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役員報酬1億円開示に思う

2010年06月24日

最近の新聞紙上を賑わしているもののひとつに「役員報酬の開示」問題がある。1億円以上を開示すると最初に聞いた時に「そんな高額なのは滅多にないよ。その半分位から開示してもいいのではないだろうか」と思った。ところが、豈図らんや。続々と登場するではないか。驚きであきれかえってしまう。そしてまた、開示に反対する経済界の重鎮たちがいることを知り、不思議に思っている。アメリカなどと比べると、1億円くらいの年俸は低いと言っているご仁もいる。話しにならない。そういう人たちは「勤務医と開業医の報酬」論争の記事をどういった思いでみていたのだろうか?彼ら役員報酬開示の金額の大凡10分の1以下のレベルでの論争なのである。

僕は、報酬やら儲けには限度があるべきだと考えている。普通に質素に生活すれば、今時は、年俸300万円でも暮らせると言われている。かといって資本主義の現在、世の中の発展のためには「頑張って稼ごう」というような向上心が働くエネルギーとして必要なことくらいは理解している。そのためには、必要最低限年収に近い額の10倍かせいぜい20倍くらいまでの格差は容認しないといけないであろう。しかし、それ以上は、そもそも過剰なのである。一般的に過剰なものは還元せねばならぬものだ。さもなくば破綻がいずれ訪れる。お金を中心に(実際は、お金だけでと言ってもいいくらいだが)物事の価値判断をせざるを得ないアメリカ型経済価値観が世界中に蔓延している。スポーツ選手も芸術家も学者もただのお金持ちも同じセレブというくくりで集まる最近の風潮。面白味がなくなったと思っていたが、危険な徴候を示している。相撲界の事件がその例かもしれない。そして、我々も、情けないことに、音楽家でも画家でも(医者でも)有名であることや肩書きや所属先などだけで評価をしてしまう。勿論、実力があったからこそ有名になったのであるが、何事も行き過ぎはよくない。

話しを戻そう。役員報酬について。「会社の業績に見合った額である」「経営者の特殊な能力で会社は巨大な利益を上げたのだから当然」尤もな話しに見える。人間の能力の格差は歴然たるものがあって、一握りのリーダーが歴史を塗り替えてきたし、天才の発明により、我々は当たり前のように電気文明を享受し車にも乗っている。才能ある者は、世の中のためにつくすものだから、それはそれでいい。しかし、才能ある者が、弱者から搾取することとは随分違う。歴史を塗り替えるくらいの才能は希有なものだが、弱者から搾取するくらいの才能はたいしたことはない。極端な話しをしたが、こういったことを防止するためにも、大企業の役員報酬の制限をするべきだと僕は思っている。そもそも大企業は(マスコミも一緒だが)、それだけで巨大な力を持っていることを自ら認識すべきだからである。いくら優秀な人でも、個人の力ではなしえないことが、大企業の看板があるからできるのである。その大企業は、過去の多くの人の力の結集で大きくなったのである。業績に直結連動する報酬システムを取っているから当然そのようなやり方になってしまう。役員が数多くいる大会社には、大した働きをしないのに、毎日、会社のお金で飲み食いだけしているような人が結構いると聞く。大病院で、50歳を超え部長クラスになった今でも当直業務を週に1度以上やり、早朝から夜遅くまで勤務する優秀な医師たちの報酬の数倍をそんな人たちでさえ貰っているとしたら、搾取以外のなにものでもない。

医療界を理解して頂き、[医療崩壊]を食い止めたいために、この文章を書き始めた。高額役員報酬をもらっている人たちの言い分は、大きな声では言えないだろうが、「私の優秀な経営能力で稼ぎ出したのだから。報酬の格差は、人間の優劣があるのだから仕方ない」と思っているのであろう。では、優秀論について、俗っぽく考えてみたい。学生時代を振り返ったり、子供たちの受験について思い出してほしい。「いい大学に入りなさい。東大、京大を目指しなさい。国公立の医学部をなんとか。」僕たちが、ある程度大人になって迎える最初の登竜門が大学受験であることを否定する人はいないだろう。そして、国公立の医学部がいかに難関であるかは、ほとんどの人が知っている。勿論、大学受験ごときで人間の優劣は決められないが、ひとつの尺度であることは、誰しも認めているからこそ「学閥」なる言葉もあるし、高い授業料を払って有名予備校にいったり、有名受験校を目指す訳だ。そんな医学部OBは、一流企業の役員たちと、平均的に見て遜色のない優秀な一群である。その群間の平均年俸には数倍以上の開きがあることをどう考えるか。先ほど、例に挙げた50歳の大病院部長の平均的年俸は1000万円台くらいだ。また、どんなにのぼり詰めて、日本を代表する病院の院長になったり、大学の医学部長になっても3000万円を超えるとは思えない(実際、調べた訳ではないが)。勿論、魂か身体を売ってまで稼ぎまくると言われる医師もいるだろうが、たかが知れている。

では何故、受験戦争で勝ち抜いた彼らが、そんな低報酬(大企業の役員から見れば)の世界でいるのか?答えは簡単だ。お金以外の価値観で生きているからである。人のために尽くす喜びを知っているからだ。しかし、最近、医療紛争ブームを契機に、医師を敵視する傾向が高まり、善良な医師たちのマインドが急低下してきた。そうなると医師の価値観が揺らぐ。他の企業人のようにお金の価値観を優先するようになるかもしれない。すでに危険な徴候も出てきている。エステサロンのような「お客様は神様です」的クリニックが増えてきたし、東大の医学部を卒業して、外資系の証券会社に就職する人も出てきた。頭のいい人はさすがに先見の明があるのだなあ、と仲間内でも苦笑いだ。「医師という職業には、偏差値70を超えるような秀抜性はいらない。まずまずの頭脳とすぐれた器用さと盤石の体力を持ち、きちんとした使命感が根底にあることのほうが重要だ」というのが僕の持論である。ならば、東大の医学部など受験戦争の権化のような特殊なところでは、卒業しても他の分野に行くことは気にせず、むしろ医学部の過剰人気が低下し、医学部の受験が易しくなり、むしろその考えにとっても好都合では?とも反論される。部分的にはその通りだが、日本はとかく行き過ぎる傾向にあるから、ある程度以上優秀な人材が医学部で確保できなくなる時代がくるかも知れないと危惧している。

世界に誇る日本の医療水準を守るために、みなさまにより深い理解をしていただきたく、かなり過激な思想を書いた。

次の機会に、資本主義における「美しい稼ぎ」のあり方について意見を述べたい。

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「戦中・戦後子育て日記」を読んで

2010年06月17日
先日、いとこの一人から本が送られてきた。亡き母のお姉さんの三男にあたる方である。その叔母は昨年95歳の長命で亡くなった。その遺品の中に古びたノートがあり、子育て日記だと分かったらしい。兄妹4人で相談した結果、その日記を本にしようと考え、標題の本が生まれた。象の森書房というところからの自費出版である。その伯母さんには、僕が小さい頃から可愛がってもらい、いとこ達もみんな年上で兄貴分、姉貴分でよく面倒を見てもらったことを記憶している。僕の母は末っ子特有の甘えん坊で、人見知りをよくする息子の僕がいうのもなんだが、「とても気の弱くて優しくて可愛い」人だった。叔母は、学もあり、教師をしていたというだけに、気品と知性があり、「けんぞー、、、、、、したほうがいいわよ」なんて言われると、背筋がびしっとするような威厳があったように記憶している。 その伯母さんの、子育て日記というからには、よほど厳しい指導書みたいなものかなあ、と丁度実家の和歌山に向かう途中の車中で読み始めた。 1日目「たあちゃん(長男のたかしさん)、大きくなってこれを四でちょうだい。そして父ちゃんと母ちゃんがどんなにあなたを愛したか、それを考えてどうか曲がった道に入らないようにしてちょうだい」という言葉を読んで、何故か胸がつかえてしまった。あの利発で冷静な伯母さんの言葉に驚いたのか、早く亡くなった僕の母に思いが重なったのか、自分の子供のことや、妻が息子に対して感じているだろう気持ちとだぶったのか?恐らく、それらが複合体を作ってこころをえぐったに違いない。 そのまま、一気に読み切ってしまった。 ただの日記の文章だけだが、昭和16年から昭和28年までの世相が、すごくリアルに伝わってくる。これは僕の母のお姉さんの特殊な日記ではない。当時の親たちの平均的な状況を表している。子育ては、子供の病気との闘いでもあった。今だったら、抗生物質ですぐに治るのになあ、など仕事柄気になる部分もある。 その伯母さんが長男を生んだ頃、東京にいたことを初めて知ったが、長男のたかしさんが、長患いしたときに、僕の母(まさこ)からの電報が届いた。「マサコイコウカ。ヘンマツ」という単純な一文。その時の母は、まだ十代であったろうから、僕などは影も形もない運命にひらひらしている頃である。 しかし、この電報の一文のリアリティといったらすごい。心配性で優しい母の顔が浮かんだ。勿論、そんな若い頃の母は知らないのだが。 こんな私的な日記であるが、子育て中の皆さんにもチャンスがあれば是非見て欲しいなあと思う。アマゾンで購入できるらしい。 僕の最近のテーマである「命よりこころ」を、ものの見事に再確認させて頂いた本である。

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「はやぶさ」と事業仕分け

2010年06月15日
昨日は、久々に明るい話題が日本に訪れた。それも2つも。ひとつはサッカーワールドカップで大方の予測に反して、カメルーンから初勝利を奪った。あまりサッカーに興味がない僕にとってはたいした出来事ではないのだが、日本中が盛り上がった様子をニュースで見て、それなりに嬉しかった。 もうひとつは惑星探査機「はやぶさ」の地球帰還のニュースである。朝食時に妻とテレビを見ていて、二人とも目をウルウルさせてしまった。特に、大気圏突入前,最後に撮った地球の写真がまるで涙でかすんだように写っているではないか!愛らしくて、可哀相なその最後の「はやぶさ」の姿を想像しただけで泣けてきた。それからまもなく燃え尽きることになったわけだ。 この宇宙事業には多くの無邪気で夢のある研究者やスタッフが関与しているのだろう。国家予算からみれば相当な経費がかかり、今回の事業仕分けの対象となったと聞いた。「役に立つかどうか」は一体、どういう判断でするのだろうか。政治家や企業のトップたちが私腹を肥やすための税金や会社の経費の無駄使いとは全くの別物ではないだろうか。確かに、3億キロも離れたところに宇宙船を飛ばしても「なんぼのものか?」といったところであろう。しかし、どれだけ多くの人がこのニュースに心を明るくしたり、癒されたり、夢を持ったことだろう。これが無駄使いと一緒かどうかよく考えてみる必要があると思った。僕の持論の「お金には印がついている」を実感した。「生き金」とはなにか再度考えてみたい。

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東大卒業式に参列して

2010年03月26日
昨日平成22年3月25日、安田講堂で行われた東大卒業式に来賓として参列させて頂く機会を得た。各学部から同窓生2名ずつの参列で、マントと角帽を身につけて式のあいだずっと壇上に座ったまま卒業生たちを見守る役割である。インターネットで生中継があることを開始の1時間前に知り、あわてて友人や知人に連絡した。為になるかならないかは別として、一般の方が東大の卒業式の内部をライブで見るチャンスも少ないと思った。間に合ってみて頂いた友人からは「笑顔しか見ていない私たちにとって、寺下さんのやや緊張気味の真面目な顔を久々にみた」「あのマントは自前なの?」「寺下さん以外の来賓の肩書きはすごいのに、、、」などの感想を頂いた。最近、笑うことが少なくなったと思っていたから、友人から「笑顔以外みたことない」と言われて安心した。笑顔が一番の健康管理だし、医師としても患者さんへの一番の処方だと思うからだ。マントは勿論自前ではなく、大学から借りたものである。確かに肩書きはひけをとっていたことは否めない。 濱田総長の告辞のキーワードは「多様性」であった。昔はあまり聞かなかった言葉だが、今日はこの「多様性」は様々な場面で登場する。大学で専門分野を学んだことであろうが、様々な多様性に対応できるたくましさを持って欲しい、ということを強調された。それに応えるように卒業生代表の答辞では、「どうしたらひとつの目的のために多くの人が協力し合えるのか」というテーマを自ら投げかけ、「それはとても難しいテーマだが、それを乗り越えた時に、人々に感動や幸せをもたらす成果が得られる」と話していた。本当にその通りだと思う。価値観が多様化した今だからこそ、人々が協力し合うことが大切である。個人を大切にするあまり、少し意見や信念が異なると心底からの協力が出来なくなってきているのが現在の特徴ではないか。今の日本の政治を見れば一目瞭然である。大抵の政治家は取り敢えず「国民の幸福を願っている」はずである。にもかかわらず、手法の少しのずれから大きな反駁が生まれ、その結果、相手を非難牽制することに労力の大半を奪われているように僕には見える。この答辞を述べた若者のように純粋な気持ちを思い返して欲しいものである。かく言う僕も、自分に言い聞かせた。 卒業式の後の、懇親会で濱田総長とお話しする機会があり、「この数年、学生たちの元気も底打ちし、少し上昇に向かっている気がしています」との嬉しいコメントを得た。最近、僕もそう感じていたからである。日本の先行きの不安もあるが、次世代を担う若者たちも捨てたものではない。彼らを真剣に応援するのが我々の世代の役割であると思っている。余談であるが、「あなたの医療判断学や主侍医の仕事は、手間暇がかかって大変ではないですか。とても必要なことだと思うのですが。(民間ではなく、大学みたいな)うちでやっていかないといけないことですね」と濱田総長より慰めと励ましのお言葉を頂いた。さすが多様性にすぐに対応できる方は理解が早いと頭が下がった。 というわけで、母校の卒業式の参列により、卒業生を励ますどころか反対に学び励まされた次第である。

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感染症学術セミナーを開きました

2010年02月24日
2月6,7,13,14日と2週間続けて、土曜日曜の全日を通して、一般人向けの学術セミナーの企画運営を行った。主催者であるNPOりすシステムさんから「新型インフルエンザ騒ぎに際して、我々一般人はもとより、町の行政担当者や多くの人と関連する仕事である学校やホテルなど、またご遺体を扱う葬儀関連の人などが、あまりにも感染症のことに無知であることに気付いた。勉強会の企画をしたい。」と相談に来られた。このNPOの代表の松島如戒さんが私どもの主侍医倶楽部のメンバーでもいらっしゃるからでもある。松島さんは、ユニークなお仕事をされているが、この場では説明しきれない。興味ある方は、朝日新聞の過去の記事の検索をして、2008年11月のフロントランナーをご覧頂くとよい。ともかく、何事にも積極的でリーズナブルな基本理念の元に自由な発想で行動する。周りはたいへんであろうが、本人が自ら動くから仕方ない。今回のセミナーの話しに際しても、松島さんがあまりにも熱心なので、知らぬ間に引き受けてしまっていた。話しはだんだん大きくなり、半日のセミナーが本格的なカリキュラムに変わっていき、結局は90分講義が15単位のものとなった。インフルエンザだけでなく、解剖学や精神神経免疫学を含み、感染症も寄生虫からプリオン病までのまるで医学部の講義を思わせる内容である。講師陣も、僕の交遊だけでなく、スタッフがあちこち適任の人を探して、各分野の専門家10名と僕とスタッフのドクターの総勢12名で担当した。 カリキュラムを載せたパンフレットを改めて眺めると「これは素人にはきついなあ。居眠り族が増えるかもしれない」と心配していた。 受講生は50名前後と予想していたが、当時は100名を超える賑やかさとなりこれにも驚いた。それにも増して驚いたのは、受講生の熱心さであった。誰一人として居眠りをしている人はいない。受講票の感想や、直接の声を聞いてみると「こんな本格的な勉強は退屈するかと思ったが、聞いているうちに、医学の奥深さや、人や自然の力を感じた」というような感動に近い言葉が多い。事実、僕自身も医学生に戻った気分になり楽しかった。 「料理の味と同じで、激辛や濃い味はすぐに美味しく感じ、きちんとしただしの味は最初は物足りなく感じても奥深いものです。こういった医学の知識もインターネットやテレビのバラエティ番組のようなものは興味を引きやすいが、薄っぺらだと言うことは認識できたと思います」と閉会の挨拶で話すと、聴衆からは「その通り」という反応があり、このセミナーをやってよかったなあ、としみじみ思った。 今回のセミナーで面白かったのは、講師陣の先生方もおおいに満足したことだ。主催のNPOりすシステムさんは、スポンサーシップをきちんととっていただき、講師の方にも内容を準備するのに余裕ができる相応の費用の拠出をしていただいた。 講師陣は、「一般のひとには難しすぎないかなあ」という共通の不安があったようだが、終わった後「こんなに熱心に聞いて頂き安心し嬉しかった。お役に立てたんだという実感があった」と口を揃えて言って頂いた。本当に善良な医師、医学者たちだなあと僕もいちいち感激した。 これは医療の日常でも言えることだ。医師の懸命の努力と患者の感謝の気持ちのどちらが先かであるが、「そちらが先なら、、、」というのではなく、「双方が先」というのがいい。最近の僕のテーマとして「患者中心の医療を叫ぶ」から「人間中心の医療への復活」を改めて認識した。このことは別段でゆっくり書いてみたいと思っている。

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新年おめでとうございます

2010年01月04日

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親友の急死

2009年02月16日

あまりにも突然、30年来の親友を亡くしてしまった。つい先日お別れの会をしたばかりで、とても気持ちの整理がついていない。文章も上手くかけないが、他のことにも手がつかない。こんなことではいたしかたない。気持ちを整理するために書き留めることにした。
その親友はAという。元々はテニスで知り合った仲だが、最近では日常的に身近にいた。といっても知らない人にはその雰囲気を伝えるのは少々困難である。仲の良い兄弟のようと言ってよいのか、大切な愛犬のようと例えてよいのか、、、。少々不思議である。
私もヨワイ55歳となると、友人を無くすという悲しいことがちらほら出てくる。友人の多さはかなりなものであるとは、自他ともに認めるところだ。「そんなにたくさんの友人がいるのだから、Aさん一人亡くして、そんなにいつまでも悲しんでいたら、他の友人に悪いよ」とも慰めてくれる友人もいる。一般に数多い持ち物の一つが無くなるのは、貴重な2、3個のものが無くなることよりショッックが少ない。ところが、今回の経験でその考えは重要な間違いであることに気付いた。友達や家族が多い程、このような悲しみの機会が多くなってしまうということだ。多くの親友の一人であろうが、少ない親友の一人であろうが悲しみの深さは同じであるからだ。勿論、親友と言えるくらいの関係を保てるには人数に限りがある。共に時間を過ごせることが、親友には不可欠だからだ。
A君は、僕が嬉しいときは心から一緒に喜んでくれた。「それいいねえ」インテリアコーディネイターだった彼は、妥協せずにアドバイスをくれた。「それはちょっとおかしいね。美しくないね」心からのアドバイスは批判であっても心地よい。彼ともう一人の親友Kとのコンビで僕の自宅兼仕事場を設計してくれた。3人もしくは、妻も入れて4人で、あちこちの住宅見学に出向いたのは10年以上前である。「このアイデアを盗もう」「この素材がいいね」どれだけの見学をしたことか、数えきれない。友人でなければ、どんな一流の建築事務所でもそこまではしてくれなかったであろう。「友人が楽しく集まれる家とクライアントの人が親しみを持てて安心する仕事場」をコンセプトに今の事務所兼自宅ができた。その想定通り、AやKを中心にいつも友人が屯する家となった。今年の元旦の夜もAは(目下独身一人住まいなので)、我が家で一家4人と子供の友人たちと混じり、すき焼きを食した。1月6日には、AもKも含めた7、8人で「上海がにを食べる会」を楽しんだ。その後、1月の半ばは風邪で寝込んでいるとKから聞いたので、しばらく(珍しく2週間も)連絡しなかった。1月27日、風邪も大分よくなったということで、事務所の大きなテーブルを、近所の分室まで運ぶ作業をKとともに手伝ってくれた。いつものことであるが、このような手伝いを二人は何の嫌な顔もせずに協力してくれる。その時「取り敢えずのお礼で」と事務所スタッフと一緒に食べたのが「ココイチカレー」だった。なんとこれが彼との最後の食事となったのである。2月9日、10日とAに電話したが返事が無い。いつもは遅くとも翌日には返答がある。祭日明けの12日、Kと「おかしいね。」と話した。そこで、Kが、アパートまで様子を見に行ってくれた。昼頃、Kから電話があった。震える声でKがつぶやいた。「Aが、、、駄目だった、、、」この言葉は一生忘れることができない。後ほど分かったことだが、6日の夜に既に息絶えていたようであった。
AやKと御殿場の山荘にもよく一緒に行った。その時によく訪れる市営の温泉につかりながら「湯船につかるのは3ヶ月ぶりだなあ」とAはいう。3ヶ月前は一緒にこの同じ温泉に入った。その数ヶ月前には、鹿児島の温泉に行った時、、、、と言った具合である。彼の住むアパートにはシャワーしかなかったからで、決して不潔な訳ではないことを彼の名誉のために付け加えておく。「それにしてもここ数年、お風呂は寺下さんとKさんとほとんど一緒だなあ」といつも嬉しそうに言っていたことを生々しく思い出す。
彼の死後、彼の住んでいたアパートの整理のためにKたち3人で出向いた。小さいアパートで、コンパクトな空間に彼のすべてが凝集されていた。3人とも涙をやっとの思いでこらえながら作業をした。
最後にAが手伝ってくれて設置した大きなテーブルがある分室に、Aと親しかった友人に声をかけて、「お別れの会」を開催した。この分室は古いビルの1階にある小さな1室であるが、「友人仲間のギャラリーや小さな教室として使おう」と僕が提案し、AやKらと一緒に運営していこうと準備を始めたばかりである。大テーブルの設置はその第一歩であった。
中学時代から慶應ボーイであった彼の古くからの友人、僕の友人でつい1年程前紹介した人まで40名程集まった。古い友達にも新しい友達にも共通しているのは、彼への素直な思いである。会場には、Kと最近この3人組に加わったY(僕の絵の先生)とその友人I(Aのカラオケ仲間になりはじめたばかり)たちの協力も得て、Aの思い出の写真が満載された。こんなにも多くの人の心をとらえていたAと、あのアパートの小さな部屋の映像が僕の頭の中で交錯した。豪華絢爛なものに埋もれている昨今のセレブには想像すらしがたいだろうが、こんなに大きな存在感がある。
「いのちより心」が、最近の僕の仕事や生活の根底に流れる思いであるが、補足したい。「”いのちより心”と言える程の大切な心を宿しているいのち」の尊さを再認識した、と。そんな「いのちとこころ」を対象とする僕の仕事に、震えるような謙虚さを伴った使命感を再確認した。
そもそも僕が医師を目指した動機は単純明快なもので、それほど高貴で立派なものではない。「父母を始めとした身近で大切な人の命を守る仕事がしたい」と小学生低学年の時に強く思ったことが続いただけなのである。その証拠に、母が大学最終学年の時に他界し、「医者になるのをやめる」と駄々をこねたのであるから。(幸い親友から説得されたので今があるのであるが)
A君がこんなに人の心に甘く残っているのは(実際の行動は破天荒で、友人たちはよく笑いながら「困ったもんだ」言っていたものだが)、「妥協無き自分の快楽の追求と、友人たちの喜びに対するこれまた妥協も疑いの余地のない共感」でなかっただろうか、と僕は確信している。
お別れ会の当日、Aの学生時代からの親友の一人Yaが、僕に向かって、涙ながらに言った。「寺下さん、あんたがこれほどまでAと仲良く付き合ってくれたのは、あんたがしたくても出来なかったことを彼がしてくれたからなんだね、と今分かったよ」と。まさにそうだったかもしれない。
彼との死別が教えてくれた素直で優しい心でいろいろなことに励めるようになるまで、まだ心の整理に時間がかかるかもしれない。煮込み料理の火を止めたあと味がしみるかのように、親しい人との死別により、彼からのメッセージは、生きているときよりも数段激しく心に深く沁み入ってくるものである。
いつまで書いていても書ききれない思いがあるが、ここで一旦ペンをおきたい。

 

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オバマ氏演説に思う

2009年02月06日

1月20日(日本時間では21日深夜)寝不足になった諸兄は多いことと思う。勿論アメリカ大統領オバマ氏の就任演説である。その後数日の新聞テレビで話題をかっさらったのであるが、そろそろその熱も冷めてきた頃であろうか?最近は英語を使う機会も無く、元々読み書きはそれなりだが会話は苦手な僕にとって、きれいな英語を習うチャンスとばかりに原スピーチを読み返している。最近のアメリカの風潮を嫌う僕にとって「ひょっとしたら、市場原理主義で世界を恐慌に陥れたアメリカが、心の復活を果たして、日本や韓国は未だに物質主義、金銭最優先主義から脱却できないという未来像」が浮かんできたのは僕だけではないだろう。この演説は多分に哲学的な面があり具体性に欠けているという評価もあろう。しかし、さすがに智慧を出して考えたはずの演説内容である。世界中の人々の共感を数多く得たのは間違いない。僕の周囲の人たちも同様であった。個人個人は気付いている。「市場原理主義優先、金銭最優先の頂点に幸せは無い」ということに。しかし、努力して高みを目指すことは人間に取って本能的なものでもある。このことにも言及している。
「仕事より悦楽を好み、富と名声を求める者」を小心者と呼び、「リスクを恐れず、実行し、生産する者」を評価している。しかしその結果有名になったもの(セレブレイティッドと表現、日本ではこの言葉からセレブという僕の嫌いな言葉が生まれた)もいたが、多くは日々の労働の中に地味に埋もれている存在なのだ、と言い切っている。その他演説の中には、これからを生き抜くキーワードが満載である。さすがに知識人が智慧を出し合って考えた内容である。
「模範を示す力」「希望と美徳だけが生き残る」「富んでいる者を讃えることだけでは国は繁栄しない」など、僕がこれからのライフワークと考えている「スーパー医局プロジェクト」の基本理念と全くマッチしていることに勇気を得た。
今後、このHPのブログでこまめに考えを発信していきたい。

 

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鉄門ゴルフ交流で感じること

2008年11月06日

数年前から東大医学部の同窓(鉄門倶楽部と呼んでいます)のゴルフ交流会の常任幹事を務めている。50年以上も続いている伝統ある交流会である。初代幹事が清水健太郎(故人)というとても高名な外科の教授であったと聞けば、50歳以上の医師であれば「むむっ、そんな昔から、、」と思うかもしれない。まあ、それほどの歴史あるゴルフ交流会なのだが、顔ぶれはそうそうたるもので、その場に爆弾でも仕掛けられると日本の医療の未来にも影響するのではと、幹事としてはいつもびくびくしている。
そんな中で、先輩や後輩達と交流していて常に思うことは、「医療に対してなんと真摯な姿勢で日々の活動をしているんだろう」と感服することである。よくゴルフをしていると「仕事をしていないね」などと言われるが、僕が思うに「出来る人は何に対しても熱心だ」ということだ。ゴルフに限らず何についても同様であろう。
東大卒の人は、あまり群れることがなく、他の大学に比べて母校愛も少ないとよく言われるし、同窓生と話しても「そうだね」となることが多い。
僕は、関西人のまま一生を過ごそうと高校生半ばまで思っていたのに、結局東京に来てしまった。しかし東大で学んで本当によかったと思っている。その最大の理由(といっても唯一ともいえるのだが)は、同窓仲間だ。人間性だけで仕事仲間を選べば、ほぼ間違いないからだ。優秀であるかどうかは気にかけなくていい。東大の医学部に来る人は、少なくとも受験勉強という狭い範囲においては優秀なことは、既にお国が選別してくれているからだ。そんな優秀な人が、人間性が真っ当であれば、医師として恥じない勉強やトレーニングを十二分にしているはずだから、大切な患者さんを託して間違いのない医師であることになる。
僕は、医師評価の方法論として、一般に言われているような、患者評価、医師評価、その他の医療スタッフ評価、マスコミ評価に加えて、同窓同級生評価を主軸にしている所以である。誤解を避けるため断っておきたいが、逆は必ずしも真ならずで、優秀で人間性のある医師は全国どこにでもいる。たまたま僕は身近なところでコネクションを築いているだけである。
実は、7、8年前までは、ごく親しい医師仲間との交遊以外、僕は医師の集まるコンペにはあまり参加していなかった。休日は、医療関係者以外の交流を深める時間としたいと思っていたからである。その分、いろいろな病院の勉強会などに積極的に参加したり、先輩諸氏の務める病院へ表敬訪問をしたり、医学書の共同執筆をさせていただいたりして, 専門医とのコネクション創りに力を入れてきた。その集大成をTerra Doctor Connections&Allianceと呼んでいる。ただの情報やネットワークではなく、直接的人間関係があるので「Connections」と呼び、患者さんの受け入れをお願いして了解頂いているので「Alliance」と呼んでいる。そんな「Connection」を固めるためにゴルフ交流をとても重宝している。ゴルフでなければ、一日を一緒に過ごすことは滅多にない。本音を聞けたり、無理を頼める仲が生まれていくのである。
読者の皆様に伝えておきたい。使命感に燃えて、きちんと任務を遂行しているまともな医者はたくさんいるということを。東大、京大、慶応をはじめとする最高学府出身の医師は特に傲慢で生意気と思われがちだが、僕の狭い範囲の交流体験では意外と謙虚であるが自信に満ちた愛すべき人たちが多い。「傲慢」と決めつけないで、暖かく真摯な目で見守ってほしい。母校や教鞭をとった大学に比べて他大学出身の医師にお会いできる機会は比較的少ないが、僕の知る限り概して本当に優秀な人程謙虚で使命感に熱い。
日本の医療を支えるために、そんな医師たちにエールを送ってほしいと願っている。

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妊婦脳出血で死亡、都立墨東病院。ご主人に脱帽。

2008年10月30日

「救急病院をたらい回し1時間で患者さんは死亡」というような表現で報道された。それを見た読者は当然「ひどい病院だ」と医療批判になる。このような報道の仕方が懲りずに続いているから、「医療崩壊」のマインドは悪化の循環をたどることになる。一体この国のマスコミ人は日本を良くしようと考えているのだろうか?都立墨東病院の関係者から話しを聞いた。実際は主治医である開業医、救急隊、墨東病院の医師達関係者たちみなにより可能性の限りの救急活動はされていた。しかし、より適切な処置をするためのいろいろな可能性を探るために1時間を要した。その間、本来受け入れが厳しい状況である墨東病院でも受け入れ態勢を準備した。患者さんの状態から、母体の救出は不可能だから胎児をなんとか助けようと苦渋の判断をした。僕にはその懸命の努力活動がありありと想像できる。

その様子をしっかり見届けていた患者さんのご主人さんの発言に感動した。最愛の妻を亡くしたばかりのご主人さんが、誰も責めずに現場の医師の努力を評価し今後の医療の発達を願うとの発言である。恨みつらみを言ってくれるのを期待しただろうマスコミ記者のきょとんとした顔が想像できる。一方、その対応に感動した記者達や医師達もいたことは想像にかたくない。つまり、このご主人さんの気持ちは行き過ぎたマスコミを修正し、心ある医師に勇気を与えたことになる。自問自答した。果たして僕はこのご主人さんのような立派な態度をとれそうもないのではと。

自分の身を守ることに必死になっているように見えた医師がヒステリックに「私はきちんと伝えた」と叫んでいる姿が、最初は、僕にはみっともなく見えた。お金や見栄に魂を売っていく医師達とその像が重なったが、実は違うかもしれないと思った。一線の婦人科医として活躍しているのだから安易な道に流れている医師達とは違うはずだ。取材で追いつめられ身を守るため止むなくそのように答えたのだろうと想像できた。

一つのこの事件の中にも、実にいろいろな要素が含まれている。単純に「たらい回しはけしからん]と判断してはいけないし、そう思わせるような報道もよくない。

もう一つ残念だったのは、これは国民の皆も感じたことであろうが、知事と厚生労働大臣の罪のなすり合いとも思える発言だ。僕は個人的に両人の使命感に感服していたこともあるので、特にがっかりした。しかし、これも報道を通じて知ったことである。実際は長い話しがあったのに、その一部分だけを知ると反対のイメージを持つことはままある。これもそのたぐいだと信じたい。

今回の事件のように、患者さんの家族も含めた登場人物全員が善意であるのに、医師達の信義が問われるケースは多い。日本の医療が崩壊の一途をたどっている原因は、もっと別のところにある。真面目に医師らしく命を削って任務を遂行している医師は気の毒にもこういったリスクを負う。魂を売り安易に医師の地位を用いておおよそ医学の道をはずれたことで金儲けに精を出している人こそ医師に中での医療崩壊の原因であるのにこういったリスクを負わない。こんな不公平を理解したら、普通の人はどんな行動をとるであろうか?

勿論、医療崩壊はもっと社会全体の諸問題から生まれ増悪しているのであろう。

僕は医師であるから、「真面目な医師は多い」とか「報酬は悪いのに医師としての使命感が日本の医療を支えてきた」などというと、自己弁護だと言われかねない。断っておくが、僕は既に懸命に働く現場の医師ではない。だから、客観的に医師を擁護もすれば批判も出来ると自分では思っている。

 

最近の医療で考えることは多い。今後この場でまめに発信していきたいと考えている。

 

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メタボ改善健康指導士養成講座

2008年04月21日

4月19日、20日と12時間にわたって、「ボディマネジメントコーチ」と呼称することに決まったメタボ改善健康指導士認定講座の講師の一人として参加しました。食育に力を入れている管理栄養士の柏原幸代さんと行動科学理論により「続ける技術」で有名な石田淳さん、脳ダイエットを主催する前田弘子さんの4人が講師を務めました。僕は近著でも書きましたが「結果で判定されない患者医師関係」が大切だと思っています。行動科学でも「結果で強化するのではなく、行動で評価する」ことが大切な原理となっています。僕の事務所のモットーである「academic but practical with humanly」に沿った内容でした。ホームページでも発信していきますのでご注目ください。

www.metabo-kaizen.jp/

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30年ぶりの東大医学部昭和53年卒同窓会

2008年01月21日

みなさま、明けましておめでとうございます。ご挨拶が少し遅くなりました。

昨日、1月20日、上野東天紅にて、30年ぶりに大学時代の同級会がありました。30年ぶりということは卒業後初めてということになります。そういったこともあり100人足らずの同級生のうち58名が集まりました。中学や高校でもそうですが、久々の同級会というのは怖い感じがするものです。昔の若いイメージのままの友人が年老いているのをみて我が年齢を感じてしまうからでしょうか。僕は仕事の関係上というだけでなく、性分からも同級生との交流はかなり多い方(高校も中学も)ですが、それでも30年ぶりに会う仲間が多く、数名はすぐには名前も浮かばない方もいました。会場のあちこちで「僕は○○です」「えーえっ?嘘でしょう」「君こそ一体誰なの」的な会話がなされていました。しかし、同窓会とは不思議なもので、2時間もすれば、タイムスリップ現象が行き渡り「おまえはこうだったよな」「見掛はかわったけれど、性分は変わらないなあ」などという会話があちこちで聞かれ、お互いの呼び方も「××先生」という呼称から「××君」と変わっていきました。
久々に会った仲間達とお互いの近況など語っているうちに最近の日本の医療の状況の悪化をなんとかしたいという話しになっていきました。これも僕の仕事がそうであるからではなく、会場のあちこちのグループで同じような会話がなされているのです。そして、単に医者の環境が悪いと嘆いたり文句を言うだけではなく「なんとかしなければ」という使命感を持った人が多いのです。
東大のメリットは、残念ながらその教育内容ではなく同窓の仲間だったと再確認された一日でした。「画一的な授業ではなく、それぞれの先生の哲学的な話しや経験 談をもっと聞けるような授業だと面白かったね。いわゆる教科書的なことはほっといてもやる連中ばかりだったからね」と賛同してくれる仲間が多かったことも印象的 でした。
いずれにしても同級生達はいろいろな形で活躍してそれなりの地位にいるわけですが、いくら要職にいようとも個人の力ではこのような医療崩壊の流れを食い止めるのは到底不可能です。
「お前が一番近いことをやっているのだから、仲間をまとめてまともな医者の声を反映するようなことをやれ」というようなことを何人からか進言されました。最近の医療や教育を始めとした日本の空虚な流れになかばあきらめの気持ちが台頭しかけていた僕にとって「もう一働きしろ]という天の声かもしれないと身を引き締めました。

これを機会にもっと頻繁に会おうと皆で盛り上がりました。僕のスーパー医局プロジェクトでも同級生や同窓生はお膝元になりますので、何か貢献できればと思っているところです。

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集英社be文庫「私を救う医者はどこ?」

2007年12月13日

ドラマ仕立てで、私の日頃の医療判断活動を描いてみました。
いわゆるマニュアル本より面白く読めると思いますので、是非ご一読ください。
12月14日より書店にて並ぶと思います。620円です。

http://www.s-woman.net/books/
http://books.shueisha.co.jp/special/tachiyomi.html

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楽しくできる、「脳と心臓を守る予防医学」

2007年08月15日
最近、健康管理を直接的に担当していませんが友人としてテニスやゴルフや飲み会などを楽しんでいた仲間が続いて倒れました。その中の一人である宿沢さんは有名な方で、皆さんもご存知だと思います。少し以前になりますがひどい脳出血で倒れた親友Aさんは、偶然にもすぐに(秒単位で)私どもと連絡がとれ、仲間の脳外科医が適切な処置をして今は、もとよりも元気に一緒に楽しく遊んでいます。数年経った今でも、思い出すと胸が痛みます。でも、今はタバコも止めて、きちんと私のクリニックに来て薬もまじめに飲んでいます。彼のように、偶然結果がよければ、今後の警告になった、ということになりますが、たいていは後の祭りです。私は民間版の侍医である「主侍医倶楽部」を運営していますが、このメンバーになったからと言って、どんな救急状況でも理想の医療を受けられる訳がありません。その人の運命に依存します。しかし、ここが大切なところですが、理想の予防医学的行動をとることはできるということです。目に見えない予防医学的行動こそ、イメージの世界です。それができるのが本当のインテリです。でも、私も含めて「痛いめに会わないと、なかなかわからないし、予防医学は目に見えないし、楽しくないし、それなりに時間もお金もかかる」と思っています。 私は、大切なクライアントや友人や家族の健康を願っているプロの医療判断専門医です。親しい仲間を無くさないためにも、なんとか楽しく「脳と心臓を守る予防医学」の実践をできないものだろうかと日夜考えています。私どものクリニックの生活習慣病外来患者さんには「TERRA養生シート」と呼ぶ、一日一行日記を付けていただいています。友人でもある患者さんと「今日はここに○をつけるために、お酒を控えよう」と語らいながら居酒屋で軽く(??)一杯やることもあります。 主侍医倶楽部クライアントの皆様、友人、知人の皆さん、「TERRA養生シート」仲間になりませんか?詳しくは、クリニックの保険診療の説明欄をご参照ください。

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安心と幸福の医学 医療決断ということ、「患者様」が日本の医療を崩壊する

2007年01月15日
かかりつけ医からの便り  暮らしと健康(投稿中)
 
安心と幸福の医学 医療決断ということ、「患者様」が日本の医療を崩壊する
 
皇室の侍医のように、健康なときから身近にいて、さまざまな医療決断をサポートしてくれる医師患者システムが究極の安心と幸福の医学だと自ら実践して16年になります。その経験から、最近の日本の医療が進んでいる方向に非常に危機感を感じていることをお話したいと思います。
人間のあらゆる知恵は「幸福」を求めています。医療も勿論、人々の幸福のために発達してきただろうし、多くの医師や医療人はひとの幸せのために貢献したいと日夜頑張っています。しかし、日本の現状はどうでしょうか?「医療不信」という言葉に代表されるようなマスコミ報道が絶えません。その影響で、日常診療でも「挑戦的な患者」「怯え構える医師」という不思議な構図が生まれつつあります。数年前から、こういった傾向に憂慮していましたが、「まさか日本は大丈夫」という大方の声に杞憂となることを期待していました。しかし、残念ながらその傾向は強まる一方で、使命感に溢れた医師たちはそのエネルギーを削がれ、自己利益に聡い医師たちが台頭し始めたと言わざるを得ません。前者は「患者様」と呼ぶことに違和感を感じている医師たちで、後者はにこにこと「患者様」と呼び、医療もサービス業なのですよと我が意を得たりと平然としている医師たちです。極端な意見で、反論もあろうかと思いますが、象徴的な例えと理解してください。
そもそも病気になることは、生活習慣病のように自己責任であったり、運命のいたずらであり、少なくとも医師の責任ではありません。当たり前のことです。また、医療はとても不確実な世界に存在するものです。「必ずよくなりますか?」「そんなことはありえません」我々生物は、とても残念なことですが、老化という逃れられない「一種の病気」の元に、様々な病気や怪我に遭遇します。厳密な意味では完全に元に戻る病気はないでしょう。
このような難しい世界にもかかわらず、日夜奮闘している愛すべき医師たちが私の知る限りでもたくさんいます。ひとは困難に遭遇したときには指導者を求めます。病気という困難を乗り切るために、医療医学の専門家である医師に知恵を求めるのです。学問を教えていただく教師には「先生」と呼んで尊敬し信頼してこそ深い学びが出来ます。自分の健康回復のために尽力してくれる医師を「先生」と呼んで尊敬し信頼してこそ病気回復の知恵を本当に活かすことになるのだと思っています。これは医師の傲慢とは程遠いものです。むしろ、表面的には「患者様」と愛想笑いをして魂を売り渡し「商売商売」に走っている医師こそ傲慢なのです。
皆さんの身近にも立派な医師はたくさんいます。「患者様」と呼んで貰うことではなく、むしろ心から「先生」と呼びたくなるようなかかりつけ医を探し当てたら、「幸福と安心の医学」を手に入れたことになると思います。日本の良き医療は、官僚やマスコミではなく我々国民ひとりひとりが創り上げていくのです。

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「衣食住」は人間の生活の基本と言われます。

2007年01月13日

「衣食住」は人間の生活の基本と言われます。これに「医職Jeu」を加えて、生活の6つの基本と私は提唱しています。「医」は勿論、医学医療で健康な生活を送るために必要なことで、「職」は「人に貢献するために働くこと」です。「Jeu(ジュ)と発音」はフランス語で「遊ぶ」という意味です。人生にとって遊びはとても重要です。広い意味では「遊ぶ」ために生きているといっても過言ではありません。

また、従来の「衣食住」を私は「生物学的衣食住」と呼んでいます。寒さや暑さ、様々な外敵から身を守るために衣類をまとい、生きていくために食べ、夜露を凌ぐために家を作り住みます。しかし、今やそれだけでなく、おしゃれとしての「衣」、人間の触れ合いの場としての「食」、ステイタスや楽しみとしての「住」が大切になっています。私はこれらを「社会学的衣食住」と呼んでいます。

「生物学的衣食住」「社会学的衣食住」「医職Jeu」の知恵を身につけることは、人間としての基本的教養ではないでしょうか。その中でも中核をなすものが「食」であると私は考えています。「食」は、健康に生きていくための知恵である「医」とも深くかかわりあっています。楽しく美味しく食べるということは「健康と幸福」のシンボルではないでしょうか。そういった理由で、日本でも「食育」を子供達の教育の中に取り入れていこうと政府主導で動き始めています。我々は「大人のための食のエキスパート養成活動」により社会貢献をしていきたいと願っております。

こんなことを考えていたところ、管理栄養士で食育に造詣の深い柏原幸代さんと生涯学習の全国的講座を運営している前田 出さんと出会い「健康・食育認定講座」を開催することになりました。2006年は東京で4回大阪で2回(2級、1級)講座を開催して認定者も増えつつあります。詳しくは、上記ホームページをご参照下さい。

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スーパー医局始めます:医療崩壊にストップを!

2006年12月22日
スーパー医局への夢
 
医療の仕組みづくりの提案と実践を続けてきた。結論としては「安心と幸福の医学」のためには「善良で優秀な医師の活躍」が不可欠である。しかし、マスコミに煽られ「患者様と呼ぶ」ということに代表される医療のサービス産業化が決して良い方向に向かってはいない。
善良で優秀な医師はたくさんいるが、そういうドクターが、安心してやる気を出して働く環境が脅かされてきている。一方、「患者様」と呼んで、心は「商売商売」または「権威主義」の医師が大手を振っているのが現状である。
私が、今まで出会った善良かつ優秀な医師に声をかけて理想の医局を作り上げることにより、日本の医療の向上に貢献することをライフワークとしたい。
 
 
使命)
善良優秀な医師が日本の医療の向上に更に活躍できるような場を提供することを使命とする
患者医師の信頼関係の回復を使命とする
寺下医学事務所のライフワーク業務として行う
職業的交流倶楽部という位置づけを明確に
理想的模範的な医局であることを常に意識する(本来の医局の機能を充実進化させたもの)
 
具体的活動)
有能な医師の知恵を伝承(医局の本来の目的である弟子への承継)
使命感ある医師の意見を世の中へ(まじめな小さい意見をきちんと伝える)
患者医師のマッチング(より専門性の高い、より患者の要望にあった最適医師を探しマッチング)
   安心、信頼の医療の道しるべ的役割
   貴重な医師のリソースをより有効効率的に
専門医同士の患者紹介をスムーズに(信頼しあえる仲間同士の簡便な相互紹介システム)
専門医同士の知恵の交換と交流で心強い(同じ思いを持つ医師のサークル的な楽しい場として)
 
運営母体と運営資源)
寺下医学事務所が運営
医局メンバーへのエージェント業務を生業とする
  主にスーパーファーストオピニオンのエージェント業務
  その他執筆依頼、講演依頼などのエージェント業務
 
医局費など固定会費なしでも運営できる仕組み
事務局よりの仕事を受託していただいたときに2、3割程度の医局運営費を源泉することにより医局全体の運営費に充当する
 
医局員の義務
事務局及び他の医局員からの患者紹介を快く受け入れる
スーパーファーストオピニオンの要請があれば引き受ける
一時的主侍医の要請があれば引き受ける
その他執筆や講演の要請があれば引き受ける
後輩の育成のための活動(教育セミナーや談話会)をする
仲間との交流を楽しむ
 
以上のいずれかひとつ以上を承諾してくれる方
 
医局員への参加資格(研修医・医学生会員も準ずる)
幹事医局員2名以上もしくは医局員10名以上の紹介を必要とする
幹事医局員全員の承諾が必要
医局員2名以上の反対がないこと
 
医局員の楽しみ方、活用の仕方
患者紹介先専門医情報の検索と紹介
紹介希望患者の医局員への広報(例:早期胃がん患者の紹介希望など)
主侍医業務や医療判断外来(SFO)をやってみたい方へ、クライアント紹介
倶楽部内サークルに参加したり、新しいサークルを作って趣味の世界を開拓
個人的勉強会メンバーが同時にに入局し、事務局を委託することにより幹事役の手間を軽減
定例交流会や常設サロンで仲間と語らう
 
寺下医学事務所が業務として運営できるような仕組み
SFOを広く行えるように広報
一時的主侍医など医療判断サービスの拡充
寺下医学事務所が運営する「主侍医倶楽部」の拡充へのお手伝いを
企業や個人の賛助会員を適切な運営を妨げない程度に募集
以上のような構想を考えています。周りのメンバーの人に声をかけるか事務局スタッフの紹介でご参加下さい。

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