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220524 豊かさ・幸せを哲学する7 命は尊いがはかない

ロシアのウクライナ侵攻のニュースが毎日流れ、憤り悲しみ叫びたい気持ちを抑えているが、なかなかこのブログに手が付かない。豊かさ、幸せを哲学すれば、世界平和も夢ではないのでは?と念じつつ、このシリーズをしたためている。誰がみても、これは駄目だということでも、賛否は0対100にはならない。まさにいろいろな考え方価値観があるからこそ、哲学する(よく考える)ことは大切なんじゃないかというのが僕の主張の核心になっている。しかし、最近では、その核心は揺らぎ、世界平和は決して訪れないという悲しく認めたくない解答にたどり着いてしまう。

我々医療者は、一人の命の尊さに毎日接しながら活動している。僕の仕事は、重大な病気になった時の医療決断の相談と助言だ。事前準備なども考慮すると一回の相談に数時間を費やす。それでも結論が出ずに、何度も繰り返しながら、一人の命を左右する医療計画を立てていくお手伝いをしている。そして、その命に関しては、家族などの多くの人の「心」が絡んでくる。「命より心」を一つの提言に掲げている僕にとっては、大変な重さを持った相談任務となっている。

そんな中、連日「〇〇人が、爆撃で犠牲になった」というニュースが流れていく。一人の命にこれだけ重い実感を持ちながら地道な任務を遂行している僕は一体なんなんだ!と頭の中を空洞の塊が占拠していく気分に追い込まれる。

「豊かさ・幸せ」と言っても、この日本の平均的な立ち位置においての考えに過ぎないのでは?そんなところでの考えなんか吹けば飛ぶようなものではないのか?自虐的な気持ちにさえ襲われる。
それでもよく考える。それこそが「哲学する」という意味なんだと自身に言い聞かせる。

昨夜、佐渡裕さんのコンサートにお招きいただいた。アンコール曲は、なんと「アンダンテカンタービレ」だった。チャイコフスキーだ。一瞬怯んだ。佐渡さんが「チャイコフスキーがウクライナに想いを寄せて作った曲」と説明してくれた。哀愁のこもったメロディー。なんと最後は「アーメン」というメロディーに聞こえた。満員の聴衆は涙を浮かべて祈った。僕もその一人となっていた。素晴らしい選曲だった。

作成:2022/05/24

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