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200512新型コロナと公衆衛生―いわゆる医療崩壊を考える 長谷川 友紀

新型コロナと公衆衛生―いわゆる医療崩壊を考える

長谷川 友紀

東邦大学医学部社会医学講座 教授

1 公衆衛生と感染症

 

公衆衛生の起源は、人が集まって住むことにより派生する健康問題への対応であり、衛生的な環境の確保と感染症対策は、常に最大の関心事であった。新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)は、公衆衛生的な方法論が問題解決にどこまで寄与することができるかを改めて問うものであり、公衆衛生を志す者として大きな関心を有している。

 

新型コロナウイルス世界的大流行対策の目標は、(1)重症患者の急増、超過死亡の増加を避けながら、(2)集団免疫の確立を図り、(3)経済への影響を最小限にとどめることである。中国、西ヨーロッパ諸国、米国においては、重症患者の急増にあわててロックダウンで対応したために、これが一般的な方策のように認識されているが、本来は、上記政策目標に対する影響を比較検討し、どのような方策が採用されるかが検討される必要がある。

 

また、PCR検査をめぐって議論がなされているが、(1)の代表的な指標が入院患者数、ICUなどの病床利用率、(2)の指標が抗体陽性率である。PCR検査は、(A)有症状者において新型コロナウイルスの感染を確定する、(B)濃厚接触者において新型コロナウイルスの感染を明らかにしクラスター発生、院内感染発生を防止する、(C)現在の感染の広がりの速さと規模を推測する、ことが主要な役割である。検査手法は、それぞれ特性と限界があり、利用目的(何を明らかにしたいのか)と、実施状況、実施体制が合わせて議論されるべきである。流行現象の把握と、検査結果の解釈については別の機会に譲り、今回は、いわゆる「医療崩壊」について、現状を整理し、今後も予想される大規模な感染症にも対応可能な体制構築について提言を試みる。

 

2 新型コロナウイルス感染症の特徴

 

新型コロナウイルス感染症の特徴は、(1)潜伏期が比較的長いこと(長いもので2週間程度)、(2)不顕性感染(症状を呈さない感染)または症状があっても軽微なものに留まる者が大部分であること、(3)発症後1週間程度経過した後に、急速に病状悪化することがあり、いくつかの危険因子(循環器系の疾病、糖尿病など)は知られているものの、発症早期に重症化の危険性を評価することは困難であること、(4)致死率(死亡者/発症者または死亡者/感染者、ここでは前者をいう。後者はデータがないために算定が不能である)は高齢者に高く、特に70歳以上で高い(死亡者の年齢を明らかにしているイタリアでは平均年齢80歳である)、(5)若年者においては脳梗塞、川崎病様症状の合併が報告されているが詳細についてはいまだ不明であること、である。 

 

3 医療崩壊とは

 

医療崩壊について確立した定義はない。ここでは、狭義、広義の2つを区別する。狭義には、医療ニーズの急速な増大に対して、医療提供が追い付かず、通常ならば避けられたであろう死亡の増大(超過死亡)を生じる状況をいう。感染症の急速な広がりの他、災害時、戦場での医療がその代表的な事例である。比較的、短期間の状況が想定される。しかし、広義には、特定の医療ニーズの急速な増大により、当該医療の提供のみならず、関連した医療提供にも影響を生じ、医療提供能力が広範、かつ長期間にわたり障害され、原因を問わず死亡の増大のみならず、健康障害を生じる状況をいう。新型コロナウイルス流行では、当初、ERでの診察待ち、ICUでの重症患者の治療状況など狭義の医療崩壊が社会的関心を集めたが、今後は広義の医療崩壊にも注意を払い、健康被害の最小化に努める必要があろう。

 

  1. 狭義の医療崩壊の例

 

図1に、各国における新型コロナウイルス感染の状況を示す。流行の初期には感染者数が急速に増加し、やや遅れて死亡者数が増加する。発症から重症化までに1週間程度、さらに死亡に至るまでに1週間程度の時間を要することが多い。したがって各国の比較には、その国が流行のどのステージにあるかも合わせて検討する必要がある。また、感染者、死亡者の定義が国により異なることにも注意が必要である。北米、西・北ヨーロッパ諸国では、ほぼ同時期に流行が認められ一定程度比較が可能である。ただし、今後流行が懸念される新興国との比較は慎重にあるべきであろう。総体として、多くの国では感染者数と死亡者数はほぼ比例する。点線で囲った国では、感染者数に比較して死亡者数が多く、狭義の医療崩壊が生じていることが推察される。

 

医療崩壊の原因としては以下が代表的なものである。国により寄与する程度は異なる。

 

・医療へのアクセスが制限され、あるいは衛生的な生活を営むことのできない集団の存在:無保険者、低所得層など

・高齢者、抵抗力の減弱した集団の存在:介護施設、透析施設、障害者施設など

・貧弱な医療提供体制:人口当たりの病床数、ICU病床数、医療従事者数、公的医療費の投入など

・その他:生活習慣(ハグ、キス、自宅で靴を脱ぐなど)、宗教など

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図1 新型コロナウイルス感染者数と死亡者数(人口10万当たり)

データはJohns Hopkins Corona Virus Resource Centerより著者作成、2020年5月9日現在

 

(2) 日本の医療崩壊の構造と対策

 

日本では、狭義の医療崩壊は幸い生じていない。しかし、これまでの対応で以下に示すような重大な問題点が明らかになった。

 

(A)新型コロナウイルス感染者の病期・病状に応じた振り分け

 

PCR陽性判明後の入院の必要性の判断、入院が必要ないと判断された場合の収容施設の確保、入院治療後の回復期の病状の安定した患者の収容施設の確保が必要である。感染症法では、患者の入院治療を想定する。その他の施設を医療のために使用するには緊急事態宣言がなされた後に、都道府県知事が「臨時の医療施設」として使用できるにとどまる。新型コロナウイルス患者と感染者(PCR陽性者)を区別しないままに、感染者=患者として取り扱い、感染症病床への入院で当初対応を行った。このため感染症病床を有する病院では、感染者の入院者数の増加に伴い、院内病床を順次感染者対応に切り替えて対応を図った。感染者の多くは軽症であり、経過観察、熱発などに対する対症療法以外には特段の治療を必要としない。感染症病床を有する病院は、高機能の地域における中核的な病院であることが多く、ICU、陰圧室、個室などが、多くは軽症の感染者に使用され、高度の医療機能を発揮することができない状況に陥った。同様に、PCR陰性化を待つばかりの回復期の感染者も病床を占有する状況にあった。

 

東京、大阪でホテル手配、千葉(障害者施設でのクラスター発生後の病院ではなく施設内の個室での対応)など、自治体の判断により、緊急宣言を待つことなく「臨時の医療施設」と同様の対応がなされるになった。なお、自治体レベルの対応が、国よりも早く、また、実効性を伴うものが多いことは、今回の新型コロナウイルス感染でしばしば認められた。今後、高齢化社会に対応した医療介護提供体制の構築においては自治体の役割が大きくなると想定されるだけに興味深い。臨時の医療施設の活用には、病状の急変に備えて医療チームが常時対応可能で、入院が円滑に手配できることが重要である。自宅での待機も現状では可能であるが、家族への感染リスクがあること、行動制限を確実に担保できていないことが問題点として指摘されている。本人の判断のみに委ねるのではなく、個室の確保、日用品の入手方法など、一定の条件を満たしていることを確認して、都道府県知事が可否を判断する仕組みが検討されるべきであろう。なお、受診・入所・入院などの移動に際しては公共交通機関を使用しない旨指導がなされるが、都市部で自家用車を有さないものが多い場合には、代替移動手段を見つけることが困難である。一定の訓練・対応を受けたドライバーが対応可能なタクシー会社を整備・紹介するなど、感染者の立場に立った対応が必要であろう。

 

(B)新型コロナウイルス感染者対応病院への支援

 

感染症病床を有する病院、地域での中核病院が主に感染者の入院治療を担っている。感染者の入院治療体制構築には、入院患者の急激な増加に備えて待機的な手術・処置の制限、新規の患者受けを中止し、人的・物的資源を重点的に感染者治療に投入することが必要である。一般医療の制限は病院の収入減をもたらす。重症患者ではICU(集中治療室)、あるいはICUに準じた病床で呼吸管理を必要とすることが多い。診療に当たってはPPE(個人用防護具)を用いるものの、地域、病院によりPPEの不足が認められる。PPEを優先的に自治体の責任で供給する仕組みが必要である。PPEを用いての業務は疲労が蓄積しやすく、通常より多くの医療従事者の配置が必要になることが多い。本症の診療の特徴として、1)患者・家族への二次感染防止方法など日常生活に関する説明、2)呼吸器装着にあたっての予後の説明、意思確認、3)家族の精神的支援など、が挙げられる。これらも医療従事者の負担の原因となる。また、医療従事者が家族への感染を心配して病院やホテルに宿泊する事例もある。院内感染が発生した場合には、当該病院の医療提供能力が一時的に失われるために、地域の感染者治療体制に重大な障害をもたらす可能性がある。地域で利用可能な資源を優先的に投入し、職員の負担の軽減、院内感染防止策の十分な実施、病院の収入の補填などが検討される必要がある。

 

外来診療に対応している医療機関は帰国者・接触者外来1,305施設をはじめ、約2,200施設があるが、施設名は公表されていない。保健所に問い合わせを行い対応医療機関の紹介を受ける仕組みになっているが、十分に周知されておらず、近隣の医療機関に体調不良を訴えて、診察、PCR検査を希望するものが多く、現場でしばしば混乱を生じている。円滑な外来受診につなげるために、感染者の外来診療に対応している医療機関名を公表することが望ましい。

 

(C)一般医療の縮小

 

感染者対応病院における一般診療の制限のほか、他の急性期病院においても発熱患者の救急受け入れ拒否により、一般の患者の医療へのアクセスが制限される状況がある。東京では救急隊が、受け入れ先の病院を探すのに数十件の病院に問合せをする事例も報告されている。救急隊員においては感染リスクとともに受け入れ先探しなどの業務負担の増大が見られる。

 

急性期病院においては、十分な受け入れ体制が整っていない状況で救急患者を受け入れ、特に入院治療を行うことは、職員、他の患者の院内感染のリスクを高めることになる。感染が否定できない状況では、救急対応の職員のPPE装着、より多くの人員の配置、胸部CTの実施など、従前に比較してより多くの負担を強いられる。

 

中小規模の急性期病院では大学から非常勤医師の派遣を受けていることが多い。流行拡大を受けて、外部からの持ち込みのリスクを恐れて、外部病院への医師の派遣を中止している事例もある。医師の派遣中止により、当該病院での医療機能の縮小を迫られている状況がある。

 

今後は、人員配置の強化、リスクに応じたPPE装着の手順、検査体制などに基準を設け、救急対応の病院をある程度限定することも検討課題であろう。救急隊員の負担軽減にも寄与することが期待される。

 

医療機関の受診は感染のリスクを高めるものとして、患者が受診を避け、結果として外来患者数の減少が認めれる。必要な受診がなされないことによる、病状への悪影響が懸念される。また、健康診断、人間ドックなどは、健康管理上重要であるが、不急であるとして、現在は中断状態にある。健康影響とともに、病院の収益にも影響することが危惧される。病院団体などは、病院に対して前年の診療報酬と同額のみなしでの支払いを提案しているが、同様の施策は東日本大地震後に実施されており、一考に値しよう。

 

(3)今後の展望

 

新型コロナウイルスの世界的な流行拡大は、幸いに日本では比較的よくコントロールされている。これまでの流行防止の経験からは、日本の医療の特徴とともに、種々の問題点が明らかになった。これらを教訓として改善を図ることは、今後、予想される第二波以降の流行、他の病原体による流行対応にも有効であろう。また、長期的には、緊急事態制限に伴う経済活動の制限により、経済的には不況、失業の増加、健康影響(生活習慣病の増大、家庭内暴力、精神的影響、出生率への影響など)、死亡率(新型コロナウイルス肺炎以外の死因を含めて)の上昇が危惧される。これらの検証のための準備も必要である。

 

 

 

 

 

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