グローバルより顔なじみ⑦ 気にかかった言葉"見ぬもの清し"

 

2004.5~2005.4

グローバルより顔なじみ⑦
気にかかった言葉“見ぬもの清し”

ばんぶう

2004.11

日本医療企画


最近、読んだ本のなかで「見ぬもの清し」という言葉が気にかかった。概して人の目に映りやすいものは汚く見えて、目に見えないものは清く正しく見えやすいという意味だ。一昔前は「末は博士か大臣か」と、わが子に期待する未来をこの言葉に託したものだが、今は政治家も、大学教授や医者なども一概に尊敬される職業ということではなくなってしまった。マスコミなどにより、一部の人たちの醜態があまりにも日常的に身近に知るようになったからである。昔は大臣など雲の上の存在であり、尊敬というか畏怖の念が基本にあったのであろう。同様に、つい最近まではその実態や内輪が想像できないほどの大企業は、なんとなく「清く正しいものだ」という固定概念があった。
 その証拠にNTTや東京ガスからの請求書はそれほど内容の確認無しに請求どおりに支払うのが常であるのに、個人商店からの請求書の中身は念入りに確認する。ところが最近では、三菱自動車のように大企業であろうが、問題がおきるとマスコミで大きく叩かれ、衆目の知るところとなる。
そうなると、三菱製の自動車がすべて壊れそうに見え、やはりT社やN社がよかろうということになる。とにかく大衆というものは一方通行に傾きやすいし、未だに大企業や大学などの権威に弱いのが日本人である。
 しかし、よく考えてみれば大企業や大学などといっても、個人の集まりである。三菱自動車に勤める人すべてが悪者でもなければ、今のところ問題のない自動車会社に善人ばかりいるわけではない。私は良い傾向と思っているが、最近の日本では中小企業こそ日本を支えているという意見も出てきた。個人が堂々と責任と信念を持って技術や発想を展開しているからである。個人の顔を大切にしようとする風潮が復活しつつあると期待している。ブラボー顔馴染みである。

    

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