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温故知新⑩ 昔の新しい人、今の古い人
1997.3~1998.3 温故知新⑩ 昔の新しい人、今の古い人 |
ばんぶう 1998.3 日本医療企画 |
よく世代の断絶という言葉を聞く。これは単純に年齢層の違いによる考え方の相違のことをさして言うのであろうか。「近頃の若いもんときたら…」なる有名な言葉があるし、反対に「おやじ臭い考えだなあ~」とか「オバタリアン」なる言葉も存在する。
最近の若者はみんな困った人ばかりではないし、40歳を越えればみなオバタリアンというわけでもなさそうだ。この辺のことは、賢い人は結構認識している。それでも、世代間闘争という図式はいろいろなところで発生している。会社内でも、家庭内でも、政治家の間でも「結局は世代間闘争なんです」といわれれば納得されてしまうような現状である。
私は、別に若者に迎合するわけではないが、まあ、仲間にも入れてもらうためによくいうことがある。「君たち二十代も我々四十代も、人類の長い歴史からみれば、一瞬の出来事の中に一緒に住んでいる同世代の仲間じゃないか」と。
こういわれると賢い若者たちは我々おじさんを単に「おやじ」と呼んで村八分に出来なくなる。共通の視点を持つ努力もしなければと思うようになる。
実際、昭和初期でも明治でも、革新的にものを考え、夢と希望に向かって情熱を燃やしていた人々がいた。もし、彼らが今現在、生きていて150歳であっても、「なんと若々しい人だ」と感じさせる人物のように我々の目には映るのではと想像される。一方、超高度文明のさなかの現在においても、コンビニの前でただゴロゴロして「フリーター」などと称して現在人然としている若者が、実は頭の中身はシーラカンスのように固くて頭の回転が鈍い人もいる。 どこかの電機メーカーのキャッチフレーズに「生涯青春」という言葉があるが、いくつになっても夢と希望を持つことこそが、ボケを防いだり、病気への抵抗力をつけたりする最大の予防医学でもあると私は考えている。「腐っても鯛、中古でもベンツ」といわれるような長老になりたいと常々思っている。