魂を売らないということ② 魂の価値

 

2005.5~2006.3

魂を売らないということ②  魂の価値

ばんぶう

2005.6

日本医療企画


一般に「物を売る」ということは、そのものに値段が付いている。または、売り手と買い手がいて需給関係で-応の値段が付く。我々が、「魂を売る」時はどういった価値基準で取引を行っているのだろうか。最近、「ライブドア対フジテレビお家騒動」がマスコミを賑わした。随所に「魂のバーゲンセール」や高級品に見せかけた「魂桐の箱詰め商法」が見られたことには、異論を唱える人が少ないと思う。「やっぱり、魂にも値段があったんだ」ということになろう。では、高く売れる「魂」に価値があり、安くしか売れないものは価値が低いのであろうか。また、そう安くは売らない「魂」がお値打ちであるのか。「魂」の売れ残りとはどんなものなのか。「魂」を商品と仮定して考えると結構面白いし、理解がされやすい。
 私のこの欄でのエッセイを振り返ってみると、決してその通り実行できているわけではない。しかし、私が願っている生き方であることは間違いない。「温故知新、歴史からいろいろ学ぼう」「正しい生き方から美しい生き方へ、法律の隙間を狙うよりかっこいい生き方をしたいなあ」「質実剛健、ぼろは着てても心は錦がかっこいいなあ」「少数精鋭主義、大きいことはいい時代は終わり、でもまた、最近その傾向になってきたけれど」「常識に照らす、物事の判断は結構優しく常識的に考えることだ、科学的研究の仮説でさえそういうことが多い」「吹っ切りのち復活、心の切り替えは過去の心の清算や受け止め方の歪みの訂正からやるのが心理療法でも基本」「一生懸命足るを知る、文明の利器に溢れたこの日本で足るを知るには努力がいるんだ」「グローバルより顔馴染み、身近な近くの人を大切にしてこそ、多くの人に貢献できるようになるんだ」。こういったことに反論する人は少ないだろうが、「自分のことを棚にあげて」と批判する人はいるだろう。自分を棚に上げることは、「魂」を高い商品棚に上げて、値段こそ「オープン価格」だが、売るつもりはないという自己確認の第一歩なのでは、と考えている。

    

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