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200512 東京の医療崩壊 榊原記念病院院長 磯部光章(S53卒)

東京の医療崩壊

「医療崩壊の危機」「医療崩壊の瀬戸際」といった表現で、まだ東京の医療は持 ちこたえているという論調でマスコミが伝えています。本当でしょうか。東京における 循環器救急治療はすでに崩壊・炎上しているというのが現場にいる私の見立てです。

急性心筋梗塞は治療をしなければ死亡率は30-40%、大動脈解離や大動脈破 裂は60-70%死亡する疾患ですが、それぞれ緊急インターベンション治療や緊急手術 により大半が救命できるのが現代医療です。

東京都にはCCUネットワーク(73施設)、大動脈スーパーネットワーク(重点病院 15、支援病院25)という循環器救急のシステムが東京全体をカバーし、大きな成果を 上げています。現在これに加盟する病院の多くは基幹病院としてコロナ感染症の入 院施設に組み入れられています。これらの病院ではICUがコロナ患者で占有され、ス タッフや医療資源の多くが感染対策に費やされているため、心筋梗塞、大動脈解離と いった循環器救急を引き取ることができない状態になっています。さらにいくつかの基 幹病院は院内感染のため循環器救急診療をストップしています。調査では図にある ように、5月7日の現状で東京都CCUネットワーク73施設のうち23%の

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病 院でCCU・緊急心血管診療が停止しています。特に23区中央部、西部での心血管救急は約50%の稼働率です(東京都CCUネットワーク協議会高山守正会長提供)。

大学病院など大病院ではCCUをコロナ病棟としている施設もあり、またICUがコ ロナ患者で占有されているため、術後にICUを使用する心臓大血管手術が中止、延 期になっている現状があります。榊原記念病院がある多摩地区では、まだコロナ患者 が比較的少なく、施設間の患者転送などでギリギリ崩壊をとどまっているところです。

この状況であっても心臓血管緊急症の数が減っているわけではなく、都心を中 心に救急診療が正常な機能を失っているという意味で、既に崩壊しているといっても よいと思います。東京都でCCUネットワークに収容される急性心血管疾患は年間約2 万人で、1500人程度が死亡しています。人の命の数という観点からみれば、コロナ肺

炎での死亡者を凌駕する疾患であり、従来の救命システムが崩れていくことはあって はならない事態です。これから統計が出てきますが、この間の心血管救急疾患によ る致死率の増加が起きていることが強く懸念されます。今後も当分は状況が悪化して いくと思われますし、さらに第2波、第3波の流行が懸念される中でこのシステム崩壊 への手当ては急務と考えます。脳卒中診療についても状況は同様ではないかと推測 します。

肺炎疑いの患者が乗った救急車を50か所、100か所の救急病院が受け入れな かったとマスコミが病院を非難しています。そのためか連休直前に東京都から我々の 病院も救急輪番に加わるようにという要請がありました。榊原記念病院は年間180件 の大動脈解離・破裂を受け入れ、150件の緊急手術を行い、500件の緊急冠動脈イン ターベンション治療を行う救急病院であり、年間の総心臓血管手術は1600件に上る 我が国最大の循環器病センターです。もちろん感染症を診療する機能を持ちませ ん。ここが院内感染で救急診療機能を失ったら都民の命がどうなるか、という想像力 は東京都の担当官にはないのでしょうし、東京全体の医療をコントロールする司令塔 が不在であることは容易に想像できます。

提案としては、脳卒中、心臓血管救急を主に診療する施設を、コロナを診療する 施設から分けて機能分担すること、機動的にその時の状況と患者の容体に応じて適 切な施設に救急車を振り向けるシステムを構築すること、また救急診療施設における 院内感染対策のため、防護服などの衛生器材を重点的に配備し、また感染症検査を 優先的に行えるようにすることです。財政的な支援も必須です。

一般的には重症コロナ患者をICUで診られる病床数が確保されなくなったときに 医療崩壊と考えるのかもしれませんが、本来救命できている救急患者の診療システ ムが崩れている現状は医療崩壊そのものと考えます。

さらに、外来診療でも従来心臓手術、カテーテル治療を求めて一般外来を受診 されていた初診患者が激減しています。感染症蔓延下で、患者自身が来院を恐れて 受診自粛をしている部分もあるのではないかと思われます。有症状の心疾患患者の 受診抑制は急死につながることもあり極めて危険です。この状態も社会を上げて改 善する必要がありましょう。救急ではありませんが、がん診療やほかの領域でも同様 の崩壊が起きていると思われます。

以上が直近の東京の憂うべき現状です。我々はボランティア精神をもって高い 士気で戦闘態勢を堅持していますが、司令部不在の混沌が続き、医療従事者や医療 機関を守れない現状が続けば、やがて我々の士気は枯渇し、前線から離脱を始める でしょう。その時が医療崩壊の終点です。

令和2年5月12日

榊原記念病院 院長 東京医科歯科大学 名誉教授 磯部 光章

2020.5.8新型コロナ蔓延下の東京都CCUnetの現況 確.pdf

 

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