このサイトは寺下謙三のブログサイトです。

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250526ノブレスオブリーグのお手本を示したビルゲーツに喝采

2025/05/26

今日の朝日新聞の記事で、「ビルゲーツが全財産を寄付した」という記事を見た。兼ねてから、ビルゲーツは、医学や生物学の分野に多額の寄付をしていることは知っていた。今回の記事で「全財産」という部分に驚きと共に歓喜した。

「ノブレスオブリーグ」という言葉は、大好きな言葉の代表の一つである。狭い意味では「地位の高いものの義務」ということであろうが、「権力や富を過大に手に入れたものは、それらを犠牲にしてでも、多くの人々に貢献するような活動をするのが美しいし、そうしないといけない」と、僕は解釈している。世界規模でも個人レベルでも同様のことが言える。

例えば、アメリカは世界的に見て、豊かな国であり、今まで、何かと他国の面倒をみてきたことは否めない。オバマ大統領の頃は「世界の警察」と若干批判的な評価もあったぐらいだ。そんな立場を続けていたアメリカに、トランプは「アメリカファースト」を旗印に、「アメリカが損することはしない!」と宣言し始めたのである。これをきっかけに、日本をはじめ世界中が「損得」を中心に交渉を始めたのが現状だ。当たり前と言えば当たり前なのかもしれないが、経済的メリット、デメリットだけでは済まない何かがあるはずと、多くの人々は肌感覚で感じていても、そのそもそもの矛盾を打破することはできずにもがいている。

個人レベルでも同様のことが言えるのではないだろうか?果てしない欲望を追求する人々と、その路線から脱落したり、そんなことには興味がない人々との間には大きな格差が生まれ増大していく。世界中で「二極化の弊害」が問題視されても、状況は進む一方である。今回のビルゲーツの「全財産」の寄付という行為は、何に寄付をするのかというよりも、「全財産」というところに、僕は影響力としての意義を感じている。もちろん、少なくとも世界の弱者に少しでも役立てばいいというビルゲーツの主旨には間違いなく、さらなる経済価値の増大を求めて行う「投資」とは、根本的品格が異なる話である。この経済的投資という欲望は経済世界での原動力に違いはないだろうが、個人レベルでみると、人間の醜さにも通じていると言わざるを得ない。

今回のビルゲーツの全財産寄付行為のお手本は、世界の富の過半を握る超大富豪は勿論、僕のような凡庸な庶民においても学ぶべきことがあると思っている。「少し損をしてでも、人のために尽くせ」という僕の父からの教えの一つを思い起こす。

250421さすが日本のお店!と感動したお話し

2025/04/21

何人かの友人から、最近ブログのお更新を全然していないとお叱りを受けました。

日々、世の中で起きている事件や政治情勢や経済情勢などのニュースを見ていて、物申したいことだらけで、このブログの更新どころか、毎日書きたいことが山ほどありすぎて、ブログの更新をできていないという言い訳から始まります。
僕は、メンタル系の診療で、「潔癖癖の人の部屋は汚いことが多いんです。いつか徹底的に掃除をしようと考えているうちに部屋が散らかってしまっていることが多いのです」「いつか徹底的に」というのが問題です。そのいつかはなかなか来ないものです。

もう一つの言い訳としては、最近(と言っても1年ぶりですが、、、)の僕のブログは世の中の状況に関して、悲観的、批判的な内容が多くなっています。正直世界は残念な方向に向かっていると切実に感じているからです。

今年はいい話から書きたいなあ、と思っていました。
ところが3週間前に嫌な出来事が起きた話をしなければなりません。
僕の家から、歩いて神楽坂に行けるので、時折、妻と手頃で美味しいお店探しをしています。その一つに、ニンニク料理の専門店「H」という店があり、それこそ20年ほど前に一度だけ行ったことがある店が、数ヶ月前にテレビ番組の「マツコの知らない世界」に出ました。しまった、また行ってみたいと思っていたのに、これでしばらく予約は取れなくなると思いました。何回か電話しましたが、やはり満席ということが数回ありました。ただその時の応対の感じがとても良かったのです。隣で電話している妻の電話から漏れ出る対応を聞いていると。それで、その後も何度か予約を試みましたら、意外に早く取れました!大体、テレビで放映されて人気になった店は、ちっと高慢な態度になることが多くて、行かないようにしています。でも、電話での対応が良かったので、恐る恐る妻と二人で伺いました。ところが、数人いるスタッフの対応が、素晴らしく、偉ぶるどころか、とても爽やかで、どのお客さんにも心から気持ちよく接しているようにみえます。僕がシャレでいうところの「身から出たサービス」です。妻ともども、これは居心地がいいと、その後友人も誘って、何度か訪問しました。友人たちからも、料理の美味しさはもちろん、居心地の良さも大人気でした。


3週間前の夕方、ゴルフで疲れていたので外食を、と、妻とダメもとで2席空いていないかと電話してみると、6時から7時半までなら2席空いてますとのこと。妻と二人ですから、さっと食べてすぐ帰りますと、雨の神楽坂をお店に向かいました。いつもビニール傘を使うことが多いのですが、その時は、息子から誕生日にもらった傘(といっても決して高価なものではないのでしょうが、、、?)をさして。
店の扉を開けたところに傘立てがあり、そこに二人の傘を入れました。我々以外の傘はほとんどビニール傘でした。若いお客さんが多いんだな、と思いました。
そして、急いで料理を注文し、次のお客さんに影響しないようにとピッチをあげていたのですが、1時間ほどで、我々より先に帰る二人組のお客さんがいたので、我々より早く帰るなんて、あちらの席も先約があり焦って食べたのだなあと思いました。その30分後、約束通り我々も会計を済ませて帰ろうと傘を取ろうとしたら、ありません!ビニール傘しかないのです。店員さんに、そのことを告げると、「先に帰ったお二人が間違えたのですね。うちは、予約をいただいた電話番号を控えていますので、電話してみます」とテキパキと対応してくれました。「お電話していますが、出られないので、連絡つきましたら、電話いたします」とのことで、「大した傘ではないのですが、息子からの記念なので、、できればお願いします」とお店を後にしました。
翌日、お店の方から「電話を試みていますが、お出になられないので、メッセージを入れました。何らかの連絡があると思いますので、しばらくお待ちください。」丁寧な対応だなあと思いました。
ところが、それ以来連絡がなく3週間近く経ちました。傘をなくしたというより、せっかく感じの良いお店を見つけて、これから色々な友人と一緒に行きたいなあと思っていたのに、このまま有耶無耶になるのかな、そんなスタッフたちには見えなかったのに、もうあのお店どころか、前を通るのも心が痛むなあととても残念に思っていました。

その出来事から3週間ほど経ち諦めていた昨日の夕方、携帯の「H」の表示が出た呼び出し音に「やはり見つかりませんでした」の連絡かな、それでもきちんとけりをつけてくれる連絡だったら良い対応だなと思いながら電話に出ました。「寺下さんの電話ですか?傘が見つかりました。間違えたご本人も迷惑かけましたとお持ちいただきました!」と歓喜する声での電話でした。「感じの良いスタッフばかりの、今時珍しいお店だったので、連絡がないのでもう行かれないなと少しがっかりしていましたが、良かったです。」「涙が出るお話しです!」「郵便局留めで遅れますが」「いやいや近々予約してまいります」「うわー、ありがとうございます!」

3週間もかけて、お店のスタッフもいろいろ苦労したに違いないと推察しますが、このような神対応に頭が下がりました。

たまたま近くにいた友人も「さすが日本!良い話だ!」とニコニコ上機嫌に。
年寄りを脅したり殺害強盗する人間も出現するようになった日本。
でも、まだまだ良き日本も生きている。
日本のリーダーたち、本当によろしくお願いします。あなた方に未来がかかっていますよ。

 

2501今年の年賀状、、、遅ればせながら

2025/04/21

241129昨年の賀状から

2024/11/29

来年の賀状の文章を考えるために、今年の賀状を見返してみた。昨年70歳を迎えたため、いつもの「進取のマインド」に翳りが見えたようである。同じ内容の賀状を書こうとしている自分を発見した。おまけに、今年のブログは1月以来であることにも驚いてしまった。

まず今回は、昨年の賀状の文章を次に掲載しておこう。

2024年始挨拶

 

新年のご挨拶を申し上げます。

昨年の賀状を読み返してみますと、人生終盤の総括的なご挨拶をしてしまった感じです。毎年、賀状を書きながら相手の方の顔を思い浮かべ、今年はお会いできるだろうかと想っています。私が提唱している幸せ感の醸成法は、今ではみなさまもご存知「GMC」と「NFD」、一言で言うと「良き思い出に浸ろう」と「目先の夢を作ろう」です。過去の栄光を反芻し、目先の夢は、自動的に良き思い出に追加されていきます。善き仲間と「幸せとは?」ということを話のネタにゆったりと時を過ごすことを楽しみの中心に置きたいものです。今回のイラストは、事務所のロゴです。傷んだ地球に包帯を巻くところのつもりですが、地球が癒され包帯を解くところであって欲しいと願っています。日本も世界も指導的立場の人たちの欲望が過剰に膨張し、あちこちで裂け目が出現、悪化しています。「立って半畳、寝て一畳」「足るを知れ」「自分が少し損をしてでも、人に尽くせ」など昔親父がよく言っていた言葉が最近よく脳裏をよぎります。そういえば、偉人凡人にかかわらず、教訓にしている言葉のナンバーワンは「親からもらった言葉」ではないでしょうか。最も大切にしている子供たちへの渾身のメッセージなのですから、当然と言えば当然です。

ということで、いろいろな方々から取材して「親からもらった教訓集」というタイトルの執筆を今年のNFDにしようと目論んでいるところです。

GMC:Good Memory Chain     NFD:Near Future Dream

 

 

 

 

 

240109 中江兆民の教え、天晴れ、事故機の機長とクルーたち

2024/01/09

NHKの「100分で名著」は、安直にいわゆる名著のあらすじを知るには重宝な番組だ。でも、それをきっかけに、本格的にその作者に没頭していくきっかけとしても有用だ。僕にとって、その一つとして「アリストテレスのニコマコス哲学」があり、とても頭の整理に助かっている。最近、「中江兆民」についてのシリーズがあった。名前は聞いたことがあり、板垣退助と近い人だったという中学生の教科書的知識しかなかったが、その中の言葉が気になった。
「普遍的な真理である<善>を語れば陳腐であるが、行えば奇行と言えよう」というような文であったと記憶している。
選挙の時だけは聞こえのいいことばかり言っているのに、やっていることはどうなっているの?と言いたくなる政治家がほとんどだと嘆いている御仁は多い。番組でも言っていたが、今の政治家にこそ中江兆民を読ませたいと思った。ただ、中江兆民については、今のところ100分のテレビ番組の知識しかない僕には、偉そうに言える資格はないが。

1月1日には、能登大地震、翌2日には、航空機事故と2日続けて地獄絵図を見た。燃え盛る旅客機を見て、乗員乗客は全滅だろうと吐き気を抑えながらテレビ画面を見ていたが、全員救出に喝采し、後ほどの報道では、クルーの的確な判断と行動、最後に全員の脱出を確かめてかろうじて自らも脱出した機長、という話。日本中で多くの人が感動の涙を流したであろう。まさに中江兆民の言うところの「素晴らしい奇行」であった。その後、能登地震の報道でも、様々な人が命がけで救助活動をしている姿が映し出される。もう一つの投稿で書いた、弱い人間だが力を合わせてピンチを切り抜けていく姿そのものだ。

一方残念な話だが、こういった大災害に乗じて、泥棒や詐欺などが横行しているというニュースも報道されている。その人たちは、一体どのような教訓を親からもらって育ったのだろう?
今回の機長の行動を格好良いと感じないのだろうか?

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