常識に照らす⑧ 「炭疽菌なんて知らない」では済まない

 

2001.5~2002.4

常識に照らす⑧

「炭疽菌なんて知らない」では済まない

ばんぶう

2001.11

日本医療企画


天然痘ウイルスと同じく炭疽菌による病気も、日本の現役の医師はほとんど実際に経験はないであろう。ところが、ご存知のような悲しい出来事により、無名の「炭疽菌」が一躍有名悪役スターに踊り出たのである。
私の事務所にも早速、炭疽菌の予防や治療についての問合せが相次いで来るようになった。「そんなもん知らない」では済まなくなった。医学書を紐解くが、詳しくは載っていない。昔の教科書や外国の医学書を調べて、ようやくその知識を仕入れることになる。
天然痘のように「撲滅宣言」をだしたウイルスでも、いくつかの国の研究所では保存されている。自然界の変異でいつ再登場してくるか分からない。その時にすみやかにワクチンを作らなければならない。そのためにウイルスのストックが必要になるからである。
炭疽菌は天然痘のように撲滅宣言とまでいかなくても、日本ではほとんど心配する必要がなく、医師も炭疽病の知識がほとんどないのが現状であった。人間の叡智でせっかく撲滅しかけた病気が、自然界の脅威ではなく人間の力で復活させられようとしているのである。我々、日本の医師の間でも危機管理として炭疽病の情報を収集し、抗生物質の確保を行っている。日本全体としては、本来無くて済んだ労力である。これは人命にかかわる問題であるが、コンピュータウイルスと本質はほとんど同じである。
ある映画の主人公の台詞で「自然は苛酷であるが、人間はもっと残酷だ」という言葉を思い出す。自然に常識は通用しない時もあるが、人間にも常識が通用しない時があると痛感している

    

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