、毎月行っています「テラ小屋医学塾」にぜひご参加ください。知識の強化だけではなく、現役の東大医学生の講義を聞くことは楽しく、日本の未来への希望も湧きエネルギーをもらえます。

毎月第1火曜日6時半からです。

新年早々老化の嘆き?2019年初の主侍医通信より

2019/02/25

厳しい寒さも過ぎ去るようだとの気象情報に安堵していますが、インフルエンザの大流行も静まってくれることを願っています。恥ずかしながら最近は様々なところで老化を感じています。寒さにも暑さにも弱くなったことを認めざるを得ません。ゴルフでは飛距離もガタ落ち、記憶力も危うい、などと新年初の主侍医通信で、自らの愚痴を並べるつもりはないのですが、、、。諸先輩がたの主侍医を拝命している立場でありながら、弱気のように聞こえるかもしれませんが、皆様方の気持ちも身に染みて理解できていますと解釈いただきご容赦ください。老化とともに、全ての能力が低下しているわけではありません。主侍医にとって一番大切な、判断力については、経験値がより高まり、柔軟性や寛容性も加わりつつあると自負しています。また、専門医のネットワークは、同年代から若手にも、広まり深まる一方です。また、息子の勇祐ドクターも東京逓信病院の外科医、救急医として活動する中、皆様方の主侍医のアソシエートとして活躍する場面も増えてきました。ご安心ください。

朝のバラエティー番組では、芸能人などの著名人の病気や訃報について大きく取り上げられます。主侍医としても、「医学的に危うい報道はないか?必要以上に不安を掻き立てる内容ではないか?」など、ハラハラしながら見ています。最近では、堀ちえみさんの「口腔ガン、舌癌」の報道が印象的です。不安になられた方も多いでしょう。「もし堀さんの主侍医だったら、もっと早く対処できていただろうか?」いつも、このように「もし主侍医だったら?」と自問自答して、朝方から悩み苦しむことになるので、朝のバラエティー番組が怖いくらいです(マジに!)。

「なんでも気になったら気軽に相談」が主侍医会員の最大のメリットですし、「どんな相談にも真剣に対応」「患者さんの最強の味方の医療コンサルト専門チーム」「不安を取り除くことも大きな目的」を信条にしている我々です。今回のケースも、後追い我田引水的かもしれませんが、「テラ先生、なんだか口内炎が治りにくく、舌の一部が硬い気がするのですが?」と電話いただいたとしたら、1週間以内には口腔外科の専門医(例えば、具体的には東大の口腔外科チームと連携があります)に橋渡ししていただろうと推定しています。その数ヶ月の差で、舌癌が完治できるとは言えませんが、少なくとも治療方法に多少の差が出る可能性が高いとは思います。

気になることがある場合は、まずは気軽にご相談ください。全ての問題を解決できるなどと大それたことは言えませんが、出来うる限りの不安解消にお役に立つことが任務だと心得ております。

 

 

 

 

(主侍医活動報告、諦めない、手を抜かない、やり過ぎない)

昨年の大晦日の日です。主侍医会員のMさんから息子の緊急専用電話に連絡が入りました。ご主人Kさん(88歳)が高熱で、意識が朦朧としている。肺炎を疑い、かかりつけのS病院に受診するようアドバイスしました。Mさんは、病院と連絡を取った上で、救急車で駆けつけましたが、あまりにも重篤でS病院では対処できない、とのことで我々に再度、連絡がありました。状況から、命の危険性も極めて高いと判断されました。大晦日ですから、都内といえども救急体制が整った病院を見つけ搬送するのはかなり困難な状況です。息子の勇祐ドクターが勤務する東京逓信病院の当直を調べると、幸運なことに呼吸器内科のドクターがいることがわかり、救急受け入れの承諾を得ました。Kさんとは、13年前に、肺炎でS病院に入院中に、当時の治療担当主治医よりの往診依頼で拝診したのが最初です。その時も、厳しい肺炎で、ご家族も治療担当主治医チームも助からないかと思っていた状況でした。奇跡的と思われる回復ぶりで、やせ細った身体もみるみるふくよかになられました。そのことがきっかけで、奥様のMさんが、私と主侍医の契約をしていただくことになりました。

Kさんは、その後も何回か誤嚥性肺炎を繰り返しては、重篤な状態になられましたが、回復しています。

最近では、Kさんは生活上の補助がかなり必要な状況でしたが、Mさんの筆舌しがたいほどの懸命な介護により、自宅にての生活を続けてこられました。「筆舌しがたい」の一言では、到底説明できないくらいの介助、介護で、根底にある愛情の深さにいつも感銘を受けていました。

「今回ばかりは無理かもしれませんね。これ以上苦しめたくない気もするし。息子たち(長男、次男(医師)、長女)は、できるだけの治療はしたいとは言っていますが」と、覚悟は決められているご様子でした。

入院時の検査データからは、厳しい肺炎で、呼吸状態も悪く、いつ危篤になってもおかしくない状態でした。

お正月にも関わらず、治療担当主治医チームの懸命な治療とMさんを中心としたご家族の温かい励ましで、一旦回復の兆候を見せましたが、再度、誤嚥を起こしてしまい、重篤な誤嚥性肺炎の状況に陥り、意識もなくなり、酸素濃度の低下、二酸化炭素の上昇などで、今度こそ回復は無理かと思われました。Mさんも「これ以上の治療は苦しみを与えるだけかもしれない」と愛情に溢れるが故の弱気になりました。私も病棟に駆けつけ、今後の方針をどうするか、ご家族や治療担当主治医チームと面談を繰り返しました。治療担当主治医チームのチーフのS先生も病棟担当の若いE先生も、「あきらめずに治療する」という気持ちでいます。これは当たり前のように見えますが、実際的には、とても有り難いことです。回復の可能性も信じている証しでもあります。E先生は、つい先日私の主催する「寺子屋医学塾」の講師を担当してくれた熱意ある大学の後輩でもあります。ポーカーフェースの顔つきながらもファイト満満です。S先生も、冷静に対処してくれています。何度か話をしているうちに、Mさんは、大方あきらめながらも、「もう一度少しでもいいから話しをしたい」という思いが根底にある、と私は確信し、迷っていた「バイパップ」という呼吸補助マスクを使用する決断を主侍医として説得しました。気管挿管一歩手前の呼吸補助とイメージしていただければご理解いただけると思います。(挿管による人口呼吸はしないというコンセンサスはありました)バイパップ装着後、酸素濃度も上昇しましたが、今度はいつ外せる時が来るのか、という判断が迫ってきます。

治療担当主治医チームとご家族の懸命な努力のおかげで、数度目の奇跡がやってきました。つい先日、東京逓信病院を退院し、リハビリ目的で、自宅近くのS病院への転院が叶ったのです。Mさんから「少し食べられるようになりました。元気になったので、余計に手がかかるくらいです」と喜びながらのご報告を受けました。「実名入りでいいから、皆さんに報告して!」と有り難いお言葉もいただきました。

治療担当主治医チームの皆さん、感謝します。

そしてMさん、Kさん、感謝します。今回私どもの信条である「諦めない」「手を抜かない」「やり過ぎない(ちょっとやり過ぎかな)」をスタッフ一同体現できる機会をいただきました。

じっくり、ゆったり、安心第一 2018年最後の主侍医通信より

2018/12/28

光陰矢の如し、年末の常用句にもならなくなった感じですが、時の過ぎゆく速さを恥ずかしながらも嘆く日々です。今年の年賀状に書いた「じっくりゆったりと」を思い出し、苦笑いを禁じえません。

今年の7月に北海道に住む義理の父を亡くし、元旦の賀状を控えさせていただきますことをおまずお伝えいたします。医師として北海道の地域医療に尽力し、その功に対して晩年には叙勲し喜んでおりました。そして最後は、数々の医療のお世話になり、その有り難さを噛み締めました。患者側の身になっても、大切なことは「安心」だとしみじみ思いました。危篤状態で、いよいよ危ないとわかっていても「安心」することは有り難いとは、何だか不思議です。

幸福とは何か?最近はいつも自問自答しています。「安心」「自由」「快適」「ワクワク」「満足」「感動」「快感」キーワードは色々出てきます。必要条件は「安心」で、その他は十分条件かなあ、とも思えます。

11月末から、1週間、次男が滞在するパリに行ってきました。ちょうど、激化するデモ騒動と遭遇してきました。そんなことがなくても、異国の地では、言葉も「不自由」で、注文しても予想したものが出てこず「快適」とは縁遠いのですが、電車の中では強引なスリに合いそうになり、「不安」で居眠りどころではありません。海外を旅するたびに、「日本は住みやすい」ことを確認する始末です。一方、日本にはないものを味わうこともたくさんあります。日本(東京)では、バラバラの趣味の建物が乱立し、いつも工事中というのは残念で落ち着かない気がしますが、パリの街並みは、どこに行っても美しく「ワクワク」します。

十分条件を片っ端から取り入れようとすると、「幸せ」は逃げてしまうのかもしれません。

少なくとも、医師として「幸せ」に寄与できることは、「安心」を底辺に、「自由」「快適」に生活できるようにお手伝いすることが任務だと思っています。我々、主侍医チームが皆さん方の不安を容認しているようでは意味がありません。そんな時は、ご遠慮なく叱咤いただき、何なりとお申し付けください。

患者意思伝達支援とは  1808主侍医通信より

2018/08/20

記録的な猛暑が続く中、挨拶の最初の言葉の多くを「暑いですねえ」が占拠しているのではと拝察しています。今まで経験したことのない気温ということで、どういうことが起こるか予測がつきにくいこともあります。皆さん、暑さの中では、控えめな行動を心がけるようにお願いします。

我々の事務所の業務を説明する時に、使う言葉がいくつかあります。

「医療意思決定支援」「患者意思伝達支援」ということもその中心となる言葉です。重大な病気は当然のことですが、些細な病気の時や人間ドックの項目選択などにおいても、意思決定をすることは結構困難なことが多いものです。その時の負担を少しでも軽減することにお役に立てればと思っています。また、医師に受診する際に、これから受ける医療についての希望や考え方を伝えることは、表面上は「なんでもお好きな希望をどうぞ」と言われても、なかなか希望を伝えることはできません。「こんなことを言っても、担当医は気分を害さないだろうか」「そもそもこんな希望は無理なのか?」などと思ってしまいます。ここが我々の仕事のもう一つのセールスポイントと言えると、その重大な使命感の認識を日々深めています。皆さんからみると「そこをうまく活用すると有難いサービス」となると思います。自画自賛のようですが、専門医への橋渡しや、患者意思伝達紹介状作成作業や専門医との様々な交渉に際し、我々スタッフは喧々諤々、息子勇祐ドクターとは、どちらがクライアントのメリットかの論争で、親子ゲンカすれすれまでの舞台裏活動をしています。時には、長年交流を続けてきた専門医ともギクシャクし、ひやりとすることもあります。

というような舞台裏ですが、我々主侍医スタッフにはなんでも遠慮なくご相談いただければ、様々な調整役を担当させていただきたく思っています。

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