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正しい生き方から美しい生き方へ⑥ 規則と道徳
1998.4~1999.4 正しい生き方から美しい生き方へ⑥ |
ばんぶう 1998.10 日本医療企画 |
前回、『モラルール』という造語を披露したが、その後たまたま読んだ「子供のための哲学」(永井均著)という本のなかに、規則と道徳の説明があった。その中にも書かれていたことを私なりの例えで説明してみる。
「公衆の場所にゴミを捨ててはいけない」ということを考えてみたい。このことは日本では規則でもあり道徳でもある。
では、なぜ我々は普通は道ばたにポイッとゴミを捨てないのか。一つめの理由は、それが規則だからしないということである。二つめとしてゴミを道ばたに捨てることはみんなの迷惑になるからしないと考えるからである。三つめとして警官や他の人に見られると叱られたり罰せられるからしないという立場である。ところが車の窓から空き缶やタバコの吸い殻を平気で捨てている光景をよく見る。では、何故彼らはゴミを捨てるのであろうか。一つは規則や他人の迷惑や懲罰を忘れつい無意識に捨ててしまう場合である。もう一つとして、そんなことはすべて承知の上で捨てる人である。そこで規則の面から見ると、ゴミを道ばたに捨てない人と捨てる人は歴然たる差がある。
ところが道徳の観念から見ると、罰を恐れてゴミを道ばたに捨てない人は、人が見ていなければゴミを捨ててしまうかもしれないわけだから、これはゴミを道ばたに捨てる人の方に近い存在となる。私が言いたい「正しさよりも美しさが大切」というのはここにある。人が見ていなくてもゴミを道ばたに捨てる行為は美しいであろうか。自問自答したい。
『モラルール』の起案者や発令者は自分自身の中にある。わからなければ何をしてもいいという恐ろしい考えが青酸カレー事件や車の塗装面によく傷をつけられるといったありふれた事件の基盤になっていると私は考えている。
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