情報(ニュース)

200509 岩本愛吉先生   総論投稿(転載)

オアシスメルマガ第11号より転載

 

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行について
2020年4月22日
東大名誉教授 岩本愛吉
本文 3,413文字
 
 現在世界的な大流行を起こしている新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は、重症急性呼吸器症候群(SARS)を起こしたウイルス(SARS-CoV)とウイルス学的に極めて類似しており、ともにコウモリ由来だと考えられている(遺伝子は約80%の相同性を持つ)1)。中国広東省で発生したSARSは、2003年に香港から世界中に拡大し、終息までの約9ヶ月間に8,098人が感染、774人が死亡した(致死率9.6%)2)。主な感染経路は院内感染で、スーパースプレッダーの存在が話題となった。SARSは重い病気を起こすが、無症候感染者も市中感染も少ないと記憶された。わが国では幸運にも感染者が一例も発生しなかった。一方、極めて類似したウイルスによる新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、約4ヶ月間に世界中で感染者2,078,605人、死亡者139,515人(致死率6.7%)を出し、さらにどこまで拡大するのか見当もつかない(4月17日現在)3)。SARS-CoVより病原性は少し低いが、無症候感染者の存在や感染者は長期間ウイルスを排出する可能性があること、ウイルスは物の表面で長い間感染性を保ちうること(条件により一週間程度まで)などが次第に分かってきた。つまり、ほとんど同じウイルスだが全く様相の異なる疾病を惹起する。
わが国の感染症対策を包括的に規定する「感染症の予防および感染症の患者に対する医療に関する法律」(感染症法)は、一類感染症から五類感染症までの疾病類型を原因微生物によって分類し、届出の要否や法に基づく入院勧告の可否を規定している。SARSは二類感染症に分類され、患者及び疑似症患者は国の指定する感染症病床への入院勧告を受ける。一方、本年1月28日に指定感染症(期限1年間、1回限り延長可能)とされたCOVID-19では、無症状病原体保有者も入院勧告の対象となっている。法的に指定された感染症指定病床は1,871床、結核病床3,502床、合計5,373床(2019年4月1日現在)なので、感染者が増えれば、軽症者で軽く埋め尽くされてしまう4)。厚生労働省は、2月9日に「緊急その他やむを得ない場合につき、感染症指定医療機関における感染症病床以外に入院させること、又は感染症指定医療機関以外の医療機関に入院させることが可能」としながらも、「基本的には、感染症指定医療機関に搬送すること(ただし、感染症病床に入院させる必要はないこと。)」と、担当部局からの事務連絡を発出した。社会からの隔離政策が優先され、疲弊させてはならない医療機関への配慮が十分だったとは言えない。日々500人以上と、新規報告数が急増している現在(4月18日)、東京都や大阪府が急速に医療機関以外の隔離施設の拡充を図っている。必須の行政策だと高く評価したい。将来的には、流行のフェーズが変化し、封じ込め(公衆衛生対策)から、医療対応へと円滑にシフトさせる法的、社会的な仕組みが必要だろう。
わが国に於けるCOVID-19の経過は、チャーター便による邦人帰国支援、大型クルーズ船への検疫、国内流行と推移してきた。チャーター便による帰国支援では計5便のチャーター機で829人が帰国し、陽性者15人で死亡者は報告されていない5)。政府がいち早く決断し、民間機や民間ホテルも一翼を担ったミッションは成功だった。チャーター便のミッションがまだ完了していない2020年2月3日、乗員乗客3,711人を乗せた大型クルーズ船ダイヤモンダドプリンセス号(クルーズ船)が横浜港に帰港した。感染者の乗船が確認されていたため厚労省が2月5日までに全員の問診・健康診断を行い、同日からクルーズ船を14日間の検疫下に置いた。有症者と濃厚接触者273人の検体検査により陽性者を病院に搬送し、隔離した。船内には多数の乗員乗客が残されたが、結果的に723人が感染し、13人が死亡した(感染率723/3711x100=19.5%、致死率13/723x100=1.8%)。検疫開始以降、日々少数しか実施されない検査にいら立ちを深め、船内で感染が拡大していると考える諸外国と、検疫開始以降の陽性者は開始(2月5日)以前の感染とする厚生労働省との判断の相違が際立った。検査数が伸びないこと、硬直した対応が問題点として浮かび上がった。
1月16日、武漢からの帰国者が国内最初の感染者として報告された。1月28日、武漢からのツアー客を乗せた奈良県のバス運転手が、国内における人から人への最初の感染例として報告された。1月30日に政府新型コロナウイルス感染症対策本部が設置され、その下に専門家会議が置かれたが、第1回会議を開催したのは2月16日だった。3月1日に全員の下船が完了するまで、メディアの注目はクルーズ船の情報に集中した。和歌山や愛知などから散発的に感染者が報告されたものの、明かな集団感染(クラスター)は起こらなかった。2月20日頃から北海道で感染者数が急増し、2月28日までに道内で66人が報告された。同日北海道知事が「緊急事態宣言」を出し、人と人との接触を控えるよう求めた。その結果、約2週間で新規報告数が減少した。
NHKの報道によれば、2月25日頃専門家会議の下にクラスター班が設立された。クラスター班は、陽性者を積極的に疫学調査することによってクラスターを発見し、陽性者に人と人との接触を断つよう要請しつつ継続的に健康確認することをミッションとした。この様にして発生したクラスターを潰していく。専門家会議は、3月19日の「新型コロナウイルス感染症対策の状況分析・提言」で、①クラスターの早期発見・早期対応、②患者の早期診断・重症者への集中治療の充実と医療体制の確保、③市民の行動変容を3本の基本戦略とした。1月以降、武漢と何らかの関係がある陽性者が多数を占めた。2月中旬から、東京、神奈川、愛知、和歌山等で感染経路不明の症例が目立つようになったものの、3月24日頃までは1日の国内報告数が50人前後で推移した。しかし、3月27日に初めて1日報告数が100人を突破すると日本国内も対数増加の局面に入った。
ヨーロッパに目を転じると、イタリアでは1月29日に中国人旅行者の感染が判明し、1月31日にはいち早く緊急事態宣言を発出し、中国機の乗り入れを停止した。しかし、2月中旬から下旬にかけて感染者が増加し始めた7)。スペイン続いて英国でも2月下旬から3月上旬にかけて感染者が増加し始めた。米国ニューヨークでは3月1日に最初の感染者が報告された。
話を国内に戻すと、3月下旬からの増加は卒業旅行等でヨーロッパに出かけ、感染した帰国組が中心となっている。東京都も3月下旬から指数関数的に増加し始め、感染経路不明の症例が多数を占めるようになったが、恐らくこの帰国組と密接な関係があろう。4月7日に首相が緊急事態宣言を出した。この直後から、テレビで報道されるコメントが急に検査増加に変わった。一方4月11日のNHKの報道で、「武漢の帰国者を調べる中から、密集・密室・密接の「3密」がクラスター感染と関係していることを見つけた。日本に検査を増やすキャパはなく、医療崩壊を防ぐためには効率よくクラスターを潰して行くしか道はない。」と疫学者が話していた。「人と人との接触を8割減らす」が合い言葉になった。4月中旬になると、都内のみならず地方でも院内感染が増えてきた。病院で発生すると大きなクラスターを形成しやすい。医療従事者の感染も増加し、次第に医療崩壊の到来を叫ぶ声が大きくなってきた。医療施設を隔離施設としてきた過ちのツケが来ているといわれても仕方がないだろう。さらに高齢者施設における感染も報道されている。テレビで見てきたイタリアや英米諸国の様子が日本でも現実味を帯び始めている。クルーズ船対応の頃からすでに、検査を増やすと入院患者が増え医療崩壊に繋がるとの声があったが、台湾や韓国、ドイツなどの国々では多数の検査を行っているが医療崩壊に至っていない。検査を飛躍的に増やし、流行状況をもっと巨視的に俯瞰出来るようにすることが絶対必要だと考える。また、効果のある医薬品を早く特定し、治療の目途を立てることが人々の希望になるだろう。長い道のりになるだろうが、皆で力を合わせていかなければならない。                                                                                                     

 

  1. Lu R., et al. Genomic characterisation and epidemiology of 2019 novel coronavirus: implications for virus origins and receptor binding. Lancet. Published online January 29, 2020。

https://doi.org/10.1016/S0140-6736(20)30251-8.

  1. 厚生労働省 SARS関連情報。2020年4月18日閲覧。

https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou05/06-02.html

  1. WHO。2020年4月18日閲覧。https://www.who.int/emergencies/diseases/novel-coronavirus-2019
  2. 厚生労働省。感染症指定医療機関の指定状況(平成31年4月31日現在)。2020年4月18日閲覧。https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou15/02-02.html
  3. 国立保健医療科学院。新型コロナウイルス感染症の現在の状況と厚生労働省の対応について(令和2年3月18日版)。2020年4月18日閲覧。

https://h-crisis.niph.go.jp/?p=137473

  1. 国立感染症研究所。現場からの概況:ダイアモンドプリンセス号におけるCOVID-19症例(2020年2月19日掲載)。2020年4月18日閲覧。

https://www.niid.go.jp/niid/ja/diseases/ka/corona-virus/2019-ncov/2484-idsc/9410-covid-dp-01.html

  1. 実録:かくしてイタリアは新型コロナウイルスに飲み込まれ、あっという間に医療崩壊に陥った。閲覧2020421日。

https://wired.jp/2020/04/07/coronavirus-italy/

  1. ウィキペディア。スペインにおける2019年新型コロナウイルス感染症の流行状況。2020年2月21日閲覧。https://ja.wikipedia.org/wiki/スペインにおける2019年コロナウイルス感染症の流行状況。
  2.  

 

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